第12話 晴天決行

 目を覚まし、いつものように目覚めのキス。

そして全員で朝食をいただく。スノーガルド産のライ麦パンは風味がよくほんのりと甘みがある。私はすっかりスノーガルドの民になっていた。

「この麦は魔術光農法ので育ったものらしい。土から育てたものと変わらない味にそだってくれたな。美味い……」

  スープの中身はニンジン、玉ねぎ、じゃがいも。味付けは塩の味のみ。

「そうですね、何度食べても飽きることはありません。幸せです……」

 シンプルだが優しい塩味だが旨みと相まって非常に美味しい。こちらも魔術光で生育させたものだ。病気に強いが、人体への悪影響もなく、安定供給と長期保存できるので、凶作となっても衛協を与えないために宮廷大規模倉庫に備蓄している。

 水もおいしいので、目覚めの一杯としてこれ以上ない名水である。清流も保全し上下水道と分離し、下水も浄化施設できれいな状態で自然に戻している。

 農業も処理施設もメリアちゃん、いや、メリア上級技術主任が体系化したシステムであり、王立魔術研究所の偉大な功績だと思う。

 アルトリアスさんとスノーガルドでの最後の朝食を終えた。


 食事を終え、いよいよ出発式を行なった。とは言っても地下教会に集まって私たちを送り出してくれるというだけであった。


 地下へ行く場合、一度野外に出ることになる。

 ゆっくりとウォーロックさんが入口の門を開けると、まわりの柵の外には多くの国民が立っていた。皆一様に不安げにこちらを見つめていた。

 正面の城門を開け放ち、アルトリアスさんが民の前に歩み出る。

「皆、すでに噂によって聞き及んでいると思うが、それは間違いない事実だ。私と王妃は長きにわたる旅に出ることになった」

 やはり少しの混乱とざわつきが起きた。それも仕方がない。国民の皆さんのことを心配させていることが辛くなる。

 私が口を開いて説明すべきなのに何も話し出すことができない。

 そんな私にさえ、アルトリアスさんは手を差し伸べてくれる。

「しかし、我らは幾度の試練を耐え、共に苦しみ、戦い立ち上がり、築き上げてきた信頼は、その程度の困難など跳ね除けるだろう」

「だが、皆の心配は分かる。私がしばしの季節が移ろうほどの不在の間にこの国の玉座を代わりに任せる者を、皆に一度知らせておきたいと思う。驚くだろうが、彼女が該当者だ。さぁスノール、前へ」

 しばらく見ない間に、中学生ほどに成長していた。

「初めてお目にかかる。我は、スノールという。我は一度死んだ。だが、女神エルダーの神秘と王、並びに王妃の寵愛を授かり、もう一度生きることを許される。この恩は一生をかかってでも返したいと思っていたが、その好機がやってきた」

 皆がスノールさんの話を聞いていた。

「しかし一度は弓を引いた身だ。もしも我に野心や悪心が生まれ不穏の影が見えたならば、側近、いや、要の将軍ンドゥールに我を斬って捨てよと申してある」

 紐に吊り下げられた小さな人形がだらりと垂れ下がる。

「この人形を斬ってしまえば、それまでだ。今すぐに信用はできぬだろう。我の行動をもって、皆の信を得られるよう職務を全うしていく決意である。以上だ」

 さらに、王門の解放と、全国民の訪問を受け入れること、月に一度の報告において王の代理を続けても良いかの裁定が下される事となる。

 スノールちゃんの演説が響いたのか、大きな拍手が沸き起こった。

 アルトリアスさんがよく言っているのだが、真摯な言葉は相手に必ず届くということを改めて理解し、胸の中に刻みつけた。

 最後に、王がまた一歩前へと出た。

「皆の者、ここで別れは告げない。せめてまた会おうと言わせてほしい。希望を捨てなければまた会える。では、しばしの別れ。再びこの地で目見えようぞ!」

 割れんばかりの拍手と応援の声が上がった。

 こんな喜びはなかった。

「皆さん、ありがとうございます!行ってきます!」

 最後に自分の言葉で意思を伝えられた。言葉が届いたのか、本当に嬉しいことに、もう一度拍手が起こった。


 地下へと向かい、異世界移動用ポータル作成装置を起動する。

 移動時、ルーンを使って、アルトリアスさんは「日本国籍を持っていて、私とパートナシップを結んで、小鳥遊 アルトリアスとなっている」という情報を追加する。

 違和感なく情報を変更するのもポータルが請け負ってくれる。

 アルトリアスさんの成し遂げたいこととは、日本の女性の本当の意味においての地位向上と、あらゆる女性が当たり前の幸福が得られる国にすること、そして日本ではすることのできない同性婚の成立であった。

 私、小鳥遊 真美は、女性同性愛が描かれる専門性の高いレーベルの設立、ひいては編集社を立ち上げて、もっと私の愛したカルチャーである百合というものを多くの人々に届けることが目的だ。

 私にできるだろうか。今までやってきたことよりはるかに難しいことを成し遂げなければならなくなる。また失敗してしまうかもしれない。

 不安になった時にはアルトリアスさんがいる。

 世界を超えてまで付いてきてくれた、私の最愛の人がすぐ隣に居てくれているこの状況で弱音は吐いてられない。

「大丈夫だ。共に彼岸を成し遂げよう」

「はい。負けません。スノーガルドの女ですから」


 覚悟を決めて、ポータルへ向かった。


 装置が起動し、魔力電流を収束させる。

 中央に亀裂が入り大きくなり、ゲートが開いた。

 ここに一歩足を踏み入れてしまうと、日本にある、私の住んでいるマンションの部屋に出る。幸いにもまだ誰も住んでいないようだ。

「私たち、行ってきます。こんな私の我儘に付き合ってくれて、どんなに感謝してもしきれません……本当に、ありがとうございます……っ」

 顔を上げられなかった。

 半ばやけになって実家を飛び出した時も、こんなに泣かなかったと思う。いや、確実にそうだ。でも、行かなきゃ。

「存分に力を発揮してくるといい。我が弟子よ」

「行ってらっしゃいませ、真美様。そして我が王」

「お留守の間のことはこのウォーロックにお任せあれぃ!」

「頑張るのじゃぞ。わしはいつでもお主を見守っておるからの」

 最後にスノールちゃんがやってきた。

 部屋の前で、もじもじとしているところをンドゥールさんに諭されて、渋々ではあるものの、私達の前にやってきたようだ。

「留守の間、玉座は私がまもる。ま、任せて、おけ……」

「よく言えましたな、我が王。偉いです」

「撫でるな!」

 

 振り返って、皆の顔を目に焼き付けた。そして、異世界「日本」へと出発した。


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