赤ずきんさん
神在月ユウ
第1話 それは決意の始まり
赤ずきんちゃん。
みんな、少女をそう呼びます。
かわいらしい、九歳になったばかりの少女は、その名の通りいつも真っ赤なフードを被っており、小さな集落の中でお母さんと二人で暮らしています。
赤ずきんちゃんには離れた場所に暮らすおばあちゃんがいます。
おばあちゃんのことは大好きです。
色んなことを教えてくれる、優しいおばあちゃん。
シワシワだけど、優しく頭を撫でてくれる手が大好きです。
笑った顔も大好きです。
そんな赤ずきんちゃんは、ある日お母さんからお使いを頼まれました。
具合の悪いおばあちゃんへのお見舞いです。
お母さんはバスケットにお見舞いの品を入れて赤ずきんちゃんに渡しました。
自家製のパンに、自慢のベリーのジャム、ウサギ肉のローストを挟んだサンドウィッチ。そこにお隣のおじさんが作ったワインも添えて、おばあちゃんの好物の入ったバスケットをウキウキしながら受け取ります。
「森には恐い狼がいるから、気をつけるのよ。寄り道はしないようにね」
「はーい!」
お母さんの注意に元気よく返事をして、赤ずきんちゃんはおばあちゃんの家へと向かいました。
おばあちゃんの家までは森を通って三十分ほどかかります。
「やぁ、こんにちは」
そして、道のりの半分を過ぎた頃、赤ずきんちゃんは狼に出会いました。
「おおかみさん?」
赤ずきんちゃんはお母さんに注意されたので、狼を警戒します。
対して、狼はにこやかに笑いながら話しかけてきます。
「どこに行くんだい?」
「おばあちゃんのお見舞いよ」
赤ずきんちゃんはにこやかに笑う狼に、少し警戒心を緩めながらも緊張して答えます。
対して、狼は笑みの形をそのままに、驚きの色を混ぜながら言います。
「なんていい子なんだ!」
「そ、そうかな?」
褒められた赤ずきんちゃんは少し照れます。
「おばあちゃんの好きな、ワインとサンドウィッチを届けてあげるの」
褒められて気分が良くなった赤ずきんちゃんは、自分から狼に話しかけます。
「そうなんだ、でも……」
「…?」
狼の表情が曇ります。
「おいしいものだけじゃなくて、綺麗なお花も摘んでいったら、おばあちゃんはもっと喜んでくれるんじゃないかな」
そう言われて、赤ずきんちゃんは悩みました。
お母さんからは寄り道はしないように言われています。赤ずきんちゃんはとてもいい子なので、お母さんの言いつけを破るような子ではありません。
「お母さんに寄り道はしないように言われているから、それはできないの」
きっぱりと、赤ずきんちゃんは狼の提案を断りました。
しかし、狼はにっこりと笑って言います。
「大丈夫だよ。寄り道したことは君と俺様しか知らないから、黙っていればお母さんにバレたりしないよ」
そう言われても、赤ずきんちゃんは頷きません。
「帰りが遅くなったら、お母さんにも寄り道したことがわかっちゃうもん」
赤ずきんちゃんは頭がいいので、そんなことにも気がつきます。
それでも、狼は笑顔を崩しません。
「おばあちゃんとつい長話をしちゃったって言えばいいんだよ」
「それは嘘だよ。嘘つきはダメなんだよ」
「おばあちゃんを喜ばせたくてお花を摘んでたって言えば、おばあちゃんもお母さんに言いつけたりしないさ」
そこまで言われて、赤ずきんちゃんの心は揺れました。確かに綺麗なお花を摘んでいけばおばあちゃんは喜んでくれるはず。「お母さんには内緒にして」ってお願いすれば、「しょうがないねえ」って言ってくれるでしょう。
だから、ためらいがちに赤ずきんちゃんは尋ねます。
「きれいなお花が咲いているところ、知ってる?」
「もちろんだよ」
狼はここから少し離れたお花畑の場所を教えました。
赤ずきんちゃんはうきうきしながら森の中を進み、お花畑を目指します。
対して、そんな赤ずきんちゃんの後姿を見送りながら、狼は口元を大きく喜色に歪めました。
「しめしめ、今のうちだ」
狼は赤ずきんちゃんのおばあちゃんの家へと急ぎました。
赤ずきんちゃんは、綺麗なお花畑で色とりどりの花を摘んでから、ルンルンとスキップしながら大好きなおばあちゃんの家に辿り着きました。
「こんにちは、おばあちゃん」
にこやかに、赤ずきんちゃんはおばあちゃんの住むログハウスに入ります。
ドアを開けてすぐに、ベッドの上のおばあちゃんを見つけました。
