3. 金色
3.1
三月にしては珍しく、暑いくらいの日だった。俺は学生服の上着を脱いでいた。
その日は全校休部日で、五限の授業が終わったとたん、クラスはこの後に行くカラオケやファミレスの話でもちきりになった。
駐輪場でいつものように携帯を確認すると、『放課後、東の校門で』と言うメッセージが炉火から送られてきていた。言われた通りに向かった東門で、自転車を止めて待っている炉火がいた。
「〈やめるはひるのつき〉の意味を書けってやつ、拓海のクラスでも出たか?」
俺を見るなり、彼はやや唐突に問いかけてきた。
「……出た。まだやってない」
鞄に突っ込んだままの原稿用紙を思い出す。
「なら丁度いい。これから
俺は山に呼ばれなかったことを内心意外に思っていた。
暮明公園は、高校のすぐ東側にある広大な公園だ。公民館と温室、それに丘や森が一つになっていて、暮明市民の憩いの場となっている。
「あそこ、花畑を呼び物にしてるの知ってるか。季節ごとに花を変えてるんだ。今はちょうど、菜の花の時期だ」
「……へぇ、」
「あの詩の〈いちめんのなのはな〉が疑似体験できる。俺はそれを見てから宿題をやりたい」
炉火はそういうところに芸術家の血族の片鱗を見せることがあった。俺には理解できない。
「……宿題のために菜の花畑?」
そんな浸ってる姿、想像するだけでも笑える。だが炉火の方は真剣そのものだった。
「真剣なことの何がおかしいんだ。何もしない奴に笑われる筋合いはない。やらないやつのほうが馬鹿だ。いいから行くぞ、」
半ば強引に俺から承諾の言葉を引き出すと、炉火はすぐに自転車を出した。慌てて炉火の後ろをついていく。
少し霞んだ空の下に、山々が遠く淡く見えた。自転車で風を切っていくと、青い葉の匂いが濃くなっていく。
公園の入り口を通り過ぎ、常緑樹林の広がる敷地内を自転車で駆け抜ける。平日の夕刻とあって、公園には犬の散歩にきた老人がちらほらといるだけだった。親子たちはもう帰る時間だ。入り口へ戻っていく彼らとは逆方向へ、自転車を進めた。
奥の方に大きな坂道が見えてくる。坂の手前で自転車を降り、今度はそれを手で押しながら登った。未舗装の荒れた路面で、途中何度も小石にタイヤを取られた。
「……こんなところに花畑があるのか?」
「ある」
俺の不信を彼はピシャリと打ち落とした。
「登りきった向こう側の斜面がそうだ。坂の上から、菜の花畑が見下ろせるはずだ。」
きつい傾斜に、だんだんと息が上がっていく。幸い、西日は丘の向こうにあるらしく、こっち側は藍色の影が広がっていて涼しい。白いシャツから出た首筋は、日陰の冷たい空気に冷やされる。その感覚が清涼で心地よかった。
「あれだ。」
数歩先を歩いていた炉火が静かに声を上げた。ほどなくして俺も到着する。
その瞬間、向かいから射す西日の眩しさに思わず目を瞑った。
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