1. 火

1.1


 俺が四谷よつや炉火ろかの絵に初めて火をつけたのは、今日みたいな冬の終わりの日だった。


 十四歳の冬に他の思い出はない。

 あの日俺は学校の裏山に炉火を見出した。

 古い給水塔の足元だった。山を覆う夕闇が、木々にも足元にも深い藍色の影を落としていた。


 俺がそこに到着したとき、炉火は学生服を着たまま頭上に何かを掲げ、それを真下に振り下ろしたところだった。ガシャン、という、ガラスの割れるような音が、あたりに響き渡った。

 空気は冴え冴えとして、切るように冷たかった。炉火はすぐに俺に気づき、ゆっくりと顔を上げた。彼の顔は怒りに満ちていた。その薄い唇で、恨めしそうに呟く。


「……なんだ、」


 彼が壊していたのは、美術の授業で作成した焼成粘土の作品だった。その年は、〈自分の手〉をテーマに学年中の生徒が一人一つずつ作品を作っていた。


「別に人の作品じゃない。自分のを壊しているだけだ、文句あるか」


 そいつが同級生の四谷炉火であることはすぐにわかった。

 彼はこの中学ではちょっとした有名人だった。

 父親の四谷大知が、この学校出身の著名な画家なのだ。校長室と体育館、それに一階の廊下の一番目立つ場所に、その絵画は飾られていた。母の響子は京都出身のこれまた有名な陶芸家であり、年の離れた兄は美術で海外留学中らしい。

 美術室の壁には今も、兄が在学中に残した自画像がかかっていて、授業でその教室を使うたびに目についた。俺はその絵よりも、絵の下にかかった古い名札――〈四谷いなさ〉と書かれたその名前をよく記憶していた。その弟が炉火だと聞いたときは、変な名前の兄弟がいるものだと思っていた。


 その炉火が、他でもない自分の作品を壊している。

 俺はそこに、まるで自傷行為のような後ろめたさを感じた。


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