18章 帝都 ~武闘大会~  32

 翌日は第2回戦の8試合が行われることになる。


 俺はやはり第一試合ということで、最初から控室に入って準備をしていた。


 相手の戦い方についてはすでに観戦して分かっている。侮るつもりは毛頭ないが、それでも恐らく相手にはならないだろう。


 係員が呼び出しに来たので舞台に向かう。


 二回戦ということで歓声は更に大きい。しかしもう慣れてしまって気にもならない。


 舞台にぼのって貴賓席に目を向ける。全員が揃っていて、ラーニとシズナが手を振っているのが見える。手を振り返しつつ上の階の席に目を移すと、皇帝陛下とマリシエール殿下の姿も見えた。初日は殿下がいたのに気付かなかったので、やはり緊張していたのかもしれない。


 舞台に対戦相手が上がってくる。魔導師風の優男だ。


『闘技大会本選、2回戦第1試合を行う。虹竜の方角は「茨と戦乙女」のライエン! 本選出場2回、最高戦績本選1回戦。暁虎の方角は「ソールの導き」のソウシ! 本選初出場』


 互いに近づき、メイスと杖の先を合わせる。


「近くで見るとどちらもすごい武具だな。俺の魔法がどこまで通じるか、試させてもらうよ」


「こちらも魔法相手にどこまで戦えるか、測らせてもらおう」


「武運を」


「武運を」


 自分がこういうやり取りを嫌いじゃないということが分かってきた。日本でも格闘家をやっていれば感じたのだろうか。


『始めよ!』


 開始のコールと共に、無数の氷の槍『アイスジャベリン』襲いかかって来た。


 前回は一本ずつ飛ばしていたと思うのだが、まあそれだと盾で防がれておしまいだしな。


 俺は『不動不倒の城壁』を前に出して構えるが、一部の氷の槍は、緩やかに弧を描いて盾を回り込むようにして飛んでくる。


 大多数の魔法は盾で受け、回り込んでくる槍はメイスで払う。試しに一発食らってみるが、感じとしては前世の野球大会でデッドボールを食らったよりは痛くない。


 俺が盾を構えながら前に出ると、ライエンは回り込むように動いて距離を詰めさせない。


 こちらが走って近づこうとすると、『疾駆』を使って離れてしまう。遠距離戦に徹底されると近づく手段がないのが俺の弱点だ。


「これでどうかな!」


 今度は範囲魔法だ。火属性と風属性を合わせた炎の竜巻『フレイムサイクロン』。『範囲拡大』スキル持ちらしく、その範囲も半径で15メートルほどはある。ただそれくらいなら俺の足でも発動前に範囲外に抜けられる。1対1の対人戦で範囲魔法を使わないのはそれが理由だ、というのがスフェーニアの言である。


 俺は迷わずダッシュで前に出た。範囲魔法のせいでライエンは逆に逃げ場が減っている。チャンスにも見えるが、もちろん武闘大会の出場者がそんなヘマをするはずがない。


 彼は懐に手を入れ、抜くと同時に鞭を振った。絶妙のタイミングで俺の足に絡みつく、魔物素材でできた強靭な鞭。


 だが残念ながら、その程度の衝撃では俺の足をすくうことはできなかった。突進する俺は、10トン近い装備の重さをスキルで抑え込んでいるだけの化物だ。


「くっ!?」


 ライエンは異常な手ごたえを感じたのか、鞭を手放して横に飛んだ。しかも炎の槍を放ちながらだ。なるほど『フレイムサイクロン』は通常発動で、今度の魔法は『先制』スキルで強制発動か。判断の速さも芸の細かさも、さすがとしか言いようがない。


