十八 手にとる物は

 ようやく外に出て買い物ができるようになった。のんびりと歩きながら必要なものを考える。

 このごろ妖たちがおとなしい。寒いのが苦手なのだろうかと、冬に戻ったかのようなここ数日を思い返してふと悩む。石油ストーブは一度使ってみたものの苦手なようであまり近寄りたがらなかった。

 試しに置いてあった炭を囲炉裏で燃やしてみたら大盛況だったのだが、炭の残りが心もとない。買い足しておこう。

 考えてみたらあいつらは人のいないあの家で今までどうやって冬を越していたのだろう。僕があの家に居るのもあと半月。他にも何か、と町を歩いた。

 目についた店に入ると、暖かそうなひざ掛けと手袋を見つけた。子供たちにひざ掛けをかけてもらったことを思い出し、頬が弛む。

 春になれば使わなくなるものだけれど、次の冬に使ってもらえれば、と考えたところで、びゅっと強い風が吹きこんできた。

 小さい妖たちはきっと一塊になるし、ひざ掛けは大きすぎる。マフラーならば、皆でくるまって暖を取れるだろうか。

 これだ、と思ってかごに入れる。自然と笑みが零れた。

 誰かを想って贈り物を選ぶなんて、一体いつぶりだろう。不意に元婚約者の顔が頭を過って苦いものがこみ上げた。彼女には言われるがまま贈っていたなと苦く思い出す。けれどもう以前ほど胸は痛まなかった。

 結局、あれもこれもと手が止まらず、食器まで新調してしまった。


 川沿いの遊歩道はランニングやサイクリングを楽しむ人が多く、のんびり歩いているのは僕くらい。早咲きの桜が花弁を散らし、緑の広場、咲き始めたたんぽぽの黄色に濃いピンクが良く映える。

 かさりと茎が揺れ、鳥でも遊んでいるのかと見てみると、どこからどう見ても見覚えのあるトゲトゲのボディが揺れていた。

「お前、まだ家に帰ってなかったのか」

 苦笑いすると、さっと茂みに隠れてしまった。

「飼い主もきっと心配してるぞ」

 揺れる茂みに声を掛けるけれど、分かっているのかいないのか。ぴょんっと一瞬揺れる耳だけが見えた。


 この町はどこを歩いても絵になる。

 道の脇でカタンカタンと響く音に目を向ける。ぎこちなく動く人形の姿にびくりと足が止まった。説明書きには、からくり人形とある。

 妖ではないと分かり、ほっとして改めて動きを目で追いかける。動きは固く色褪せた衣装に凄みを感じてしまうけれど、浄瑠璃を連想させる仕草が愛らしい。

 側溝に水車を仕掛ける発想に、何か創りたくて、残したくてうずうずしてきた。

 手始めに写真を撮る。携帯のカメラでは限界があるが、自分の好きなことを一つ思い出せたことに胸が躍った。昔かじった知識を掘り起こしながら、しばらく夢中でシャッターを切った。


 外観に惹かれて立ち寄った図書館は臨時休館で呆然と立ち尽くした。そのまま帰る気にもなれず、再び歩き出す。

 大通りの喧騒を抜け出して、手に入れた観光マップの端まで歩くと大きな屋敷の隣にこじんまりとした公園があった。

 細身の桜と小さな藤棚がひっそりと花を咲かせているだけの、ベンチすらない狭い場所。高めの段差をふたつ上ってスマホをかざす。熊蜂の羽音に怯えながら収めた一枚に、五十鈴も笑ってくれるだろうか。


 家に帰って皆に選んだものを贈る。

「これを、我らに?」

「うん。気に入ってもらえると良いんだけど」

 妖たちは我先にとマフラーやひざ掛け、手袋に群がって遊び始めた。

 けれど五十鈴の様子がおかしい。元気がない?

 妖たちにねだられて遊びの相手をするのに忙しくなって、気になりつつも話せなかった。贈り物、気に入ってもらえなかったのかな。

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