第7話 ダンジョンからのご褒美


 男だか女だか分からない声が立て続けに頭に響くのを聞き終える。何だか最後に知らない単語が出ていたが、とりあえず考えるのを後回しにした。

 ホブゴブリンが地面に溶けるように消えてなくなるのを見届けると、一愛はどっさりとその場に腰を下ろした。誰にも見られてないことを良いことに、みっともなく臀部を地面に付け両足を投げ出す。


「……武器、残ったな。ドロップしたって事でいいのか」


 レベルアップしたことにより更に力が増したステータスで、片手でグレートクラブを持ち上げる。羽のように軽いとは言わないまでも感触としてはレベル1の時に持っていたデフォルトゴブリンのこん棒ほどにまで扱いやすくなっていた。

 ホブゴブリンのドロップ率は分からない。曲がりなりにもエリアボスである。少なくともモブゴブリンの5%より高いということはないだろう。

 一愛は運命的な何かを感じそっとグレートクラブの表面を撫で、深く息を吐いた。

 そしてホブゴブリンが消えて無くなった地面を見つめる。そこにはいつの間にか金色に輝く宝箱が置いてあった。


 ……『エリアボス討伐報酬の宝箱』。


 読んで字の如く宝箱である。紛うことなき宝箱である。

 出るぞ出るぞとは知っていつつも実際に見ると結構気分が高揚する。気分的には「あ、ほんとに出たよ、マジか」である。ゲームでしか存在を知らない宝箱を間近で見た感想としてはそんなものだ。

 エリアボスはモンスタードロップとはまた別に、その存在そのものが宝箱へと変質する。いわばダンジョンが強敵を倒したご褒美を与えてくれるのだ。


「やばい、嬉しい」


 顔のにやけが止まらない。こうもはっきりとご褒美を与えてくれると一周回って素直になれる。素直にありがとうである。

 宝箱の中身は期待するなとよく言われているが、それは無理な相談だ。一部ではプレゼント・ファックとまで言われていようと初めての宝箱に期待するなという方が無理である。


 ……ご褒美にそんな言い方ある?


 宝箱の別称(蔑称)を思い出して少々気分を落としたものの、一愛は意気揚々と宝箱を開け、 


「低級ポーション……1個」


 ものの見事に崩れ落ちた。

 

 ……………………………………。


「さ、次だ次。【ステータス】」


 一愛は『宝箱』の流れそのものを無かったことにして、自身のステータスを開いて眺めた。

 

【名前】 二ツ橋一愛 

【レベル】 3(2―3)

【ジョブ】 探索者

【種族】 人間

【称号】 無

【MP】 2/9(6→9)

【SP】 0/24(12→24)

【力】 36(20→36)

【防御】 18(11→18)

【敏捷】 16(11→16)

【器用】 14(9→14)

【精神】 8(3→8)

【魔力】 2(1→2)

【スキル】 ヘヴィーブロー(SP 2)10等級F

      サークルスイング(SP 6)10等級B ←NEW

      タフネス(パッシブ)10等級E ←NEW

【魔法】 リジェネレーション(MP 1/sec)10等級A


 タフネス:【防御】を常時最大値の10%加算する。威圧、恐怖耐性を内包。


 流石にレベル2に上がった時ほどの異常な成長率ではないが、それでも十分すぎるほどステータスが上がっている。そもそも大抵の人間はレベル2に限って異常なほどステータスが上がるのだ。レベル3の時点でそれに準じるほど上がるのも異常と言えば異常であるので、この結果は順当、にしては結構上がっているが特に気にするほどではない。


 タフネスのスキルが新たに生えたのは嬉しい誤算である。防御を常に10%加算する効果は地味だが有用であるし、威圧や恐怖耐性は生存率に直結するほど有用だ。まだレベルが低いこの段階で生えたのは僥倖というものだろう。


