4章 新たな街へ  06

 その後防具屋でも防具を新調し、ポーションも買い足してからトレーニングを行い、宿へと戻ってきた。


 宿の娘さんに身体を拭くためのお湯をお願いしてもってきてもらい、裸になって身体を拭く。


 エウロンには共同浴場があるのだが、まだそこに行く気持ちの余裕がない。ただやはり身体を拭くだけではどうにも気持ちが良くないので近い内に行こうとは思っている。


 それはともかく裸になって自分の腕や胸や腹を見ると恐ろしく筋肉質になっていることに気付く。まだこの世界に来てひと月経ってないくらいなのだが、鍛えられるのが異様に早くないだろうか。これも『覚醒』の影響だとするとますますトレーニングが楽しくなってしまいそうだ。


 さっぱりした身体で宿の食堂に行く。


 肉料理を注文して待っていると、横から声をかけられた。


「おう、ソウシさん。一緒していいか?」


 そこにいたのは、エウロンの街に来るときに知り合った獣人族の青年ガシだった。


「やあこんばんは。どうぞどうぞ」


「じゃ、失礼しまっさ」


 対面に座ると、ガシは人懐こい笑みを浮かべて「ソウシさんはもうダンジョンには行ったんか?」と聞いてきた。


「ええ、Fクラスはもう踏破して、今はEクラスに挑戦中ですね」


「ソウシさんはダンジョンも一人で行くんか?」


「そうですね、今のところそれが気楽なので」


「へえぇ。あの腕力がありゃいけるもんなのかね」


「まあどこかで限界は来るでしょうね。その時はパーティを組むことも考えますよ。ところでガシさんはまたどこかに行くんですか?」


「ああ、今度はマネジの町まで行くことになってんだ」


「そこもダンジョン町なんですか?」


「そだな。FクラスとEクラスのダンジョンがある町だ。トルソンより小さい町だが、距離は近いから楽は楽だ」


「しかしこの間も思ったんですが、ガシさんとナリさんと二人では危険はないんですか?」


「ああ、エウロンの周りはそこまで危険はねえな。モンスターも賊もほとんどいねえし。ただここのところモンスターが少し多いとは聞くんだよな。この間みたいなのが増えてるって話だ」


