第37話 「八百八狸」

 奥仙おうせんへと辿り着いたしゃらく一行は現在、そこで出会った子狸の後に続いて森の中を進んでいる。

 「へェ。“八百八狸やおやだぬき”ってのは、そんなにすげェのか」

 「そうさ! そして、その八百八狸やおやだぬきを率いる頭領とうりょうと三幹部達はもっとすごいんだ! いつかおいらもあんな風になるんだ!」

 先頭を歩くポンと名乗る小狸は、後ろ向きで歩きながら、鼻息を荒くしている。そのすぐ後ろを歩くブンブクは目を輝かせている。

 「八百八狸やおやだぬきか。聞いた事はあるが、童話の世界だと思ってたぜ。まさか実在するとはな」

 「童話?」

 ウンケイの話にしゃらくが首を傾げる。

 「ああ。“八百八狸やおやだぬき”と“千尾狐せんびぎつね”の化かし合いの話だ。ガキの頃よく聞かされたぜ。聞いた事ねぇか?」

 ウンケイが懐かしそうに微笑む。

 「知らねェ」

 「だろうな」

 「どっちが勝つんだ?」

 「おいら達だ!」

 しゃらくとウンケイの会話にポン太が割り込む。

 「千尾狐せんびぎつねなんかに八百八狸やおやだぬきが負けるか! あいつらズルくてイジワルなんだ!」

 ポン太が更に鼻息を荒くしている。

 「って事は千尾狐せんびぎつねも実在するのか?」

 「うん。どっかにね」

 「俺達が聞いてきた話じゃ、化かし合いは引き分け。両者は仲直りして、お互い仲良く暮らしていくって顛末だが、どうもそんなに穏やかじゃないらしいな」

 「さあね」

 ウンケイが眉をひそめる。ブンブクはじっとポン太を見つめる。

 「ほら着いたよ」

 ポン太がそう言うと、目の前の鬱蒼うっそうとした木々が開けて来るのが見える。

 「ここがおいら達八百八狸やおやだぬき総本山そうほんざん、“しょうじょうじょう”だよ!」

 鬱蒼とした森の中ぽっかりと穴が空いたように、木々が開け空が吹き抜ける巨大な空間が目の前に現れる。そこには人間の家屋と同じ様な建物が並び、その奥には巨大な古城が聳え立っている。城下のでは狸達が人間のように二足で立ち、まるで人間の城下町のように、商売をしたり立ち話をしたりと振る舞っている。

 「すげェ!! まさに狸の町だぜ!!」

 「・・・ここがかの有名な八百八狸やおやだぬきの総本山。本当にあるとはな」

 「わんわん!!」

 しゃらく一行が景色に目を奪われていると、ポン太はツカツカと先へ行ってしまう。

 「ちょっとそこで待ってて!」

 ポン太は振り返りそう言うと、四つ足になり城の方へ駆けて行く。しゃらく達はポン太の姿を目で追っていると、周囲から刺す様な視線を感じる。見ると、城下の狸達が一斉にしゃらく達を睨んでいる。ブンブクは慌ててウンケイの肩に飛び乗る。