 しかし『疾駆』を使わなかったのは失策だ。いや、単に体力切れか。


 俺は『翻身』スキルで瞬間的に走る方向を変化させると、多少の被弾を無視してライエンの目の前に出た。


 目を見開くライエン、その脇腹に、『万物を均すもの』がめり込んだ。




「いや、魔法が当たってもダメージがないんじゃ勝ち目がないね。参ったよ」


 場外から戻ってきたライエンは、肩をすくめて舞台を去っていった。


「魔法が何本か直撃したのに怪我どころか何の反応もなしかよ」


「鎧もかなりいいものみたいだが、それ以前に魔法耐性が高いんだろうな」


「あの盾があって魔法耐性まで高いって、それ倒せんのか?」


 という観客の評を聞きながら俺は控え室に戻り、武具を『アイテムボックス』にしまって貴賓席に向かった。一試合目だと助かるな。


「ソウシさま、おめでとうございます。とてもいい戦いだったと思います」


「ありがとう。今日はこの席の皆の顔もよく見えたし、落ち着いて戦えたようだ」


 フレイニルに答えて席に座る。


 2試合目は『睡蓮の獅子』のサブリーダー、ソミュール女史の試合だった。


 相手は同じ槍使いの男で、なかなかの熱戦ではあったが、地力が勝っているのかソミュール女史がじりじりと優勢となり、最後はやはり嵐のような連続突きでソミュール女史が勝利をしていた。


 同じ長柄の武器を使う者として感じるところがあったのか、サクラヒメがしきりに感心している。


「ソウシ殿、次はあの方と戦うのでござるな」


「そうだな。さすがに『睡蓮の獅子』の一員だけあって隙がなく、能力も高いようだ。しかもまだ奥の手を残しているだろう」


「それがしもそう思う。忖度そんたくをせずに言えば、あれだけでは何があってもソウシ殿には勝てぬのは分かるはず。それでももし対戦をするというなら、なんらかの技は残しているであろうな」


「ああ、楽しみだ」


 俺がそう言うと、サクラヒメだけでなく、シズナやスフェーニアも少し驚いたような顔をした。


「まさかソウシ殿が戦いを楽しみと言うとは思わなかった。普段は穏やかでも、やはりソウシ殿の魂は武士もののふのそれでござるな」


「え、あ、いや……」


 そう言われると、なぜ「楽しみ」などという言葉が出たのか自分でも不思議だ。サクラヒメの言う通り、俺の心が好戦的に変化したということなのだろうか。


 まあよく考えたら、これだけ戦いに身を置いて、一般人の感覚でいるほうが難しいのかもしれない。


 そんなやりとりをしていると、第3試合が始まろうとしていた。


 件のモメンタル青年と、短弓を持った身軽そうな男の対戦である。


 試合は最初から、完全な遠距離戦で推移をした。


 短弓の男は、『疾駆』スキルを時折使って距離を確保しつつ、『必中』『曲射』『貫通』『矢加速』などのスキルを駆使して矢を次々とモメンタル青年に打ち込んでいく。


 防戦一方のモメンタル青年は、それでも冷静に矢を盾で受け止め、または長剣で払い、見事にしのいでみせていた。ただ残念ながら、時折放つ『飛刃』スキルによる飛ぶ斬撃は、すべて余裕で回避されている。


 そのまま矢が尽きるまで待つのかと思ったが、短弓の男は『アイテムボックス』持ちらしく、矢は無数に持っているらしい。


 一向に止む気配がない射撃に、さすがにモメンタル青年も何本かの矢を身体に受けてしまう。ただ高レベルの防御スキルが、深く刺さることは許さない。しかも『再生』持ちらしく、傷もすぐに治るようだ。 


 これは長引くか……と思った時、不意にモメンタル青年が片膝をついた。


「『状態異常付与』ですね」


 マリアネの言う通り、どうやら『毒効果』あたりが効いてきたようだ。対人戦での『状態異常付与』は強烈だな。


 短弓の男は、有利な状態になっても隙を見せず、遠距離から一方的に弓を射続ける。


 さらに何本かの矢がモメンタル青年の手足に突き刺さり、勝負はあったかに見えたが――


「魔法!? あの状態で!?」


 スフェーニアが小さく叫ぶ。


 短弓の男の足元が一瞬光ったかと思うと、いきなりそこに小さな爆発が起こった。


 短弓の男はそれでも『疾駆』で直撃は避けたが、その体は爆風にあおられ、少しの間宙に浮かんだ。


 そしてその身体にモメンタル青年が放った『飛刃』が直撃、そのまま場外へと吹き飛ばされてしまった。


「驚きましたね。今のは火と水の二属性混合魔法です。あれほどの剣技を収めてなお高位の魔導師でもあるとは。さしずめ魔法戦士といったところでしょうか」


「ある意味スフェーニアに近いのかもしれないな。しかしスフェーニア、さっきの魔法、気づいたか?」


 俺が言うと、スフェーニアは「ええ」とうなずいた。


「微かに黒い瘴気のようなものを発していました。発動も妙に早かった気がしますし、普通でないのは確かなようですね」

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