第8話 依頼に入る前に

 再びカウンターのところに戻る。

 クリスタさんは何やら先程とは別の魔導機械を操作し始めた。


「それでは冒険者証を出して下さい。D級に書き換えます」


「わかりました」


 冒険者証を出した後、魔力の動きを見てみる。

 なるほど、これも前世であった証明書システムと同じような動作だ。


 つまりこの世界、魔道機械については前世とほぼ同水準と思っていいだろう。


 つい職業病で機械を細かく調べたくなってしまう。勿論そんな事はしないけれど。


 この世界では俺は冒険者としてのんびり生きるのだ。時々依頼をこなして、あとは釣りをして。


 カードが仕上がったようだ。クリスタさんは記載事項を確認して、そしてカードを俺に渡す。


「これでエイダンさんはD級冒険者です。なおC級の実技試験に合格した事も情報として書き込まれています。ですから次回試験を受ける際はペーパーテストだけになる筈です」


「ありがとうございます」


 カードは白色から黄色に変わっている。

 あとは名前と登録した冒険者ギルド名、そしてD級という級が書いてあるだけだ。

 あとは機械にかけないと読めないようになっているのだろう。


「それでは次、明日の話になります。

 明日は朝食を食べた後、部屋の荷物を全て引き払って、朝8時30分までにこの受付まで来て下さい。窓口に並ぶ必要はありません。

 装備の一時貸与やその他の説明はその後行います。また必要なものの買い出し等があればその後行います」


 何というか……

 部屋の荷物を全て引き払うという事は、寮を出るという事だろう。

 確かに8人部屋は少々きつい。しかしあまりにも早い退寮だ。

 こうなるなんて村にいた頃は想像すらしなかった。

 

「全て終わったらその足で鍛冶組合へ向かい、依頼を受理した後エダグラへ向かいます。エイダンさんは高速移動魔法を持っていますから、指導員が高速移動魔法を使ってもついていける筈です」


 依頼も超特急で受理する事になる様だ。

 なお高速移動魔法は前世でも使いまくったので問題無い。

 今日中に行かなければならない現場が幾つもある、なんて事が多かった為、使わざるを得なかったのだ。


「そして当日はエダグラで一泊し、翌日にエダグラの鉱山組合でインゴットを受け取り、高速移動魔法で帰ってくる。帰ってきた後に報酬を受け取り、更に当座の宿を決める。

 以上、明後日までにエイダンさんに独り立ちして貰う為の流れとなります。宜しいでしょうか」


 有無を言わさず超特急で最初の依頼をこなし、生活の準備金まで稼ぐという訳か。


 慌ただしいが悪くない。これさえ終われば少しはのんびり出来るだろう。


 そうしたらあの川辺でソウギョと戦えばいい。いや、その前に釣り道具を作る方が先か。 

 なんて思ったところでひとつ質問を思いついたので聞いてみる。


「明日お借りする装備は、この依頼が終わったら返却でしょうか」


「9月30日までは使用可能です。初心者援助措置は級に関わらず半年間有効ですから」


 なるほど、初心者講習と同じ扱いという訳か。納得だ。


「それでは明日、よろしくお願いします」


「わかりました。朝8時30分に受付に参ります」


 頭を下げて、そして受付を辞して階段方向へ。


 本当は夜のうちに土を掘って酸化鉄を分離し、更に流木を木炭化させ、鉄を作るところまでやりたかった。


 川岸のあのアシが生えていた場所にソウギョが来ているか確認なんてのもしたかった。


 しかし明日はハードそうだから早めに休んだ方がいいだろう。


 勿論眠気を強引に覚ます魔法は持っているし使用する事も可能だ。

 前世ではそれくらいしないと業務が片付かなかったから。


 更には自分を7倍速まで加速。1時間に7時間分の仕事をこなすなんて魔法もあるし使える。  


 しかし今の時点でそれらの魔法を使うべきではないだろう。

 というか出来れば二度と使わない方がいい気がする。

 前世では結局、そういった魔法を使いすぎて過労死したのだから。


 だから今日は寝るぞ。

 そう決断して俺は寮の部屋へ。


 同室の連中は既に皆寝ているようだ。

 無理も無い。農村の生活だと朝日が出たら起きて日が沈んだら眠るのが普通だから。


 農村では灯火をつける習慣がほとんどない。

 魔法なんて使えないし灯火なんて金のかかるものは使えないし。

 だから必然的に早寝早起きな訳だ。


 しかし俺の隣のベッドがかさっと小さく動いた。


「呼び出しはどうだった?」


 ジョンだ。どうやら起きていたらしい。

 もしくはまだ眠れなかったのだろうか。


「ああ。いきなりだけれど明日、この寮を出ることになった」


「今日の依頼先で早くも見初められたか」


 確かにそういう事もあるらしいとは聞いた。

 村からこの街に来る途中、護衛兼道案内をしてくれたクレイグさんとジルさんから。


『依頼の中には新規採用者を探す目的のものも混じっている。冒険者があわないと思ったりより安定した仕事に就きたいと思うならそういうのを狙うのも手だ。

 あとはどの依頼も真面目に誠実にやることだ。安いから手抜きとかそういうのは無しで。そうすれば思いがけない登用なんてのも出てくる』


『5人くらいはそんな感じで途中で講習をやめていったな。それもまた成功例のひとつだ。最初の給料は安いだろうけれど、街に安定して住めるんだからさ』


 そんな感じで。


「正確には違うけれど似た感じだ。まだどうとは言えないけれどさ」


「信用出来る相手なのか、それ。クレイグさんも言っていただろ。個人契約の中にはとんでもないのも混じっているから必ずギルドを通せってさ」


「それは大丈夫だ。まさにこの冒険者ギルドを通した話だからさ」


「ならおめでとうだな。確かにエイダン、冒険者って感じじゃないものな」


 ここで実はD級に昇任して……なんて事は言えない。

 ジョンにだけなら言ってもいいが、ここには他の耳もある。


 それに確かに俺、冒険者というか荒事系は得意ではなかった。

 淡々と畑を耕したり雑草を取ったりという作業の方が好みだったから。


 むしろ荒事系はジョンの得意分野だ。

 家が農家兼狩人で、ジョンも狩りの手伝いなどをしていたから。


 そういう意味では冒険者に一番近い奴だったのだ、一緒に村から来た6人の中では。

 狩りで弓や槍を使うなんて事もしていたし。


 それなのに冒険者になる順番が逆転してしまったな、なんてことを思いつつ、次の言葉を考えて口に出す。


「まあな。ただ安定したらこっちに挨拶に来るからさ」


「ああ。その時はよろしくな。ところでどんな仕事なんだ?」


 そこをつつかれると困る。


「とりあえず明日やるのは運送関係だな。悪い、それ以上言えないんだ」


「そういう事なら仕方ないな。あとで大丈夫になったら教えろよ。あとそこの仕事がいい感じで給料が良くて、もう1人くらい採用しそうなら頼むな」


「わかった。そう遠くないうちに連絡するよ」


 とりあえずこれで明日此処を出ても怪しい噂が立ったりなんて事はないと思う。

 ジョンは割と人付き合いがいい方だ。最低でも村から出てきた連中には俺がいなくなった事を説明してくれるだろう。


「頼むな。いきなり行方不明じゃ寂しいからさ」


「大丈夫だ。この街に戻ってくる予定だしさ」


「ああ」


 安心したら急に眠くなった。

 何せ俺も今までは朝日とともに起きて日が沈んだら寝る生活だったのだ。

 昨日今日でそうそう体質が変わるわけはない。


「それじゃ寝るわ。お休み」


「お休み」

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