18章 帝都 ~武闘大会~  35

『虹龍の方角は「ソールの導き」のソウシ! 本選初出場』


 俺がメイスを掲げながら舞台に上がると、怒涛のような歓声が湧きあがる。


『暁虎の方角は「睡蓮の獅子」のソミュール! 本選出場4回、最高戦績本選決勝』


 こちらの歓声はさらに大きい上に、黄色い声も混じっている気がする。


 過去に決勝まで進んでいるなら、帝国でもトップクラスの実力者というのも広く知られているだろう。見た目も大層な美人であるし、マリシエール殿下と並んで帝国のアイドルなのかもしれない。


 などと場にそぐわないことを考えていた俺だが、彼女が槍を持ち上げ歓声に応えている姿を見て少し驚いてしまった。


 今彼女は、右手にオリハルコン製の槍を持っているのだが、左腕に同じ槍を5本抱えているのだ。


 彼女はその5本の槍を石の床に突き刺して、一本だけを手にしながら中央へと歩いてきた。


 互いに近づき、メイスと槍の先を軽く合わせる。


「複数の槍をお使いになるとは思いませんでした。どのような武の技が見られるのか、勉強させていただきます」


「本来なら決勝まで残しておく技なのですが、オクノ伯爵様はマリシエール殿下に並ぶ実力者。私も全力で参ります」


 互いに武運を祈りつつ所定の位置まで下がる。さて、いよいよ三回戦だ。集中はできている。貴賓席のメンバーの顔もよく見える。祈っているフレイニルのためにも勝たなくてはな。


『始めよ!』


 開始のコール。俺ができることは前進だけだ。『不動不倒の城壁』を前に構え、ソミュール女史を視界にとらえつつ歩を進める。


 距離は30メートル。走ればすぐだが、彼女は『疾駆』持ちだ。追いかけっこでは分が悪い。


 ソミュール女史がふうっと息を吐いたように見えた。彼女は、手にした槍を片手で掲げ、後方に引き付けて……そして投擲した。


 淡い金の軌跡を残して、緩く弧を描きながら飛翔するオリハルコンの槍。


 その速度は魔法の槍よりも速く、気づいた時には切っ先はもう目の前にある。


 無論俺は『不動不倒の城壁』を軽く動かし、その槍を正面から受け止める。およそ投擲された槍の一撃とは思えない衝撃が、俺の左腕を微かに震わせた。


「む……っ!?」


 その余韻を味わう暇もなく、次の槍がすでに俺の脇腹に迫っていた。なるほど複数の槍はこのためか。連続投擲による息もつかせぬ飽和攻撃。メイスで弾いた時にはもう、次の槍が反対側から狙ってくる。


 俺の足が止まった。投擲された槍の一撃一撃は非常に重い。高レベルの『貫通』スキルも乗っているだろうし、直撃すれば結構なダメージを食らいそうだ。


 ただ槍は6本、すべて凌げれば――というのはさすがに甘い考えだった。


 投擲攻撃はすでに6回を大きく超え、30を超えてからは数えていない。なぜそんなことが可能なのかというと、なんと盾やメイスで防がれた槍は、そのまま宙を舞ってソミュール女史のほうに戻っていくのだ。


 確かヴァーミリアン王国の親衛騎士、ハーシヴィル青年が同じスキルを使っていた。彼も槍を投擲する攻撃を使っていたが、それを6本の槍で行うのは相当な熟練が必要だろう。


 しかしさすがに俺も止まっているわけにはいかない。槍を弾き返しつつも前に進む。できれば槍をへし折ってしまいたいが、メイスを大振りする余裕はさすがにない。


「ここからが本気になります」


 10メートル向こうで、ソミュール女史が宣言した。


 彼女の姿が消える。『疾駆』で右に回り込んだのだ。そこで投擲。さらに『疾駆』、斜め後ろで投擲、次はさらに後ろ、と思わせて上に跳んだ。『跳躍』も持っているのか、空中で二連の投擲。着地してさらに投擲、そこから左に『疾駆』してまた投擲――


 目まぐるしく位置を変えての、全方位からの連続投擲。しかも一本一本が微妙に軌道を変えてくる。俺はその場で立ち止まり、あらゆる角度から飛来するオリハルコンの閃きに対応せざるを得なかった。