 「・・・そりゃあそうだよな。こんな所にいきなり人間が来たら驚く筈だ。ってかお前が何でビビってんだよ。仲間だろ」

 ウンケイが肩に乗ったブンブクを睨む。ブンブクは震えながら首をブンブンと横に振り、尻尾はだらりと下がっている。

 「ったく。こいつら人間の言葉が分かるんだよな? おいしゃらく、釈明しゃくめいしろよ。俺達は怪しいもんじゃねぇって」

 するとしゃらくは、狸達のいる城下町へツカツカと近づいて行く。狸達はしゃらくに警戒し、つんいになって威嚇し出す者までいる。

 「よォ化け狸ども! おれはしゃらく! よろしく〜!」

 しゃらくの言葉を聞き、狸達は更に警戒し始める。

 「おい! 警戒される様なこと言うんじゃねぇ!」

 ゴツ〜ン!! ウンケイの拳骨げんこつ炸裂さくれつする。しゃらくの頭にはたんこぶが膨らむ。

 「いでェェ!!」

 「ったくてめぇは。いや俺が馬鹿だった。人間の言葉が通じるなら、最初から俺が言えば良かったんだ」

 「そうだお前が馬鹿だ!」

 ゴッチン! しゃらくの頭のたんこぶが二つになる。

 「お〜〜い!!」

 すると城の方からポン太が戻って来る。しかしその後ろには、小さな木の杖をついた老狸ろうだぬきがゆっくりと付いて来ている。

 「何だァ?」

 「狸の長老か・・・?」

 ポン太と老狸がしゃらくの目の前にやって来ると、老狸がゆっくりとしゃらく達に近づき、三人の顔をじっと見つめる。

 「・・・ようこそおいで下さいましたな。私は太一郎たいちろう。ポン太を助けてくれたそうで。ありがとうございました」

 老狸がゆっくりと頭を下げる。

 「いやいや。助けたというか、殺されかけたというか・・・」

 ウンケイがポン太を見る。ポン太はニコニコと笑っている。

 「なァ爺さん。こいつの親兄弟がここにいねェかなァ?」

 しゃらくがしゃがんで老狸の顔を覗き込みながら、ブンブクを指差し尋ねる。すると老狸は顔を上げ、ブンブクをじっと見る。ブンブクは照れてか、ウンケイの肩の上で固まっている。

 「おれ達はこいつの家族を探してここへ来たんだ。こいつもあんたらみたいに化けられるぜ? 人間の言葉は分からねぇけどな」

 ウンケイの話を聞いてか聞かずでか、老狸はただ黙ってブンブクを見つめる。ブンブクはどうにも恥ずかしく、尻尾で顔を隠している。

 「・・・はて。申し訳ない。私目わたしめではお役に立てそうもありませんな」

 「そうかァ〜」

 しゃらくとウンケイが肩を落とす。ブンブクの尻尾もだらりと落ちる。

 「まぁまぁ。皆さんを客人として持て成したいので、城へご案内させて頂きたい。良いですかな?」

 「ほんとか!? 腹減ってたんだよ!」

 しゃらくが城へ向かって歩き出す。その後を老狸とポン太が付いて行く。

 「・・・何であいつが先を歩いてんだ」

 ブンブクを肩に乗せたウンケイも、呆れながら後を付いて行く。城下町の狸達はしゃらく達の道を開け、不思議そうに見ている。

 


 日が沈み、森の中の狸達の古城を夕焼けが照らす。中では賑やかな声と鼓の様な音が響き渡る。

 「わっはっはァ!」

 古城の大広間では、豪華な食事を前に座るウンケイとブンブク、太一郎と名乗る老狸もそばに座っている。そしてしゃらくはポン太と他の狸達と一緒に腹鼓はらつづみを打って踊っている。

 「ほっほっほ。愉快な人じゃ」

 「悪ぃな。折角せっかく持て成して貰ってんのに」

 「いえ。楽しんで頂ければ結構じゃ」

 ウンケイが苦笑し謝るが、太一郎狸はニコニコと微笑んでいる。一方のブンブクは、腹鼓を打つしゃらく達を見て笑っている。

 「・・・」

 太一郎狸はニコニコと笑いながら、腹鼓に夢中になっているブンブクを見つめる。

 「わはは。おもしろかったぜェ」

 しゃらくが自分の席に座る。ポン太もしゃらくの傍に座る。

 「そう言えば、お前あんな所で牛に化けて何してたんだ?」

 ウンケイがポン太に尋ねる。

 「あ!! そうだ!!」

 突然ポン太が大声を出したかと思うと、立ち上がって太一郎狸の前で正座し両手を着く。

 「太一郎様! 南山みなみやまとりでに化け物が出ました!! おいらはそれに追っかけられて、逃げてた所でしゃらく達に会ったんです!」

 ポン太の話を聞き、太一郎狸が眉をひそめる。

 「化け物? 砦の者は無事か?」

 「分かりません。おいら砦に飯を届けて、その帰りに追っかけられたから・・・」

 ポン太の話に、ブンブクと他の狸達は怯えている。ウンケイは黙って話を聞き、しゃらくは飯をもぐもぐと食べている。

 「そうか。・・・今は丁度、頭領様達が出掛けておるからな。その化け物が此処へ来たらまずいのう」

 すると、太一郎狸の話を聞いたしゃらくが立ち上がる。

 「よっしゃ! じゃアその化け物、おれ達が退治してやるよ!」

 しゃらくがニカっと笑う。ポン太と狸達は、目を輝かせてしゃらくに群がる。そんな中、太一郎狸は眉を顰めている。

 完

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