 一愛は疲れから怠くなった腕を動かしてステータス画面をスライドさせる。まずは【クエスト】欄をタップした。


【クエスト】

エリアボスを討伐せよ CLEAR 500ポイント贈呈


 クエスト欄を開くと箇条書きのように記載されたその文言を眺める。500ポイント贈呈という通常より多いポイントに一愛は疲れから半目になっていた目を驚きで見開いた。

 500ポイント。ダンジョンガチャ50回分である。一日一回のデイリークエストのクリア報酬にしては多すぎる。

 贈呈されるダンジョンポイントはダンジョン側の独断で決められる。それはデイリークエストの難しさにより増減されると言われており、ゴブリン1匹討伐せよなどの簡単すぎるクエストは10ポイントしかもらえない。それでも一回はガチャができるのだから優しいのかもしれないが。


 ともあれ通常ならそれだけしか貰えないデイリークエストでガチャ50回分のポイント贈呈は明らかに異常である。


 ……それだけ無茶なクエストだったってことか? なんか腹立ってきたな。


 初めてダンジョンを探索する初心者にそんな無茶なクエストを与えるなと。

 いや初ダンジョンでこのクエストだからこそダンジョンポイントが奮発されたのかもしれないが、それでも釈然としない気持ちを抱くのは仕方ないことである。結果として生きているから良しとできるが、死んでいたら恨みからレイス系モンスターとして化けて出そうである。

 その場合ダンジョンの一部になっているのだから誰に復讐するのかは置いておいて。


 ……まぁいいや。そんじゃ最後に、と。


 一愛はステータス画面を更にスライドさせ、一番下に追記された【実績】欄を眺めた。

 追記。そう追記だ。

 最初にステータスを見たときも、レベル2に上がった時に見たときも【実績】などという欄はなかった。このようなステータス画面は知らない。協会の開示情報、ネット上の噂ですら寡聞にして聞いたことがない。初耳もいいとこである。


「……」


 一愛は無言で【実績】欄をタップした。見ないことには始まらない。


【実績】

『1階層』:エリアボスを初回探索時に単独討伐 100エクストラポイント贈呈。 


 その文言を見たとき一愛は顔が引き攣るのを止められなかった。

 エリアボスを初回探索時に単独討伐。そのあまりに無茶苦茶すぎる【実績】などもはや【実績】ではなくただの蛮勇である。

 結果としてその蛮勇を果たしてしまった一愛であるが、何も望んで果たしたわけではない。

 ダンジョンがクエストとして無理矢理与えたから、生きて帰る為に仕方なく実行しただけである。というか誰がこんな無茶を好き好んでするのか。頭がいかれている。知り合いだったら間違いなく距離を取るレベルである。顔も見たくない。

 

 ……けどそういうことか。だから聞いたことがないんだ。


 まさか一愛が初めて出したステータス欄というわけでもあるまい。ダンジョンの出現から何年経ってると思っている。日本ではダンジョンの一般開放は最近であるが、海外では結構前から既に開放されている国もあるのだ。その間に全世界で何十万、何百万、下手したら何千万人が探索してると思っているのだ。そんな中自分が初めて発見した男であるなどと、そこまで一愛は自惚れることができない。

 その理由がこれだ。開示できないのはまさにこの無茶な内容が原因だ。

 愚かな探索者が先へ先へと進まない為、階層マップですら公開しない政府である。その政府がこんな阿保みたいな内容の【実績】を公開するわけがない。絶対阿保が阿保みたいに出る。

 だが【実績】が開放されるということしか起きないのなら、どこかで少しくらい情報が漏れてもおかしくない。それだけなら笑い話として今一愛が思ったように、誰がこんなの挑戦するんだよとネタにする輩がでるはずだからだ。

 

 ということはこのエクストラダンジョンポイント、相当美味しいと見た。


「……行くか」


 一愛はゆっくりと立ち上がり、その足で2階層へと続く階段を降りる。何もそのまま2階層に直行するわけではない。というよりそんな体力も気力も残っていない。もう眠いのだ。

