第14話 世界を変える為に

 いつしか私とアルトリアスさんの野望は、はっきりとした大きな目的へと変わっていった。私は百合専門の出版社を立ち上げること。アルトリアスさんは日本で同性婚を実現することだった。

 これは自分のためだけではない。

 どちらも居場所がない人々の安息の場を、心の拠り所を作りだすためにやり遂げなければならないことだ。

 まずは、私の通ってきた道のりを簡単に説明しよう。

 私はまず、出版社をネット上に設立した。

 すると私が関わり、そして挫折し負けて悔しい思いをした「あの」因縁のアニメ制作に関わったスタッフたちや、同人時代の仲間たちも集まってきてくれた。

 最も驚きだったのは、あのアニメの原作者が再起を変えてやってきてくれたことだった。次はあの大手にリベンジしましょうと背中を押してくれた。

 私の夢の趣旨である「百合だけで生計が立てられる出版社を作りたい」という趣旨に賛同してくれた人々が参加してくれた。

 まずはオフィスを手に入れるための実績を作らなければならなかった。

 第一作目の出版物はやはり女性同士の愛についてのアンソロジーをやろうと決めていた。仲間たちにも気に入ってくれた。

「初めてのこのレーベルから出すのは、信じられないほど重いアンソロジーでいきましょう。今度は六法全書くらいを目指しましょうか!」

 このアンソロジーの参加者は私が声をかけた。

 私のことはSNSの他人には完全に忘れられていたが、それが逆にちょうど良く動きやすかった。相手からも警戒されにくいというメリットもあった。

 挨拶をした殆どの人々は私が生きていたことに驚いていたが、そのおかげでインパクトのある第一印象が与えられた。

 とにかく一人一人、丁寧に説得して周り、地道に人を集めた。参加者を募るのは困難を極めた。テーマは女性同性愛だ。はっきりと明言される。

 参加すれば、政治的だと揶揄されるだろう。作家側も、私たち以上の覚悟と忍耐を持ってもらわなければならないだろう。

 それでも、多くの参加者が集まった。

 本ができるまで、とにかく忙しく色々とあったが、やっとの思いで、出版にまでなんとかたどり着いた。SNS上の宣伝も功を奏し、滑り出しは好評だった。

 嬉しいことに、鈍器として使えるGL百合アンソロジーとして百合系情報サイトに掲載されたらしく、かなりのペースで初版が読者の手に渡った。

 直ぐに第二版を出すべき時だと思い、編集長のツテで印刷業者の手立てが立ち、部数を増やすことが決まり、第一弾は大成功となった。

 第二弾、第三弾と続けていくことに意味がある。

 この成功が呼び水となりさらに多様なつながりができた。

 自分の夢を信じてくれる人がいる。

 共に同じ目標を見据えている仲間がいる。ならば、どんな困難なことだろうと成し遂げられると言う強い革新があった。

 何故なら、たとえ一人では困難なことでも、誰かと力を合わせれば成し遂げることができると、スノーガルドで学んだからだ。

 

