第4話 多対一


 ダンジョン一階層。

 人々がダンジョン、迷宮という言葉で思い浮かべるであろう最もポピュラーな内部構造をしている階層である。人工的ではない自然に作られたであろう凸凹とした道とは呼べない地面、壁。天井からは鍾乳洞のように岩が垂れている。光源はへばり付いている苔らしきものが青白く発光し続け、ダンジョン一階層を幻想的に照らしていた。この階層唯一の発光源である。


 テレビのダンジョン特集で見た2階層のように一望できる景色がない為分かりづらいが、一階層は直径80キロにも及ぶほど広い。道に迷うほど迷路然としているわけではないが、広大過ぎる故に何かしら準備をしないと確実に迷うだろう。実際、本当の最初期の頃はパーティー単位で行方不明者が相次いでいる。

 

 天然の道。広大で先の見えない洞窟。それだけなら攻略の仕方も無数にあるが、ここはダンジョンである。ダンジョンには当然ながらモンスターが存在している。

 一階層の主なモンスターは、ゴブリン。

 身長120cmほどの背丈に醜悪な顔をした、全身緑色の小鬼型モンスターである。

 ゴブリンと聞けば大多数の人が思い浮かべる通り、奴らは女を犯し、孕ませることができる。探索者がゴブリンの子供を妊娠したという話は聞かないが、聞かないだけで普通にあると断定されていた。一般女性が聞くにはショッキング過ぎるので規制されているいわば暗黙の了解である。男? 男は殺して食べるのだ。


 そんな奴らが一階層では集団で行動している。

 集団といっても3~5匹であるが、人を見つけた瞬間に凶器を持って襲い出すモンスターが3~5匹である。ダンジョンの一般開放日に最も命を落としたのがこの階層であり、最も人を殺したのがゴブリン集団である。

 例えパーティーを組んでいたとしても、集団相手には一瞬の油断が命取りとなる。

 その為一階層はこう呼ばれている。【篩の階層】と。



 一愛いちかは目の前でたむろするゴブリンを眺め、呼吸を殺しながらも息を整える。

 腰掛けの岩に座るゴブリン二匹。それ以外には恐らくいない。最小集団の3匹より更に少ない2匹のチーム。これに勝てなければ一愛は間違いなくこの階層で命を落とすだろう。


 ……やるしかない。自分でやるしかないんだ。その為にここまで来たんだから。


 最初の頃は混乱した。武器も物資も全て失い、しかも一人なのだから混乱するに決まっている。どう助けを呼ぼうか、どうここから抜け出そうかばかり考えた。

 だが時間が経つにつれ冷静になればなるほど、最早この現状を打開できるのは自分以外にいないことを理解した。

 助けなどあり得ない。ダンジョンはチーム単位でランダムな場所からスタートする。この広すぎる一階層で同業に出会う確率などどれほどか。それはモンスターと出会う確率よりも高いのか? 馬鹿すぎる。楽観的に過ぎる。ダンジョンとはそこまで甘くないはずだ。


 おまけに時間の制約もあることを一愛は知っている。この場合時間というより体力か。

 大人が飲まず食わず動ける時間は3~7日。水はそこらに水溜まりがあるから良しとして、問題は食料が一切ないこと。つまり一愛が動けなくなる後三日、いや二日の間にエリアボスを討伐して出口まで移動しなければならないのだ。それを思えば一分だって無駄にしていい時間と体力はなかった。


 一愛は改めて、目の前でたむろするゴブリンを眺める。


 休憩中なのか、何なのか。不明だが二匹のゴブリンは客観的に見る限り楽しそうに会話をしている。会話の内容は「ギャ」だの「ゴガ」だの理解不能だが、ときおり「グギャギャギャギャ」と笑い声をはもらせているのでまず会話なのは間違いなかった。

 ダンジョンのモンスターにも意志が存在し、生きている。

 その事実を正しく認識してから、一愛は壁に背を預けた状態で10分近く動けないでいた。


 ……ようやく見つけたチャンスだ。これをモノにしないと本当に死ぬぞ、俺。


 意志ある生き物を殺す。それも人型に近いゴブリンを。

 そのことに一切の躊躇を感じないほど一愛はサイコパスではない。だがこの程度は想定の範囲内でもある。その上で自分なら殺せるとダンジョンにやってきたのだ。

 武器もないファーストバトルは想定外だったが、これ以上後がない状況というのは見方によってはアリとも言える。

 一愛はサイコパスではないが、やらなければ死ぬ状況で動けないほどチキンでもない。


 ……よし、動け。今動け、そら今だ!