 それでも確かめたいことがあった。確かめるというより本当のご褒美を貰いにいくのだが。おっと、初めてのご褒美だったか。


 各階層間の移動には必ず階段区画を通っていくことになる。階段区画はダンジョンが定めた絶対の安全地帯であり、如何なるモンスターであろうと侵入することは許されていない。ダンジョン内で唯一安心できる階段区画の丁度中間地点にその部屋は存在している。

 ダンジョンが人類に用意した明確な報酬、ガチャ部屋だ。


 1階層のような作りをした10畳ほどの殺風景で無機質な部屋。

 その中心地点に等間隔でガチャが二つほどぽつんと置いてある。


「ガチャが二つある……」


 予想通りだと一愛は得心がいった。

 二つの内一つはフードコートにでも置いてそうなどこにでもある見た目をしている。恐らくダンジョンポイントで回すことができるガチャだろう。初めて見るがそう確信する。

 そしてもう一つ……高級感溢れる艶の無いシックな黒色に、周りを金色で縁どられた一目で特別と思われるガチャがある。一愛の予想が正しければこれはエクストラダンジョンポイントで回せるガチャだ。というかそうとしか思えない。

 

 ……無料ガチャと有料ガチャってところか。


 国が【実績】の情報を開示しない理由がこれなのだろう。

 高級感溢れるこの見た目からどれだけ良いアイテムが出るか分からない。だが少なくとも人が欲に溺れるだけの何かはあるはずだ。無茶をしてでも引きたいと思わせる何かが出るのだろう。

 確かめたい。真っ先に。


 一愛は特別なガチャ――有料ガチャに手をかける。その瞬間頭の中に声が響いた。


『100EXDポイントで10回エクストラガチャが引けます。10回引きますか。YES or NO』

「YES」


 間髪入れず答えると有料ガチャの周囲に宝箱が計10個現れた。

 一愛はそれを片端から空けていき中身を確認していく。


 宝箱の中身は以下の通りとなった。


 以下雑品。

 中級ポーション;2個

 :骨折レベルの外傷を瞬時に回復する。その際きちんと整形していないと大変なことになるかも? 買値50万

 上級恢復ポーション:1個

 :エイズ、癌など現代での治療方法が確立されていない病を粗方恢復する。どこまでの病が恢復するのかは現在調査中。買値1000万

 狐尾:1個

 :ふわふわの狐尻尾。尾の先から赤い光が灯る。ただそれだけ。買値1万(女性に人気)

 

 以下マジックアイテム 

 アリアドネの糸:1個

 :使用した瞬間即座にダンジョンから帰還する。買値1000万

 身代わり地蔵:1個

 :肌身離さず持ち歩くことで一度だけ致命傷を回避し重傷に留める。手の平サイズの木彫り地蔵のような見た目。効果を発揮した瞬間木端微塵に砕け散る。感謝するように。買値2000万

 

 以下不明

 カラスみたいな羽で作られた扇子:効果不明

 完全に詳細不明な品:3個


 一愛は排出されたアイテム欄を一通り確認すると、疲れたようにひと心地ついた。

 アイテム類の買値はダンジョンに入る前に一愛が一通り調べているが、大体はうろ覚えだ。協会は基本的に売値の0.2掛けで買い取ってくれることだけを覚えていればいい。

 それよりこのアイテム類。やはりエクストラガチャはソシャゲの有料ガチャ並、いやそれ以上に良い確率でレアアイテムが排出されるようだ。ネットで流れているガチャの排出報告より明らかに良いのが出てる確率が高い。

 問題は効果も用途も不明な品だが……。


「そうだ。装備してみればいいんだ」


 一愛は天才的な閃きとばかりに扇子を手に持った。果たしてこれで装備したと言えるか疑問だが、この扇子以外はおよそ装備という概念にない見た目をしているので試すとしたらこれしかない。それ以外の品はギルドに持ち込むまでは不明のままだが、これがうまくいけば少なくとも扇子に関しては詳細が分かるだろう。

