第53話伯爵夫人side


 応接室に入ったら、夫がいました。思わず溜息を吐き出してしまいましたわ。ほほっ、いけないいけない。これから会う人物の前で溜息など吐くとは。これは印象が最悪になりますわね。招かれざる客とはいえ、気をつけねばなりませんわ。

 私は気を取り直して彼の前まで歩いていきます。


「お久しぶりですね」


「……ああ」


 彼は私を見ようともしないで一言だけ仰いました。ふふっ、相変わらずですわね。まったく、どうして帰って来たのかしら?


「今日はどうしたのですか?お約束もなく来られるなんて、貴男らしくもない。今まで何かあれば侍従を通して伝言をする様にしていましたのに。これは余程の事が起こったのかしら?」


 少し冗談めかして言ってみましたわ。

 あまりに深刻な雰囲気を醸し出している夫に対して、彼が言葉にしやすいように促したのです。なんだか暗い表情が気になりますしね。


「……殿下が……」


「殿下? 王太子殿下の事ですか?」


「ああ……」


 何でしょう?

 もしかして殿下から伝言でも頼まれたのかしら?いいえ、それはありませんわね。夫と殿下の間に接点なんてありませんもの。


「何かありましたの?」


「…………王太子殿下が亡くなられた」


「は?」


 亡くなった?

 え?どういう事ですの!?


「愛人の一人に刺されたそうだ」


「はい!?」


 殺されたという事ですか?

 痴情の縺れというヤツですか!?


 夫から詳しく聞くと、なんでも王太子殿下が愛人の一人とお忍びデートをしているところに別の愛人と鉢合わせしたとか。それで連れ立っていた愛人と口論になり大騒ぎになったそうです。まぁ、そうでしょうね。刃物まで出てくる騒ぎになり、誤って王太子殿下に突き刺さってしまったとか。それは本当に偶然かしら?なんだか作為的にすら思えてしまいますが。ひ弱な令嬢の刺した刃物が致命傷になるのかも疑問ですわ。寧ろ助かるケースの方が多いのでは?と考えてしまいます。夫の話しでは出血多量で亡くなったという話しですが、先ほど刺された時は血が殆どでなかったと言ってませんでしたか?矛盾してますわよ。もっとも、夫も人伝に聴いたようでどれが正しい情報なのかは判断できていない様子。言われた通りの事を喋っているだけですわね。きな臭い話ですこと。愛人に刺されたのは本当でしょう。外ですし。目撃者も多数いるそうで疑う余地はないようですしね。ですが、問題はその後。本当に刺された事が原因だったのか、それとも別のところに理由があるのか。


 まぁ、いいですわ。


 私が気にしても仕方ありませんもの。とにかく王太子殿下が亡くなった事には違いないようです。



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