膝を立てて俯いていて、赤ずきんちゃんには気づいていないようです。
「おや、よく来たね」
おばあちゃんは俯いたまま、赤ずきんちゃんに声をかけました。
いつもよりも声が枯れているようですが、きっと具合が悪いせいでしょう。
「おばあちゃん、おばあちゃんの好きなジャムの入ったうさぎのサンドウィッチとワインよ」
赤ずきんちゃんはバスケットの中身を渡します。
「おや、ありがとうね」
おばあちゃんが受け取ります。
ちょっと手が毛むくじゃらに見えましたが、気のせいでしょう。
「優しい子だねぇ」
おばあちゃんは手を伸ばして赤ずきんちゃんの頭を撫でてくれます。
いつも通りのおばあちゃんの手でした。さっきの毛むくじゃらはやっぱり気のせいみたいです。
ちょっと血色が悪いけれど、いつものしわしわの手でした。
ぴちゃり――
「……?」
何か水音がしました。
「どうしたんだい?」
「ううん、なんかお水が落ちる音がしたから」
「ああ、そうかい。さっき倒した花瓶の水かねぇ」
「え、じゃあ、わたしが拭いてあげる」
赤ずきんちゃんはその場にしゃがみました。
ベッドの下を覗き込むと、確かに水たまりになっていました。
ぞうきんを手に取って、ベッド下に手を伸ばして水たまりを拭きます。
ちょっとぬるぬるして、すぐにぞうきんがびちゃびちゃになってしまいました。
雑巾をすくい上げると、布も手も、びちゃびちゃでした。
手元を見ると、真っ赤になっていました。
「え……?」
赤ずきんちゃんは戸惑いました。
水を拭いていたはずなのに、なんで真っ赤なんでしょうか。
「ねぇ、おばあちゃん、なんで――」
「ああ、これかい?」
おばあちゃんにかけられていた毛布がばぁっと宙を舞いました。
「これはね――」
おばあちゃんの体が崩れました。
お腹におっきな穴を開けた状態で、そこからだらだらと赤い液体を垂らしていました。
おばあちゃんの顔は、口を開けたまま固まっていました。
俯いていて見えなかった目は、大きく開いたまま固まっていました。
その左手は、肘から先が取れていて、床に転がってしまいました。
「俺様がおいしくいただいた――」
そして、赤ずきんちゃんに向かっていく、毛だらけの獣。
「君のおばあちゃんの、血だよ」
赤ずきんちゃんよりも大きな狼の体が、赤ずきんちゃんの上に覆いかぶさりました。
そして、大きく口を開けて、
「じゃあ、いただきます」
少女の細い首に、牙を突き立てました。
「が……、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっ!!」
それは、偶然でした。
たまたま通りかかった猟師が、その絶叫を耳にしたのは。
「ばあさん、大丈夫か!?」
猟師が家の中に駆け込むと、そこは血の海になっていました。
「ちっ、間が悪いな」
狼は慌てて逃げていきました。
「逃がすかっ」
猟師は後を追おうとしますが、
「—―って―――ぉっ――」
掠れた声が、足元か聞こえました。
血の海に沈む、赤いずきんを被った少女。
腕や腹、太ももに傷を負い、首からおびただしい血を流しながらも掠れた声を上げていました。
まだ助かるかもしれない。
そう思い、猟師は少女を抱えて村まで運ぼうとします。
「—―る――い……、あ―――ショ――が――」
少女は、涙を流し、喉からヒューヒューと細い呼吸でありながらも、声を上げていました。
「おい、喋るな。もう大丈夫だ、助けてやるからな」
猟師は必死に励ましました。
よほど怖い目に遭ったのだろうと、少女を慰めるように。
しかし、少女が口にしたのは狼に襲われた恐怖でも、死ぬかもしれない不安でもなかったのです。
「あの、ジグショウ、がぁ、」
少女が口にしたのは恐怖ではなく、
「ぜっだい、ごろじで、やるっ」
狼への、怨嗟でした。
「おばぁ、じゃん、を……ごん、なぁ…!」
出血からして瀕死であるはずの少女は、
「ぜっだい、ごろずぅぅぅっ!!」
狂気に満ちた眼光で、虚空に向けて、復讐の言霊を吐きました。
少女の血を吸い上げて、赤いずきんの色が、より一層濃くなっていきました。
これは、そんな少女が誓う報復の道のりの冒険譚であり、
復讐のために生きる、少女の人生の一幕を綴った物語です。
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