 私の心にはいつもあの土地があった。


 第一弾の成功を祝して、二人だけのささやかなパーティをした。

 最も愛する人がそばにいてくれるだけで、ここまでの深い安らぎを感じる事ができるなんて、少し前の自分に言っても信じてもらえないだろう。

「よく頑張ったね。真美は勇敢だ。やはり君は無限の可能性を秘めているね。何度も惚れて直しているよ。ありがとう」

 自己肯定をしている暇が無いほどに、毎日愛をもらえる。

「感謝するのは私の方ですよ。こうして何にでも挑戦できるのは、アルトリアスさんが居てくれるおかげなんですから」

 私は彼女がいれば戦えるんだ。

 帰る場所がある、それだけでどんなに心強いか。

 私は何度でも言いたい。

 必ず誰かが見てくれている。貴女は、一人じゃない。

 次は、アルトリアスさんについて話そう。

 銀行を歩き回り、交渉し、すぐに選挙費用の融資を受けることになった。選挙資金を集めて信用を少しづつ得ていった。一步、立候補に近づいた。

「これでも王だからね。話し合いは得意なんだ。この話術は母さ……先王に叩き込まれたものなんだ。人を動かすのは言葉だとも

 社会への参画として同性婚を可能にするために活動しているNGO団体が仲間に加わり、そこで、この国と世界とでは大きな隔たりがあると知る。

 関わっているうちに更に多くの仲間ができたという。

 夢を正直に語ると、誰もが真剣に耳を傾けてくれた。

 芸術にしろ言葉にしろ、相手に伝わるのは自らが持っている情熱だけなんだと聞いたことがある。それはやはり本当なのだと思った。

 同性婚を実現するために総理大臣を目指すならば、まず国会議員になることが最優先事項だ。団体のメンバーだけではなく、多くの人々に思いを届けねばならない。

 地道な活動を続けた結果、支持者が増え始めた。

 タイミングの良いことに、ちょうど起きた不信任決議の通貨により、解散総選挙が決まった。これは最大の好機であると考え立候補をした。

 アルトリアスさんの主題は女性の地位向上と同性婚の実現、女性の貧困対策の強化であった。街頭演説の回数を増やし、街中も歩いた。

 演説がうますぎる候補者として話題になり、注目が集まり、なんとネットの討論番組にゲストとして呼ばれることになった。

 一貫した主張と、冷静な受け答えで他の候補と議論を行ったのだが、その様子が好感を持たれたようで、再び指示を集めた。

 アルトリアスさんは、決して相手を遮ることもなく、主張を曲解して捉えて自分本位に語らず、テクニックをひけらかして「論破」してみせる事もない。

 国という枠組みを大きく改善していくのに本当に必要なのは、協調し共に動くことであり、安易な批判をすることではないと、彼女は教えてくれる。

 地道に遊説と演説、人々とのふれあい、メディアへの露出など、あらゆる場所で誠心誠意活動し、多くの応援の声をもらえた。

 そしてやってきた投票日は快晴。

 開票が行われ、出口調査で大勢がすぐに判明した。

 当選確実と思われていた現職議員を抑え、無所属でありながら、私の住む地域で当選したのだった。関係者全員で喜びあった。

 その後、二人だけで祝杯をあげた。

 スノーガルドのワインまで開けてひっそりと。

 アルトリアスさんの横顔を眺めながら呑むお酒はすこぶる美味だ。

 出会った時と変わらずに、今となってはそれ以上に好きになっている。これ以上好きなったらどうなってしまうんだろう。

「酔っているな、真美。だがそんなに見つめられると、君が欲しくなってしまうな」

 私から唇を奪った。同じ気持ちだったからだ。

 半年以上こうして二人だけの親密な時間を取ることはできなかった。彼女を求めていたのは私も同じだった。

「いいですよ、しましょうか」

 肩紐を下ろして年甲斐もなく誘うような真似をする。

 彼女から求められたい。前の私ではこんなはしたないことはしなかった。だが、スノーガルドで結婚をして、アルトリアスさんに愛されるようになって初めて、自分から求めようと思えたのだ。

「すまない、今夜は加減ができない。いいね?」

 答える代わりに、ありったけの愛を込めたキスをする。


「どうぞ、私だけの王様……」


 翌朝、自分の吐いた浮ついた甘ったるい台詞を思い出して悶絶した。

 30まで一度も彼女ができたこともなかったので、行為のたびに浮かれすぎているという自覚はある。だが仕方ない。

 だが私の妻のアルトリアスさんは、何度見ても飽きることなどあるはずも、なく愛おしくてたまらなくなってしまう。これは仕方ないことだ。

 パートナーと人生を歩むことになるとは想像したこともなかった。

 一生涯、私は誰からも理解されずに一人きりで生きて、ただ死んでいくと思っていたがそれは違った。

 同じ領域で活動している多くの仲間がいて、私の想像した物語を見てくれる「読者」がいて、澪ちゃんのように私の作品を待っていてくれる人々がいる。気がつくと私は一人ではなかったのだ。

 目覚めたアルトリアスさんの愛の言葉は、私を蘇らせてくれる。少しばかりの休息をとって、もう一度、私たちは「日常」という戦場へと戻っていった。

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