 「この間」というのはムーンウルフのことだろう。フィールドモンスターが増えるというのは一般の人間にはかなりのバッドニュースのはずだ。


 そういえばギルドの掲示板の討伐依頼はソロでやるものではないと思って全く気にしてないんだよな。最近増えたとかそういうこともあるのだろうか。


 Dランク冒険者に上がるには複数の討伐依頼達成が条件らしいし、ソロでできそうなものがあれば積極的に受けておいたほうがいいかもしれない。


「ソウシさんはしばらくエウロンで冒険者やってくんか?」


「そうですね。ここを中心に活動して、できるだけ多くのダンジョンを回りたいと思ってます」


「ダンジョンを回る? なんでそんなことすんだ?」


「ダンジョンは回るほどスキルが手に入るんですよ。死なないためにできるだけ多くのスキルを手に入れておきたいですからね」


「なるほどなあ。確かに強い冒険者はあちこち回ってるって聞いたことはあるけど、そういう目的があったんか」


「多分そうでしょう。ガシさんがさっき言ってたマネジの町も行ってみたいですね。EとFがあるなら丁度いいので」


「それなら行く時は一緒に行かんか? ソウシさんが一緒なら俺たちも安心だし」


「それもいいですね。行くのはいつですか?」


「明後日の朝一で行くことになってんな。どうだ?」


「ああ、ちょうどいいかもしれません。明日Eクラスを踏破しようと思ってるので。夜明け前あたりに商人ギルドに行けばいいですか?」


「おう、それで大丈夫だ。マネジまでは途中で一泊すっから、酒は用意しとくな」


「それは楽しみですね。この間のお酒は美味しかったので」


「だろ? あれ買うとナリがちょっと怒るんだけんど、道中あれがないとさあ……」


 というわけでエウロンに来て早々別の街に行くことになったが、まあそれもいいだろう。


 Fクラスダンジョンは見かけたらとりあえず回っておきたいしな。正直な話、スキル集めが少し楽しくなってきているのも事実である。





 翌日は早朝トレーニングで新しい武器防具に身体を慣らした後、河原のダンジョンへ向かった。


 地下3階入り口までは何の問題もなくたどりついた。武器が強力になったおかげでストーントータスを甲羅ごと叩き潰せるようになったのも大きい。


 ちなみに背負い袋もランクアップさせたので素材も全回収して余裕がある。とはいえ5階までは全回収は無理だろう。


 地下3階に下りるとストーントータスが3匹現れるようになったが、言ってみればそれだけだ。すでに敵ではないのでさっさと4階へと進む。


 ここから新ザコの『スライム』が登場する。ファンタジーとしてはお馴染みすぎるモンスターだが、この世界のそれはデロンとした半透明不定形タイプだった。


 真ん中あたりに茶色っぽい核が見えるが、それを破壊すれば倒せるようだ。


 問題はその核が粘性の高い身体に覆われているところなのだが、質量と速度の暴力の前にはあまりに無力であった。


 俺がメイスを叩きつけるとゼリー状の身体もろとも核が爆散して終わりである。


 普通のEランク冒険者だと核を潰すのに一工夫必要らしいが……まあ俺は腕力だけならDランクは超えているらしいからこんなものだろう。


 ちなみに毒持ちなのだが『毒耐性』スキルがあるのでそこも問題ない。


 落ちる素材はそのまま『スライムの核』、薬の原料になるとか。


 地下5階はスライムが増えただけ。核が大量に手に入ったが、嵩張かさばらないので全部回収できた。


 さていよいよ、初のEクラスダンジョンボスだ。


 俺の場合、レアボスとか複数ボスとかイレギュラーが多めなので身構えたが、現れたのはガイド通りの『ラージスライム』だ。


 名の通り、直径3メートル、中央部の高さが1メートルほどの大型スライムだ。盛り上がった中央部にバレーボール大の核が見える。


 ラージスライムはこちらににじり寄ってきながら、身体の一部を触手のようにのばしてくる。捕えて身体の内部に引っ張り込んで窒息させるのが攻撃方法らしい。


 ソロだと捕まったら致命的なので、俺はその触手をカウンターメイスで爆散させていく。


 触手を爆散させること10数回、気付いたらラージスライムがミドルスライムくらいの大きさになってしまった。


 俺は近づいて、そいつの身体をさらにメイスで削ぎ取っていく。身体が薄くなったところで核を粉砕して討伐終了だ。


 ボスがこんなに楽勝でいいんだろうかという気もするが、相手が物理属性ならやはり力こそ正義ということだろう。俺の主武器がメイスだったのも相性が良かった気がする。


 しばらく待っていると、スキル取得の感覚。


「『剛力』……って、力が強くなるスキルじゃないか。なんだこれ、俺に脳筋プレイでもしろってのか」


 つい口に出てしまったが、ただでさえ筋力が強いらしい俺にさらに力アップとか、これ大丈夫なんだろうか。確かに一点突破キャラはゲームによっては最適解だったりするが……。


 本当に物理特化になっていくなら早めに仲間を見つけてパーティを組まないとその内確実に詰む気がするな。


 俺はそんなことを考えながら、新しいスキルのおかげでかなり軽く感じるようになった背負い袋を背にしてダンジョンを後にした。





「これはラージスライムの核ですね。もしかして一人で倒したのですか?」


 ギルドに戻って買取りを頼むといつもの無愛想受付嬢がそう言ってきた。やはりいぶかしげな目つきである。


「はい。武器と相性が良かったので何とか勝てましたね」


「何とか……。ソウシさんはガイドをよくお読みになっていたと思いますが?」


「ええ、おかげで攻撃をさばくのは楽でしたね。ガイドを作ってくれたギルドには感謝していますよ」


「……そうですか。一人では戦わないという考えにはならないのですね」


「ええまあ、勝てると思いましたので」


 俺がなるべく気負わないそぶりでそう言うと、受付嬢はふぅと息を吐いてそれ以上は何も言わなくなった。


「買取金はすべてギルド預かりでよろしいですか?」


「はい、お願いします」


 と答えたところで、昨夜の「フィールドモンスターが増えている」というガシの話を思い出した。


「ところでお聞きしたいんですが、最近討伐依頼が増えているなんていう傾向はありますか?」


「そうですね、2割増くらいにはなっていると思います。何かお受けになりますか?」


「物理攻撃が通用するモンスターなら。と言っても明日からちょっと別の町へ行くのでその後でお願いするかもしれません」


「わかりました」


「あ、ところで例えば別の町に移動中に討伐依頼のあったモンスターを偶然倒してしまった場合は討伐報酬はなしで、素材の買取のみという扱いでいいんでしょうか」


「はい、そうなります。その場合倒した場所は必ず覚えておいてください。討伐依頼のあったものかどうかの判断材料になりますので」


「わかりました、気をつけます。ありがとうございます」


 軽く頭を下げて去ろうとすると、受付嬢は「お気をつけて」と、ぼそっとつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る