 一愛は自分を奮い立たせると、手に掴んでいた小石を二匹のゴブリンより奥に投げて落とした。ゴブリン二匹はそれに気を取られたように、小首を傾げ「ゴギャ?」と鳴き声を上げて様子を見に行く。そう、二匹とも一愛に背を向ける形で。


 一愛は既に2時間ほどダンジョン1階層を彷徨っている。その間5回ゴブリンの集団と接敵し、3回全力逃走により脱出、2回息を殺してやり過ごすことに成功していた。

 この5回の接敵でゴブリンを観察し、分かったことがある。奴らは頭が、耳が、目が、鼻が悪い。知能と、ついでに5感の全てが悪かった。

 だから簡単に引っかかり、背後まで迫った一愛に気付かない。


「――ァア!」

「ゴッ⁉」


 その辺で拾った大きな岩を両手で持ち、一愛は一匹目のゴブリンの頭に振り下ろした。

 確実なクリーンヒット。手には嫌な感触が残り紫色の脳漿を浴びる。冷静ではいられない。吐きそうだ。

 一愛は意志の力、などではなく単に死にたくないがゆえにそれを抑える。ぼけっと間抜け顔でこちらを振り返った判断の遅いゴブリン相手に、一愛は両手に持った返り血べっとりの岩を投げつけた。


「グガガッ⁉」


 スローボール顔負けの速度だったろうに、ゴブリンは避けられず腹に直撃した。

 だがゴブリンを殺した衝撃は予想以上に一愛の精神を削った。ありていに言って酷く動揺したのだ。一度立て直そうとゴブリンが仰向けに倒れた隙に一愛はその場から逃走しようする。

 その途端最初に殺したゴブリンが地面に溶け、小指ほどの魔石とドロップアイテムを残した。

 ゴブリンのドロップアイテム。それは2パターン存在する。

 『ゴブリンの粗末な腰布』か『ゴブリンのこん棒』である。


「――」


 一愛はドロップアイテムとして残された『ゴブリンのこん棒』を視界に入れると、迷わずそれを両手に握った。

 倒れたゴブリンが怒りに震えながら立ち上がろうとする。一愛はその間を待つようなことはしなかった。


「死ね!」

「ギャ⁉」


 立ち上がりかけていたゴブリンの頭をこん棒で力強く殴った。

 一度。二度三度。

 殴りつける度に「ギャ」と鳴く姿に、一愛は心を削られる。

 計8回の殴りつけでようやく沈黙したゴブリンを見て、その場に崩れるように座り込む。


「――――っは。はーっ、はーっ、はーっ」


 最初の攻撃からずっと息を忘れていたかのように、一愛は貪欲に呼吸を繰り返した。

 モンスターがドロップアイテムを落とす確率はモンスターにより大分異なる。だが一律でその確率は低いものとされていた。ゴミみたいなアイテムを落とすゴブリンですらその確率は5%。

 20匹殺して非常に汚い布か、金属バットにも劣るこん棒が手に入るだけである。

 だが今回はそれに命を救われる形になるかもしれない。こん棒とはいえ、武器を手に入れることができたのだから。


「……ぅぐ」

 

 一愛は口元と胸を押さえ、吐き気を堪えるように体を丸めた。

 想定していた中でも最良の流れができた。ずっとこちらの思いのまま動いてくれた。何一つ不満はない。自分で点数をつければパーフェクトだった。

 だが、しんどすぎる。

 戦闘がここまでしんどいものだとは、まぁ予想はしていても、想像するのと実感してみるではやはり違いが大きい。考えてみれば当然だ。人を一人殺すエネルギーは相当なものである。相手がゴブリンだとてそこに大きな差異はないだろう。

 

