第11話 格差の街(中)

 翌朝になり、赤ずきんさんは周辺の山間部を回っていました。

 無論、狼を、もしくはその痕跡を探すためです。


「いない、わけじゃないみたいね…」


 昼過ぎになり、狼自体は見当たりませんが、その痕跡だけは見つけました。

 ですが、見つけたのは狼だけではありませんでした。

 木の幹に大きな爪痕がありました。


「熊……ヒグマ?」


 銃を教えてくれた猟師のおじさんから、その存在だけは聞いていました。

 大きく強靭な体を持つ、最強格の動物。

 ほとんど見ることがない動物ですが、目の前で出会ったら死を覚悟しろとも言われています。


「どうしたの、赤ずきん?」


 木の幹を撫でる赤ずきんさんに、後ろを歩くタリアが首を傾げます。

 以前のように町に拠点があれば、赤ずきんさんひとりで散策しているところですが、今回はそういう訳にもいかず、タリアを帯同させていました。


ひぐまよ。恐らくね」

「クマ……。あの、おっきい、ハチミツとか舐める?」

「…なによそのイメージは。食性は雑食よ。それより、タリアは一度山から――」


 赤ずきんさんはため息と共に山から麓を見下ろして、言葉を止めました。

 円形の城壁に囲まれた中央部と、その周囲の廃れた家屋が並ぶ街と広大な農園。

 その城郭都市から人がまばらに出てきて、山へと入っていくのが見えました。


「どうしたの?」

「あの街から、人が出てきてる」

「それは、まぁ、街の外に出ることもあるんじゃ…。っていうか、赤ずきん目良すぎよ。ん~~?何か持ってる…?」

「フォーク、くわ、鎌……農具ね」

「じゃあ、畑仕事でしょ?」

「畑を通り過ぎて、山に入ろうとしてる。農作業じゃない」

「じゃあ、一体…?」

「とりあえず、意図はわからないけど離れましょう」


 そう締めくくり、二人は山を歩き続け、やがて野宿に入りました。




 その翌日、赤ずきんさんたちは散策を続けていました。

 その昼頃――


「止まって」

「え?」

「静かに、しゃがんで」


 先を歩く赤ずきんさんが、タリアに身を伏せるよう指示しました。


『おい、そっち行ったぞっ』

『あ~~っ、何してんだよっ』

『ならお前やってみろよっ』


 草むらに身を伏せると、少し先から聞こえてくる男たちの苛ついた声。

 恐らく、昨日見た、街の人たちです。


「ねぇ、あれって…」

「山狩りね…」


 手に農具を持つ、三人の若い男が小動物を追い回していました。


「大方、食うに困って、ってとこかしら。重税で満足に食べられなくて、だったら山で動物でも狩ろうっていう。単純ね」


 案の定、追っていたうさぎはさっと逃げてしまいました。

 次に男たちが目を付けたのは、兎よりも何倍も大きい黒い動物でした。

 子熊です。


『おい、待てーっ』

『うわぁ~、助けて、ママ~!』


 逃げ惑う子熊を追い回す男たち。

 赤ずきんさんは嫌な予感がしました。

 すぐに草むらから飛び出します。


「あなたたち、すぐに――」


 しかし、時すでに遅し。

 赤ずきんさんが男たちの目前まで到達し、子熊との間に割って入ったその時、


「こんな時に、あんたら、ウチの子になんのつもりだ?」


 大人の――子熊の親が、現れました。

 とても大きい熊です。

 それが、子供の危機に駆けつけたのです。


(マズイ……)


 赤ずきんさんは焦りました。

 子供を守る親というのは、とても気性が荒く、高い攻撃性を持っています。

 果たして、逃げることができるのか。

 どう逃げるべきか。

 そう考えている時に、親熊が、ぐわっと立ち上がりました。

 三メートルはある巨体でした。

 赤ずきんさんの後ろにいる男たちはその威容に固まり、離れた草むらに身を伏せたままのタリアも、その姿を目にして動けずにいました。

 それは、赤ずきんさんも変わりません。

 銃に弾は入っています。

 鉈もすぐに取り出せるように提げています。

 ですが、勝てるイメージが湧きません。


「う、うわぁぁぁっ⁉」


 緊張に耐え切れずに、男の一人が振り返って駆け出します。


「ダメッ、そんな風に逃げちゃ――」


 興奮した動物を前に、大声を上げながら背を向けて走り出す。

 男の行動は、熊を刺激するには充分だったので、それを止めようとしますが、


 ドン、と。

 赤ずきんさんは、別の男に背を押され、その場に倒れてしまいました。


 他の男二人は、赤ずきんさんをその場に倒し、一目散に逃げていきました。

 見ず知らずの少女を、熊から逃げるための囮にしようとしたのです。


 赤ずきんさんは、すぐに立ち上がります。

 ですが、その目前には、大きく右前足を振り上げた熊の姿が映り、呼吸が止まります。


 死ぬ――。


 そう覚悟しますが、一方で、別の思いが沸き上がります。


(こんなところで…、死ねるかっ!)


 おばあちゃんを殺した狼。

 狼を殺すことを目的にここまでやってきて、それを遂げられないまま死んでなるものか。

 そんな思いが、赤ずきんさんを突き動かします。


 丸太のように太い前脚と、その先端の鋭利な長い爪。

 あの爪に抉られれば、間違いなく致命傷となる裂傷を負ってしまう。

 殴られるだけでも、骨が砕かれ、四肢をがれるかもしれない。


 だから咄嗟に、斜め前方に飛び込みました。

 

 ドゴッ‼


 重く鈍い音がしました。

 赤ずきんさんに、熊の剛腕が命中しました。

 幸い、爪からは逃れることができました。

 遠心力の効いた掌ではなく、熊の手首の辺りが命中しました。

 赤ずきんさんに直接ではなく、咄嗟に構えた肩掛けのバッグに命中しました。


 それでも、余りあるパワーに、赤ずきんさんの身体は大きく吹き飛ばされました。

 ワンバウンド、ツーバウンドと、地面に叩きつけられて転がりますが、勢いはまだ止まらず――


 不意に、地面の感覚が消えました。


 そこは、断崖です。

 ごろごろと転がりながら、赤ずきんさんの身体は崖の向こうに吹っ飛び、重力に引かれて放物線を描いて落下していきました。

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