4章 新たな街へ  08

 翌朝町の外でいつものトレーニングを終えた俺は、朝一番でまずはFクラスダンジョンに向かった。


 マネジのFクラスダンジョンは草原の中にある大岩ダンジョンで、トルソンのものとほぼ同じであった。


 徘徊はいかいするモンスターもゴブリンとロックリザード、ボアウルフと同じで、ボスのベアウルフも全く同じであった。


 もちろん何の問題もなく2時間程で踏破したが、トルソンのダンジョンよりこちらの方が心持ち難易度が低い気がする。


 それはともかく新たに得たスキルは『幻覚耐性』というものだった。ガイドによると耐性系のスキルは種類が多くあるようで、逆に言えばそれだけバッドステータスを与えてくるモンスターが多いということであろう。やはりレア度の低いスキルであっても地道に取得していくのが望ましいようだ。


 と、それはいいのだが、ダンジョンを出たところで、少年少女のパーティがなにやら騒いでいるのが目に付いた。


 見ると、昨日ギルドで見たあの少女が他のパーティメンバーに何かを言われているようだ。


 ああ、パーティを組めたんだな……とホッとしたのも束の間、リーダーと見える少年が半分キレたような声を上げた。


「だからさあ、怖いとかできないとか言っててもなんも解決しないだろ! 俺たちだってお前と同じようにいきなり冒険者やれって言われてやってんだよ! 泣き言言う暇があったらまずはゴブリンを殴ってみろっての!」


「ごめんなさい、すみません……」


「ったく、悪いけどこっちも生活かかってんだ。何もする気がないならさっさと帰れよ。じゃあな!」


 少年はそう吐き捨てるように言うと、うつむいたままの少女を置いて他の2人とともにダンジョンに入っていってしまった。


 後に残された少女はしばらくそのままだった。


 声をかけようか悩んだが、彼女がかすかに嗚咽おえつをもらしはじめたのを見てはさすがに放っておくわけにもいかなかった。


「とりあえず町に戻りましょう。送りますよ」


「……えっ、あ、昨日の……」


 声をかけると、少女は赤くなった目を俺に向けた。慌てて涙を拭いてコクンと頷く。


「すみません、よろしくお願いします」


「じゃあ一緒に行きましょう。できないことは急にできるようにはなりませんから、悩まない方がいいですよ」


 そう言ったものの、この娘が冒険者としてやっていくにはかなりの壁がありそうだ。


 声をかけた以上、面倒を見るのが人情というものだよな……などと思ったりもしたが、よく考えたらおっさんの世話になりたい少女なんていないだろう。


 そもそも俺が彼女の面倒を見るとか言い出したら、ギルドの職員に事案扱いされそうだが。





 ギルドに戻って買取を済ませつつ、男性職員に先ほどの少女たちのやりとりのことを話してみた。


 その若い男性職員は困った顔をして、


「う~ん、ちょうどよくパーティを組めると思ったんですがねえ」


 と少女の方を見た。


 少女は「すみません……」と小さくなるばかりである。


 まあギルドとしてもそれなりに対応はしたということなのだろうし、このままでは解決はしそうにない。


 俺は仕方なく、男性職員に考えていたことを提案してみた。


「私がしばらく彼女とパーティを組むということは可能でしょうか?」


「はい? ええと、ソウシさんでしたか、あなたが?」


 急にいぶかしそうな顔をする職員。まあそりゃそうだ、美少女の面倒を見ますなんておっさん、怪しいにもほどがあるだろう。


「一応Eランクですし、彼女がFクラスダンジョンに慣れるまでくらいなら指導できると思います。その時になってまた別のパーティに入れればそれでいいと思いますがどうでしょう?」


「ええ、確かにそれなら問題はありませんが……。いえ、冒険者同士が合意の上でパーティを組むのであれば、ギルドとしては何も言えませんので」


「わかりました」


 俺は何か言いたそうな職員をそのままにして、少女の方に顔を向けた。


「どうだろうか、君がダンジョンで人並みに戦えるようになるまで俺が教えるという話なんだけど」


「はい、え……っ?」


 少女は目を見開いて俺の顔を見ていたが、ペコリとお辞儀をして「よろしくお願いします」と言ってきた。


 ほかに選択肢がないとはいえなかなかに判断が早い。さっきまで泣いていたのだが、実は立ち直りが早い性格なのかもしれないな。


「ということになりましたので、よろしくお願いします」


 俺はそう告げて、変な顔をしている男性職員の前を辞し、少女と二人でギルドの外に出た。





 少女の名前はフレイニルと言った。


 実はこの国では名前の長さで生まれた家の層が分かるらしい。そうすると『紅のアナトリア』もそうだが、このフレイニルも見た目通りいい家の出で間違いはなさそうだ。


 ただ彼女はどうも出自については話したくないようだった。出自を聞かれて困るのは俺も同じであるし、無理に聞くことはしないようにした。


 最低限の装備はしていたが色々足りないものがあったので買い与え、その後宿に戻った。


 フレイニルの部屋を追加でとり食堂で一緒に飯を食べていると、フレイニルが恐る恐る俺に聞いてきた。


「あの……ソウシさまは、どうして私を助けてくださるんでしょうか?」


「特に理由がある訳でもないさ。俺としては助けるのが普通だから助けるだけなんだ」


「普通だから……。それはアーシュラム教の教えでしょうか?」


「アーシュラム教?」


「ご存知ないのですか?」


「ああ、そういうことにはうといんだ」


 そういえばトルソンにもエウロンにも、ここマネジにも教会っぽい建物が立っていた。当たり前の話だが、この世界にも宗教的なものはあるのだろう。さすがにこちらへ来て一か月余りではそこまで知識を広げる余裕はなかった。


「アーシュラム教は、主神アーシュラムの教えの元に正しく生きることを目的とした宗教です。ソウシ様は違う神様をお信じになっていらっしゃるのですか?」


「まあそんなところかな。確かにその教えに従ってフレイニルを助けようとしている面はあるかもしれないな」


 と言うとフレイニルは納得いったという顔をした。この娘はそのアーシュラム教をある程度心のり所にしているのだろう。だから相手の行動の核に宗教があるなら、すんなりに落ちるということか。


「それなら理解できます。済みません、ソウシさまの善意を疑うようなことを言ってしまいました」


「いや、分からないことを確認するのは大切なことだ。ああそうだ、これからフレイニルに色々と戦い方とかを教えることになるけど、訓練は厳しいからそのつもりでいてくれ。ダンジョンに入る前に十分な鍛錬が必要だからな。俺とパーティを組んでいる限り休みはないぞ」


「はい、分かりました。ソウシさまの善意に応えられるよう精進します」


 うん、この娘はやはり相当にいい所の出のようだ。それだけに危ういところもあるから、そこもおいおい教えないといけないかもしれないな。

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