「……はぁ、はぁ、――うぉぇえっ」


 殺した。殺害した。

 そう強く自覚した途端、込み上げてくる不快感に耐えきれずその場で吐いた。

 ゴブリンの黄色く濁った瞳に睨まれる。そのゴブリンを脳がぶちまけるまで殴り続ける。死ぬほど、殺人鬼の如く。

 手にははっきりと感触が残っている。饐えた、恐らくゴブリンの血の臭いが鼻にこびりついている。生々しい。頭がぐらんぐらんと回転している。一愛はもう一度吐いた。

 胃液しか出なくなるまで吐くこと数分。

 一愛は袖口で口元を拭うと、深呼吸して立ち上がる。


「とりあえず、水……」


 心の整理が多少なりともついた直後、一愛は急速な喉の乾きを覚えて水場を探す。

 幸いすぐに見つかった。天井からぽたぽたと水が垂れている天然の水場だ。

 一愛は額に滲んだ汗を腕で拭い、水を飲もうと顔を水溜まりに近付けた瞬間、


「――ぐっっ⁉」


 水溜まりから勢いよく何かが飛び出し、一愛の顔を全て覆った。

 突然の出来事に一愛は反射的に息を吸いこもうとした。いつもは意識せずに無意識でやっている呼吸。それが急にできなくなって半ばパニックに陥るが、今回は頭に叩きこんだ事前情報が役に立った。

 ――スライム。一階層最弱にしてゴブリンの次に人を殺している暗殺者である。

 スライムに顔を塞がれた時の対処は無数にあるが、一愛はとりわけ最も手軽にできる方法を即断で選んだ。

 即ち、大きく振りかぶって、地面に向かって頭突きを食らわす!


「ぐぁ!」


 結果は成功。地面との強い接触を避けたスライムが寸前でするりと逃げるように顔から離れた。

 そのせいで一愛は地面相手に自傷行為を働いた形になったが、それでも窒息死するよりはマシだ。一切の加減無しだったせいでクラクラする頭を抑えながら、一愛は地面をゆっくり移動するスライムを睨んだ。

 水場にいないスライムなど雑魚同然である。一愛はスライムの魔石めがけてこん棒を振り下ろし、叩き割った。 

 

 魔石を叩き割った瞬間スライムはぶる、と震えてからドロリと地面に溶けていく。地面にはゴブリンと同じく小指ほどの魔石だけが残された。

 一愛はそれを見届け耐えきれないとばかりに大の字で地面に転がる。

 荒い息を吐きながら這って水場まで向かうとそのまま頭ごと突っ込んだ。またスライムがいたらなど考えなかった。何も考えないまま飲み干すように水を飲んだ。


「……ん、ぐ、っは」


 仰向けに倒れ、深く息を吸う。

 

 ……これがダンジョン。俺が求めた、ダンジョンか。


 ゴブリンとの攻防の後に水を飲むだけのはずがスライムに襲われる。その前にもゴブリンとの多対一を避ける為に何度も集団を回避したし、その度に少なくない体力を削られた。

 それ以外にも細かい点で多々ある。地面は硬い上に道なき道を走らされるし、全体的に薄ぼんやりしていて曲がり角の度に神経を使う。耳鳴りがするほど静かなせいで僅かな音が響いただけで必要以上に警戒する。ここは残酷なまでに現実なのだ。


 だが、正直悪くなかった。

 ゴブリンを殺して吐いた直後であろうと、後悔は頭に浮かばなかった。

 

 良いか悪いかでいえば、良い。そうはっきり言えるくらいには、悪くない。

 生きている。自由に生きている。そう強く実感する。


 ……行こう。長々と休んでる暇はない。


 一愛は帰り道のことを考えて、目印として岩を積み上げてからその場を後にした。

 魔石は拾わない。今はどう考えても邪魔になる。


 

 レベル2になるにはモンスターを倒すしかない。

 1階層でいえばゴブリン換算で30匹。スライム換算で60匹の討伐が必要である。

 ただ注意が必要なのは、スライムばかり相手をしているとレベルが上がらない、とも言われている。スライムは水場で無ければただの雑魚であり、水場のスライム60匹ならともかく平地を彷徨っているだけのスライムでは『経験値』にならない、というのが通説だからだ。


『経験値』にならない。一体どういう換算方式をしているのか全く不明だが、国が調べた情報によるとそういうものらしい。ようは戦い方も大事だとダンジョンは言いたいわけである。

 パーティーでレベルの上がり幅に変動があるのもその為だそうだ。与えたダメージだけが対象なのか、はたまた貢献度によって『経験値』が分配されているのかしらないが。


 とりわけ寄生のような行為にはダンジョンも非常にシビアに対応するらしい。パーティーを組んで仲間に寄生し、止めの一撃だけ入れるようなやり方では相当な数を殺さないとレベルが上がらない。レベルも上がるには上がるが、スキルも魔法も何も芽生えないそうだ。そしてその先に待つ【ジョブ】ですら永遠に〝無”であるとも。


