3.3


 向かいから差し込む日の光は鋭く、風は柔らかかった。

 炉火の足がピタリと止まる。振り返って、肩越しに俺を見る。


「拓海、なんか言えよ、」

「なんか、って、」

「おめでとうとか、好きにしろとか、なんか。」

「……じゃあ、『おめでとう』。」

 そう口にした瞬間、胸の奥で引っかかるものを感じた。それは彼の名を初めて口にしたときのような、小さな違和感だった。なぜそんなことを感じるのか、そのときはまだ理由がわからなかった。

 ただ、炉火はこのときすでに、俺の気持ちを知っていたのだと、あとから思う。


「そりゃどうも、」


 彼は目を細めて笑った。見たことがないほど、悲しそうに。


 痛い。

 炉火のその表情が、体が、全てが、自分の心の奥底の、光が届かない部分に突き刺さるようだった。闇に沈んだその場所を、無理やり揺り動かすような、炎となって。


 その痛みが、俺に、炉火の腕を握らせた。


 行くな。瑞希のところに、行くな。

 そう喉まで出かかった瞬間、彼は、俺の手を振りほどいた。

 その時の彼の、真摯で、何か別れを惜しむようなその表情に、

――やめるはひるのつき――

 あの一文が重なった。


 俺はその晩、原稿用紙に『〈ひるのつき〉は、他のものに隠された、秘められた思いの比喩である』という趣旨の文を、地学の蘊蓄うんちくと共に書いて提出した。あまりにも俺らしくない文章だった。だが、それ以外に言葉が思いつかなかった。

 丸田先生はそれに文法上の添削をして返してきた。欄外にはコメントがついていた。

『春岡くんらしい独自の観点ですね。良いと思います』

 その年の期末評価は、十段階中八だった。


 その日から、炉火の作品を燃やすことは少しずつなくなっていった。

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