高橋編
第14話 暗躍
私は今最高に気分がいい。
逸見おじさんのカッコイイところを見れて満足だし、さりげなく私と釣り合うアピールしておいたし、赤スパは喜んでくれたかな? サブアカだから誰だかはわからなかっただろうけど。
ああ、今まで推しなんてできなくて、どんな男の人もかっこよく思えなくて、表向きにお付き合いでコラボしたことはあったけど、そのあとのナンパがうざったくて。
その点おじさんはパーフェクトだ。今のところはだけど。今後態度が変わってくるかもしれないし。でも、今だけは私の王子様なのだ、おじさんは。
アキラみたいに美青年ってわけじゃなくてごく普通のどこにでもいるおじさんなんだけど、それが強くて優しくて謙虚って最高じゃない!? 自問自答して私はおじさんの配信が終わったスマホを枕元に置いてベッドを転げまわった。
推しが生まれた瞬間だった。だって、私だって苦戦したあのダンジョンをいとも簡単に攻略されて、もちろん悔しい気持ちはあったけど。おじさんならなんとなく許せる私がいる。
そんなふうにベッドで悶えている私を見て、玲奈ちゃんが呆れたような顔をしてスマホから視線を私に移す。
「野々花さん。いくらお気に入りだからといって年上の男性に悶えるのはどうかと思いますが……」
「今時のアイドルとかダンスグループだって野々花たちからすれば大人でしょ? だからいいの! おじさんは特別!」
「お前赤スパまでして……入れ込んでんなあ」
「アキラは私からの赤スパもらったことないもんね」
「俺だってリスナーから赤スパくらいもらったことあるわ!」
そういう問題じゃないのに、張り合ってくるアキラが面白い。やっぱりおじさんじゃなきゃ。
年上ならではの落ち着いた雰囲気に気遣いもできるところがいい。初めてだからだけど、モンスターのフレーバーテキスト読んで悲しくなっちゃうところも優しくて好き。
やっぱり、おじさんとコラボしたい。でも私が簡単におじさんとコラボしたいなんて言ったらおじさんはどんな顔をするかな。ファンになんと言われようが構わない。
「二人とも、おじさんとコラボしたくない?」
「え、今の見ててそれ言う?」
「同じ無詠唱の使い手としてぜひコラボしたいと思います」
「じゃあ決定! 野々花が先にコラボして、そのあと二人もコラボして! 仲間アピールも大事だよ!」
アキラは不満そうにぎゃーぎゃー言ってくるが、我慢。そうだ、おじさんを家に招いて料理人が作ってくれた料理をごちそうするのもいいかもしれない。
ああ、夢が膨らむ。おじさんとどんなふうに仲よくしよう。あんまりぐいぐいいくと気持ち悪がられるから、そっと、そっと距離を縮めていかなきゃ。
「あーあ。完全にロックオンされてるよ」
「野々花さんにしては珍しいですね」
「ほっといてもすぐ飽きるだろ。今までだってそうだったんだし」
「む、おじさんの悪口は聞き捨てならないな。今からダンジョン潜って対決する!?」
「や、やめときます」
私の能力は剣に関すること。絶刀シリーズと名付けていて、それぞれ型がある。そのことを二人も知っているから、勝負は嫌がられる。ライバー同士の勝負、映えると思うんだけどなあ。
「それよりも野々花」
「んー?」
「おっさんに次のダンジョンのアテとか教えないの?」
「あー」
言われてみれば、おじさんは探索初心者だからダンジョンがどこにあるかなんてわからない。たまたま家の近くにダンジョンが発生していたところに迷い込んだのだから。
おじさんに譲っても全然かまわない場所はいくらでもある。でも、私から紹介して好感度下がらないようにする必要もあった。
「そうだなー。最初から過酷な環境に放り込んだら心が折れちゃうだろうし、無難に新緑の森林でいいんじゃない?」
「ああ、あそこのモンスそんな強くないもんな。初心者にはもってこいだ」
「ああ、またおじさんの無双見れちゃうの!? 我ながら怖いんだけど!」
「俺はお前の頭のほうが怖いよ」
軽口を叩くアキラの頭にクッションをぶつける。私は怖くないもん。
そういえば、おじさんをいじめてた高橋とかいうやつも特定を急がないと。今日もおじさんをいじめてたのかと思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ。
「野々花さん、あまり怖いことは考えないほうがいいかと」
「なんでわかったの!?」
「お前すぐ顔に出るんだもん」
むう。おじさんのことになるとどうしても自分をコントロールできない。どんなアイドルもダンスグループもイケメン俳優も私の心を動かしたことはほとんどないのに、あのおじさんときたら。
ダメだ、おじさんのことを考えると自分を押さえられなくなりそう。自分にヤンデレ気質があるなんて思ってなかった。全部、全部おじさんが魅力的なのがいけないんだ。私は悪くない。
それとなく距離を取り始めた二人の肩を抱いて引き寄せると、私は努めて優しい声で囁いた。
「おじさんとコラボしたら、優しくしてあげてね」
「は、はい」
「……わかりました」
二人ともなんでビビってるんだろう? 優しく言ったのにね。それより、そうと決まったらおじさんに新緑の森林の場所をアプリで教えなきゃ!