 ステータスを得たいだけなら無い選択肢ではない。レベル10にもなればダンジョンが産まれる前の世界で最強にだってなれる強さだ。それはとても優越感を覚えるものだろう。

 だが一愛は御免だった。実際にダンジョンに入り、モンスターと戦い、その過酷さを知った今でもはっきり言える。そんなのは死んでも御免であると。


 そして自分はどうなのだろうと一愛は考える。

 不可抗力ではあるが、ソロで、何も持たずにダンジョンを探索している。モンスターを倒している。『経験値』という概念がダンジョンにあるならもうレベル2に上がっていてもいいのではないかと。

 

 一愛は三匹でつるむゴブリンの集団に狙いを定めながら、つらつらとそのようなことを考えていた。


「…………」


 息を殺し、ゴブリン共の警戒が完全に解けるのを待つ。既に10分以上はこうしている。

 最初は5匹の集団だった。だが3匹に減らした。奇襲だ。

 途中でゴブリンから奪った出刃包丁で頭をかち割、まだぼけっとしているもう一匹に切っ先を向ける。包丁は上手い具合にゴブリンの目を抉り、その先の脳髄にまで運よく達した。その時点で残り3匹。だが残りの3匹とは距離が離れすぎていた。

 戦闘態勢に入ったゴブリン3匹と事を構えるほど一愛は無謀ではない。速攻で逃げの姿勢を整えて有無を言わさず逃げ出した。走っている途中顔のすぐ横を通った大きな石には心底肝を冷やしたものである。あの時ほど投擲という武器を怖いと思ったことはない。

 

 ともあれ、一度逃げ出して、いや一度態勢を整えてからこうしてまた来てみれば、3匹のゴブリンは他のゴブリンと合流せず3匹のままでいることに気付いたのだ。

 これが2匹だったら違っていた。2匹の場合少し休憩らしきものをした後、すぐに行動を開始して他のゴブリンと合流している。これはどのパターンでも同じだった。きっと最初に殺した2匹のチームも何かしらの理由で仲間を失い休憩していたのだろう。


 ゴブリンは頭が悪い。知能が犬や烏より圧倒的に低い。少なくとも一階層では。

 こうして仲間が2匹殺され、集団が5から3に減ったにも関わらず「ゴギャ」だの「グガ」だの「ゴギャギャ」と笑っている時点で頭が悪いと断じられる。今は少しばかり警戒を割いているようだが、それが完全に解けるのも時間の問題だろう。あとはじっくり待てばいい。


 だがここで最初の考えに一愛は戻る。果たしてそれで良いのだろうかと。


 ……もう25匹は殺した。スライムは水場のやつを10匹も殺した。これでもまだレベルが上がらない。この方法じゃダメなんじゃないか?


 ダンジョンに入ってから何時間経ったか分からない。恐らく二日は経っていないと思われる。

 寝不足でクラクラする頭ではその内本当に事故死する。おまけに空腹も手伝って手足の痙攣も始まっている。

 はっきり言って体力の限界だった。ここらでレベル2になっておかないと本当に詰んでしまう。それがなんとなく分かるのだ。

 

 一愛は舌打ちしたい衝動に駆られるも、なんとかそれを抑えてゴブリンを睨む。

 いや、分かっている。薄々気付いていた。この方法では後一歩が足りないと。 

 不意打ち、奇襲での殺害に慣れすぎた。今ではゴブリンを殺すことに少しの感慨も覚えない。苦戦も最初だけで流れ作業のように殺せている。良いことだと、才能があるのかもと目を逸らしてきたが、これでは『経験値』的に美味しくないのだろう。そろそろ現実と向き合う時がきたらしい。

 ダンジョンがこう言っている気がするのだ。多対一で勝って見せろ、と。


「…………」

 

 ありもしないダンジョンの声を聞いた気がして、一愛はやけくそ気味に笑みを作った。

 自分は本当に疲れている。幻聴も聞こえてないのに聞いた気がするのだ。頭がおかしくなったとしか思えない。寝たら治るだろうかと真剣に考えてしまう。

 これでダメなら寝てしまおう。寝込みを襲われて死んだらそれまでだ。


「……俺はここだぞ。ゴブリン」


 右手にこん棒。左手に出刃包丁。どちらもゴブリン由来の得物で、一愛は三匹の前に堂々と姿を現した。

 談笑していたゴブリンは一愛に顔を向けると、暫く時が止まったように放心していた。やがてゴブリンは互いに顔を見合わせ「グギャギャギャギャ」と大声で笑い出す。

 言葉は通じずとも何が言いたいかくらいは分かる。馬鹿にしているのだ。

 人間が、一人で、餌としてやってきたぞ、と。


「ゴギャ。ギャギャ」

 