 盾で受け止められるものは盾で、メイスで弾けるものはメイスで、動きを最小限にして、とにかくひたすら防ぐしかない。


 しかしこれは俺にとってはかなり厄介な攻撃だ。いざとなったら『衝撃波』でと考えていたが、恐らくメイスを振りかぶった瞬間数本の槍が俺の身体を直撃するだろう。


 盾やメイスに伝わる衝撃からすると、一本なら耐えられるかもしれないが、数本同時となると自信はない。それくらいの攻撃だ。


 仕方ない、ソミュール女史の体力切れを待つか。あれだけスキルを連発していれば相当に消耗するはずだ。恐らくこれは短期決戦の技だろう。


 そう冷静に判断する俺を、誰かが鼻で笑った気がした。


 お前はパーティのリーダーだ。しかも英雄などと呼ばれ、すでに伯爵なんて身に合わない地位までもらってる。そんな人間が、相手がへばるまで待つ? 本気で言っているのか?


「……確かにそうか」


 俺はもう、自分だけ上手くやればいいという立場にはない。望むと望まざるとに関わらず、どう見られるかを意識しないといけない人間だ。


 俺はそして――『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を手放した。


 自由になった手で、飛来する槍を正面から掴みとる。一本、二本、三本。


 俺の握力と『剛掌握』スキルとが、一度手にした槍は離さない。槍自体は凄まじい力で戻ろうとしているのだが、単純な力比べなら俺に勝てる道理はない。


 四本、五本、そこでソミュール女史は投擲をやめた。一本を両手で持ち、脇に構えて俺を見据える。


「まさかそのような方法で破られるとは思いませんでした」


「捨て身のやり方ですけどね」


 両手に掴んだ5本の槍は、すでに戻る力を失っている。しかし手を放せば再びソミュール女史の手元に飛んで行く可能性はあるだろう。先ほどのスキルがどれだけの能力を持つかは不明なのだ。


 俺は5本の槍を左脇にかかえるように持ち替えて、空いた右手で『万物を均すもの』を持ち上げた。


「こちらも力をお見せしましょう」


 距離は15メートルほど。


 俺がメイスを振りかぶると、ソミュール女史は危険を察して『疾駆』で距離をとろうとした。


 それが結果的に、彼女にとっては幸運になった。もし前に突っ込んできていたら、カウンターで『衝撃波』をくらっていただろう。


 俺が放った不可視の力、それも破壊的なまでの威力を秘めた波は、バックステップ中わずかに浮いたソミュール女史をとらえ、その細い身体を一瞬で場外まで吹き飛ばした。


『勝負ありッ!! 勝者、「ソールの導き」のソウシッ!』


「おい何だ今の!? 『衝撃波』か!?」


「他にないだろ。だがあの距離であの威力か。しかも多分あれ手加減してたよな」


「明らかに振りが弱かったな。だがその前の、槍を素手でつかむのもおかしいだろ。反応速度が異常だ」


「もはや意味がわからんな」


 などという声を聞きながら舞台の上で待っていると、ようやく回復したソミュール女史が戻ってきて握手を求めてきた。


「参りました。最後は何をされたのかもわかりませんでした。『衝撃波』でしょうか?」


「ええそうです。自分の唯一の武器ですよ」


「ふふっ、オクノ伯爵様はご冗談も言われるのですね。ではその武器で、どうかマリシエール殿下をよろしくお願いいたします」


「……満足してもらえるように全力は尽くしますよ」


 何を「よろしくお願い」されたのかはよく分からなかったが、聞き返す場でもないので安請け合いをして、俺は舞台を後にした。


 控室に戻る通路で、ふと視線を感じ振り返ると、そこにはモメンタル青年が立っていた。


 視線が合うと、彼は「次はオクノ伯爵との戦いになるようですね」とつぶやくように言った。


「うちのカルマも強いですから、モメンタル様も気は抜かないようにしてください」


「そうですね。しかし勝つのは私ですので心配は無用ですよ」


 そう答えた時のモメンタル青年は、虚ろな笑顔とでも言うべき表情をその顔に貼り付けていた。その不気味な笑みが意味するところをとらえかね、俺は眉をひそめて「ご武運を」と返すことしかできなかった。

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