アプリでおじさんの連絡先を開く。そして電話をかけると、すぐに出てくれた。素敵すぎる。
「あのっ、おじさん!?」
『そうだけど、どうしたの?』
「今度行くダンジョン、オススメがあるから探索してダンジョンを見つけがてら行ってみたらどうかなって」
『本当にいいの? 何から何まで、本当にお世話になってばっかりだなあ。ありがとう』
おじさんが、おじさんが私にありがとうって! 今の録音しておけばよかった。朝起きるときにおじさんのありがとうで目覚める。最高じゃん!
「あ、見返りとかはいらないからね。命がけでダンジョンを攻略するわけなんだから、おじさんは攻略した暁には全部持っていっていいんだからね」
『あ、ありがとう。でも、そうしたら野々花たちの食いぶちはどうなるの?』
「ああ、それは大丈夫。ダンジョンって毎日どこかで発生してるの。それを潰して回るから大丈夫。心配してくれてありがとう」
私たちの食いぶちまで心配してくれるなんて……。天城財閥としてはお金に困ってなくて、ただの暇つぶしでやってることなのにこの気遣い。人としてできすぎじゃない?
もう我慢できない。コラボを申し込む!
「あのね! おじさん! 野々花とコラボしてほしいの!」
『ええっ!? ファンの子とか大丈夫なの!?』
「大丈夫。おじさんとそういう雰囲気にならなければわりと軽い嫉妬程度で終わるから」
『それは大丈夫って言わないんじゃ……』
「とにかく、野々花のファンは野々花がなんとかするよ。それを踏まえて野々花とコラボしてほしいの。……だめ?」
私が出せる精一杯の甘い声を出してみる。おじさんは画面の向こうでうろたえてから、優しい声で言ってくる。
『わかったよ。他でもない野々花の頼みだもんね。年下のお願いは聞いてあげなきゃ』
「本当!?」
『もちろんさ。初心者すぎて足引っ張るかもだけど、そこはごめんね』
「ううん! そこは野々花が合わせるから! 場所は白百合学園の近くの公園の隅っこ。そこで立って待ってるから。大丈夫。今回も迎えを用意しておくよ」
『本当に何から何まで……ありがとう。コラボ、楽しみにしてるね。おやすみなさい』
「うん! おやすみ!」
二拍置いて通話が切られる。ブツ切りじゃないのもポイント高い。ちゃんと切られる心の準備をさせてくれてから切ってくれる。同級生の男子じゃ考えられない。アキラとは大違いだ。
「……はぁぁぁぁあ」
「おい、玲奈。野々花が壊れたぞ」
「ここまで壊れた野々花さんは見たことがありません」
二人が並んで座って何事か言っているが、無視無視。おじさんと通話するだけでこんなに満たされるなんて、考えてもみなかった。でもおじさんは私のことはまだ知り合いくらいにしか思ってないだろうから、我慢。
そうだ、それまでに高橋とかいうやつを特定しよう。うちの諜報員なら最短で調べて明日の朝には準備ができるはず。おじさんをいじめているのだ。叩けば埃はいくらでも出てくるだろう。
私はアプリを使って諜報員に命令を出す。『御意』と帰ってきたのを見て、まだ何か言っている二人の元へ向かった。
高橋祐樹。おじさんをいじめた罪、絶対に許さないんだから。
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