 一愛から見て一番手前に座っていたゴブリンが、他のゴブリンを制するように立ち上がる。

 見ればそのゴブリンだけ得物が違った。他二匹はただのこん棒だというのにそのゴブリンの得物は日本刀である。しかも反りが綺麗で波紋まで浮かんでいる。明らかに人工物だ。

 このダンジョンで死んだ他の探索者の遺品だろうか。これまでそれらしきものを見たことがなかったからその可能性をすっかり忘れていた。いやもしかすると一愛が持つ出刃包丁もそうなのかもしれない。ゴブリンのデフォルトはこん棒で、それ以外が遺品。それならしっくりくるし、ゴブリンから強奪できた理由にも納得がいく。というかそれ以外ありえない。そんなことも考えつかないほど一愛はかなり疲れている。

 

「ゴガ、ギャギャギャ」

「ゴギャ」


 異色を放つゴブリン、恐らくリーダーであろうゴブリンリーダーは他の二体に下がっているよう命じていた。

 またまた言いたいことが分かる。『ここは俺一人で十分だ』か。

 いや、案外俺を置いて逃げろかもしれない。それはないか、目が笑っている。

 一愛はどうでもいいとばかりに苦笑すると、ゴブリンリーダー目掛けて全力でダッシュした。


「ギャ⁉」


 ゴブリンリーダーが驚いた声を上げると同時、一愛は振りかぶったこん棒を力の限り叩きつける。それだけで決まったと思っていたが、ゴブリンリーダーは日本刀を上手く使ってこん棒を受け止めていた。


「悪いな。お前結構練習しただろその使い方。俺より上手いよ、ほんとに」


 流石はゴブリンリーダー、得物の使い方が他とは少しだけ違う。日本刀を触ったこともない一愛よりかは確実に扱い方が上手いだろう。でも所詮はゴブリンだ。

 一愛は身長差を利用し上からゴブリンリーダーを抑え込む。マウントの態勢になればこっちのもので、一愛は刃を向けている日本刀を素手で掴むとそれを力づくで反転させた。即ち、ゴブリンリーダーの首を切断する形に。


「ギャ、ゴガガガ!」


 ゴブリンリーダーが焦ったように残りの2匹に指示を出す。2匹が急いで一愛に向かってこん棒を振りかぶる。でももう遅い。既にゴブリンリーダーの首は半ばまで切れている。

 ゴブリン2匹のこん棒が一愛に当たった衝撃で、ゴブリンリーダーの首は完全に千切れた。


「――いっ痛っ」


 一愛もただでは済まなかった。損傷覚悟でゴブリンリーダーの首を優先したとはいえ痛いものは痛い。特に顔面に変に入ったこん棒は痛すぎた。

 唾を吐いたら歯が取れていた。奥歯だ。虫歯でもないのに。


「ギャ、ギャ、グギャ!」

「そっちだって俺を殺そうとしてきたんだからお相子だろ」


 やけくそ気味に攻撃を繰り返してくるゴブリンをいなす。幻覚だろうがゴブリンの目元が少し泣いているように見える。だからか少し言い訳めいた言葉を使ってしまう。というより実際に受けるゴブリンのこん棒は意外と重い。痛いし、涙目になっているのはきっと一愛の方だった。

 それでも攻撃をいなし続けてもう一匹の出方を伺う。動いた。ゴブリンリーダーの日本刀を奪い取ろうとしている。

 一愛はそれを待っていたかのように出刃包丁を力の限り投げる。上手く刺さるとは思わないし、絶対に刺さらない。それでも良かった、少しでも気を逸らせれば。


「ゴギャ⁉」


 狙い通り出刃包丁の柄が顔面に当たったゴブリンは、驚きと痛みで素っ頓狂な鳴き声を上げる。一愛はその隙を突いて全力でダッシュすると、勢いそのままにゴブリンの頭をこん棒でフルスイングした。

 

 ゴキッ、と嫌な音と感触が一愛に返る。運がいい。首の骨が折れて即死だ。


「後はお前だ」


 一愛は肩で息を吐きながら、最後の一匹に向けてこん棒を振り上げた。

 ゴブリンは恨みがましい目でこちらを見ている。最後の最後まで一愛を睨んでいた。

 

 ゴブリンを殺した直後、一愛の頭に声が響く。


『レベルアップをお知らせします』

 

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