 一愛はその状態でステータス画面を開き【装備】欄をタップした。


 烏羽の扇子 5等級B

 八咫烏の羽を用いた扇子。扇いだ対象をダンジョンから帰還させる。安全地帯でのみ使用可能。安全地帯を1箇所登録可能。登録箇所に転移することができる。クールタイム:72時間


「おお!」


 三日のクールタイムは存在するが何度でも転移することが可能な魔道具はかなり希少な部類。しかも安全地帯を登録可能とはダンジョン探索が非常に捗る優れものである。

 ダンジョンは転移系のアイテム等を用いなければ必ずゲートから入ってゲートから出ないといけない。ダンジョンという広大すぎるエリアは一つ階層を降りるだけでも大変な労力である。それが一気に解消されるこの魔道具は破格の性能を有しているといえるだろう。売れば億は下らないと考えられる。


 一愛は概算で数億になろうかという戦利品類をほくほく顔で眺めた。

 別に億万長者になりたいからダンジョンに潜ろうとしたわけではない。わけではないが、それとこれとは別である。お金がついでに稼げるなら稼ぐ。当然だ。


 ……もういいかな。


 クエストは達成し、エクストラガチャは引き終わった。これで何の憂いもなく帰れる。

 通常ガチャがまだ50回分丸々残っているがそれはまた今度来た時でいいだろう。というより今引いても持って帰れる気がしない。着の身着のままここまで来たのだ。現状ですでにいっぱいいっぱいである。


「……帰ろう」


 ダンジョンに潜ってから何日経ったか。三日は経ったかもしれない。レベルアップして人としての位階が上がったとはいえ、三日三晩の緊張状態は流石に堪える。疲労と眠気でもうフラフラだ。

 それに家族に何も言わずそれだけ家を空けてしまっている。

 心配しているだろうか。間違いなくしているだろう。帰ったらきっと死ぬほど怒られる。

 一愛はその瞬間を想像し、笑みを浮かべながら烏羽の扇子で自身を扇いだ。




「――一愛!」


 気付けば新宿ダンジョンのダンジョンストア内に立っていた。瞬きの間に転移をしたらしい。

 本当にあっという間だった。景色の切り替わりが激しすぎて頭が追いついていない。

 疲労でぼーっとした頭に聞きなれた声が耳に入る。


「父さん……?」

「この馬鹿!」


 産まれてこの方見たことない形相で走り寄ってくる父親を見て、一愛は反射的に目を閉じた。本気で怒った時にしか子供を叩かない父親であるが、今は確実にそれ以上だろう。殴られると思ったのだ。

 だが予想に反してその時は来ない。代わりに全身を強く抱きしめられた。


「おま、お、お前なぁ! どれだけ、どれだけ心配したと思って……っ!」

「……ごめんなさい」


 大の大人の男、それも父親が涙を流す姿を見て、一愛は素直に反省する。

 子供の頃から父親が泣いている姿など見たことがない。これが初めてだ。だからというわけではないが、自分がいかに愚かで親不幸者だったのか身をもって理解できた。


「ごめん。本当にごめん。俺が馬鹿だったよ」


 自分を抱きしめる父親は背が大きくて頼もしかった。

 中学生になって、あと少しで高校生という年頃で、一愛は自分で大抵のことは判断できる気になっていた。丁度思春期なのも大きな理由で、反抗期はほぼ無いに等しかったが、それでも自立性は少しずつ育まれていた。ありていに言って大人になった気でいたのだ。

 だがまだまだ自分は子供である。

 それを一愛はこの時改めて思い知った。


「許さん。許さんぞ……っ。父さん達がどれだけ心配したと思っているんだ……」

「ああー……、うん」

「大体、勝手にダンジョンに入るなんて何を考えているんだ! 父さん達に一言も相談せずに勝手なことをして! ……おい、一愛? 一愛!?」


 一愛は父親に抱きしめられ、自分がまだまだ子供であることを自覚して。

 安全で、安心できる場所に着いたと頭が勝手に理解を示し。

 そのまま気絶するように、泥みたいにくたりと眠った。



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