第3話議会1

 遡る事、十年前――




「アリエノール、を議会に提出してきた」


 お父様の口から述べられた内容に衝撃が走りました。


「お、お父様……一体何を……?」


「あの王太子はダメだ」


「ですが……」


「よいか、我が家は只の貴族ではない。三大公爵家の一角を担っている。そのラヌルフ公爵家の総領姫に対しての王太子は不貞を働いているのだ。我が公爵家を馬鹿にしているも同然。王家から頼み込んできた縁組だというのにだ!そんな王家に嫁いだところで結果は見えている」


 本気ですわ。

 お父様は本気で王命である王太子殿下との婚約を白紙にしようとなさっています。


 そんな怒り心頭の父に続くようにお母様が口を開きました。



「ならば、私は殿に話を付けておきましょう。いずれ身内になると思ってして差し上げていましたが、全くの無関係になるのですもの。もうそのようなは必要ありませんでしょう」


「ああ、全く必要ない。あちらは元々商人だ。契約不履行は誰よりも理解している筈だ」


「ええ、文句など言わせません。そうそう、明日は王妃殿下恒例の茶会が催されますから、殿下にも一言釘を指しておいた方が宜しいかしら?」


「そうしておきなさい。親族価格ではなくなるのだからな。王妃殿下も実家と話し合いをする必要があるだろう。なにしろ、アリエノールを王太子の婚約者にと望んだのは国王陛下よりも王妃殿下の方だからな」


「全くですわ。あれほど熱心に勧めてきた方ですもの。王太子殿下との婚約継続を望むでしょうね」


「王妃殿下は伯爵家出身だからな。アリエノールを正妃に、浮気相手を側妃にすると言い出してきそうだ」


 お父様の言葉に冷気が漂うほどの美しい笑みを向ける母に、思わず顔を逸らしてしまったのは本能的なものでした。とても恐ろしかったですわ。お母様の後ろに冬将軍の幻影が見えたのは気のせいではないでしょう。



 そもそも、三大公爵家の一つであるラヌルフ公爵家の娘である私と王太子殿下が婚約した最大の理由は、彼の後ろ盾が弱かったせいです。



 アリア王妃。

 つまり、王太子の生母は伯爵家の出身。

 如何に正妃の実子とはいえ、後見人を名乗るには些か……いいえ、とてつもなく弱かったのです。なにしろ、王妃殿下の実家は新興貴族。裕福ですが、歴史は浅い。数代前に当主である商人が「男爵位」を買い取ったところから始まった貴族家系ですからそれも仕方のないことだったのです。


 国王陛下の寵愛厚い王妃殿下とはいえ、商人上がりの伯爵家出身という事から貴族社会では蔑まれていました。


 これで陛下が他に妃をお持ちでしたら問題なかったでしょう。いいえ、アリア王妃を『正妃』ではなく『側妃』としていたら……あるいは、と思ってしまいます。きっと今よりはマシだったでしょう。時期が悪かったとしか言いようがありません。



 アリア王妃と出会う前。国王陛下には婚約者がいました。

 まだ陛下が王太子でいらっしゃった頃に。

 婚約者は三大公爵家の一角、トゥールーズ公爵令嬢のローゼリア様でした。

 その名前の通り、大変美しい方だと聞き及んでいます。陛下はローゼリア様をそれは愛しんでいらっしゃったとか……。ですが、ローゼリア様が大陸に猛威を振るった感染症によって亡くなられました。最愛の婚約者を亡くされた陛下の悲しみは大変なものだったそうです。


 国王陛下がアリア王妃を選ばれたのは、『王妃殿下がローゼリア様に似ている』からだと心無い方々は仰います。そこにあるのはアリア王妃への蔑視。


 所詮はローゼリア様の身代わりだという――



 もっとも問題はそれ以外にもありました。


 一つ、陛下と歳の近い令嬢は悉く決まった相手がいた事。

 二つ、陛下以外に直系男子がいなかったため早く世継ぎを儲ける必要があった事。

 三つ、感染症に効く薬の売買を行っていたのが当時、王妃殿下の実家だった事。



 色々な要素が重なった結果でしょう。

 王国初の伯爵家出身の正妃の誕生が実現したのです。



 そんな王家からの婚約の打診は、ある意味、当然の流れでした。



 そして今、その婚約を白紙に戻そうと両親が動き出したのです。

 お父様は公爵の特権である『緊急会議』を発動させてまで、私と王太子の婚約撤回に動こうとしています。それだけ大っぴらに動きたいという事ですわ。

 この流れを止める事は不可能でしょう。既に賽は投げられたのです。



 そうして始まった『緊急会議』は紛糾を極めました。


 まぁ、そうなるでしょうね。


 王太子と公爵令嬢との婚約を白紙にするというのですから――――



 


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