八 挽きたて珈琲

『これはなんじゃ』

「うん? コーヒー豆だね。どこに在ったの」

『あの箱の中じゃ』

 五十鈴が指さしたのは、清水の置き土産のダンボールだった。僕がコーヒーを好きなことを覚えてくれていたのだと思うと、胸が温かくなる。

「そっか。コーヒーミルとかあれば淹れられるんだけど。探してみようか」

 キッチンに小さな手挽きのミルとハンドドリップ器具があった。湯を沸かし、粗めに引いた粉へゆっくりと丁寧に注ぐ。香ばしいコーヒーの香りにほんのりと甘みが混じる。妖たちと五十鈴がそろってそわそわとし始めた。

『良き香りじゃ。いつもと違うな』

 その言葉にくすっと笑ってしまう。僕にとっては日常だけど、ものめずらしそうに楽しむ彼女たちを見ていると、こちらまで楽しくなってくる。お茶請けにと、こちらも清水からの差し入れのチョコレートを添えて囲炉裏を囲む。繰り返すだけの灰色だった日々が、忘れていた色彩をゆっくりと取り戻していく。

 甘いものとコーヒーを味わいながら、妖たちの菓子争奪戦を見守りほっと一息ついた。

 こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいのに。

 現実的ではない願いを溜息と共にそっとコーヒーに溶かして飲みこんだ。

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