第16話聖女リタの扱い
——◆◇◆◇——
[リタ・クランツ]
「——リタ・クランツ。なぜ勝手に教会を抜け出した?」
「申し訳ありません。苦しんでいる民がいると聞きながら、それを無視することはできませんでした」
シュルミッドに戻ってリンドさんと別れた後私はことの顛末をあの街の司祭様に伝え、司祭様の体調が戻られるまでその業務を手伝っていた。
けれどそれも終わり、もう司祭様だけでどうにかできる状況まで戻れば私という聖女がそれ以上あの街に止まっている理由はなく、私は所属している支部が存在しているコールデルへと戻った。
けれど、教会に戻るなり私は上司であるマルコ司教に捕まり、こうしてお話しをすることになってしまった。
それ自体は仕方ないと思う。何せ、私は教会の命令に背いて他所の街へと赴いたのだから。いかに聖女であろうとも、いえ、聖女だからこそ教会の定めた規則を守らなければならない。破ったのであれば、相応の罰が下されるべきです。だからこの状況は仕方のないこと。
「体調は大丈夫なのか? 何か体が動かしづらいなどの違和感はないか?」
けれど、そんな私の思いに反して、マルコ司教は罰を告げることはなく、ただ私の体の心配をなされた。
私は聖女であり、その能力は貴重なのだからつまらないところで失うわけにはいかない。だから私の体調を確認するのはおかしなことではない、とは思う。けれど、それは処罰を告げた後でも良かったのではないでしょうか? 事実、普段のマルコ司教であれば、心配するにしても罰を下した後に声をかけたはず……。
なんて、そんなことを思ってしまった。いえ、きっとそれだけ心配をかけたということでしょう。ともかく、今はマルコ司教の問いに答えなければ。
けれど、正直に答えればきっと余計に心配をかけてしまうことになる。ここは、少しだけ隠すことにしましょう。
「はい。明日からでも聖女として活動せよと仰せでしたら、問題なく動くことができます」
「そうか。それは何よりだが……今の言葉は真実だと、神に誓えるか?」
マルコ司教は念を押すように問いかけてきた。
私の言ったことは嘘ではない。嘘ではないけれど……
「……申し訳ありません。実のところ、まだ少し動きづらさが残っております」
先ほどの言葉は真実だと胸を張って言えるかと、神に誓えるかと言われれば、それはできなかった。そのため、隠そうとしたことを申し訳ないと思いつつも、言葉を訂正することにした。
そんな私の言葉を聞き、マルコ司教はぴくりと眉をあげて私のことをじっと見つめた後、深くため息を吐き出して緩く首を振りました。
そんな様子を見ているだけで、私は自身の状態を隠そうとした罪悪感を感じましたが、今更になって何か弁明をしたところで意味はないので、その罪悪感を黙って受け止めるしかない。
「具体的にはどうなのだ? 無断で出ていく前よりも悪化している、といったことはあるか?」
聖人は術を使って瘴気を浄化しすぎると体調を崩してしまう。私も、少し前に術を使いすぎて待機命令が出ていた。それを無視して他所の街に移動し、そこでも術を使ったのだから悪化していることを考えるのは当然のこと。
けれど、体調が悪いと言っても、それは多少体を動かしにくいとか、少しだけ体の内側に違和感があるとか、その程度のもの。
今だって、多少の違和感はあれど苦しいと感じるほどではないし、気にしなければ気にならない程度のものでしかない。
「いえ、動きづらさはありますが、悪化しているわけではありません。苦しさも既に失せております。ただ少しだけ反応の鈍さがあるだけですので、数日もすれば元に戻るかと」
まだ少しだけ違和感が残っている。が、だからと言って何日、何週間と休むほどのことでもない。何だったら、明日から聖女としての活動を再開せよと言われても、問題なくこなすことができるでしょう。
もっとも、そう命じられることはあり得ないのでしょうけれど。
「……お前の勝手に対する沙汰は後ほど伝える。それまでは部屋で謹慎しておけ。もう体調が悪いのに勝手に抜け出すでないぞ」
「はい。申し訳ありませんでした」
私は、どのような罰が与えられるのでしょうか?
しかし、仮に罰が与えられたとしても、それがどのようなものだったとしても、私はきっと今回と同じことを繰り返すでしょう。誰かが助けて欲しいと願っているのなら、それを助けるために手を伸ばすのが聖女の役目で、私の人生なのだから。
——◆◇◆◇——
「——これより、リタ・クランツへ神器の授与を行う」
私が帰還し、部屋に篭り出してから数日後、どういうわけか私は処罰されるのではなく、褒美を与えられることとなった。
どうしてそうなったのかは理解できなかったけれど、私が助けた教会の司祭様からの報告と、リンドさんと協力して助けた村への調査で《闇》を処理したことが功績として認められたからだとマルコ司教から話を受けた。
それでも私は規則を破ったのだから罰を受けるべきだと思うけれど、それが教会の決定であるのならば素直に従います。
ただ、何もなしとは認められないので、今まで以上に人を助け、教会の役に立てるようになりましょう。
「病に侵されながらも人々を助けるために尽力した功績を讃え、そなたに宝器を授ける」
マルコ司教のお言葉と共に差し出された宝器——杖の神器のレプリカを恭しく受け取る。
けれど、宝器を受け取るために差し出した手が宝器に触れた瞬間、私はその動きを止めてしまった。
少し触れただけでもわかる。この杖にはとても強い力が込められているのだと。
あらかじめレプリカだとは聞いていたが、これだけの力が本物ではないだなんて……。
けれど、この力は本当に〝良いもの〟なの?
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
私自身、なぜこのような考えが浮かんだのかわからない。これまで教会で何人もの聖人達がこれと同型の宝器を使い、結果を残してきた。
そのことを考えれば、この杖が偽物であるはずがなく、私に力を与えてくれるものだということは間違いないはず。
……けれど、差し出された杖を改めて受け取ると、やはり嫌な感じが杖を触っている手のひらから流れ込んでくるような気がする。
何だか、瘴気に近いような……あるいは、浄化の術を使った後に訪れる体調不良の感覚を薄くしたような、そんな嫌悪感。
しかし、そんな嫌な感覚の中に、どことなく温かい、懐かしいような感覚もまた、一緒に流れ込んでくる。この感覚は……なに?
わからない。懐かしいということは以前にも感じたことがあるはずなのだけれど、まったく思い出せない。
そんな良いのか悪いのかわからないごちゃ混ぜになった感覚を胸に、何事もないように授与の儀式を進めていく。
「そなたには聖女として、より一層の活躍を願う」
「はい。この身は誰かのために存在しております。これからも多くの民を救うべく、全力を尽くして参ります」
そうして最後にマルコ司教からお言葉を賜り、それに応えて儀式は終了となった。
……この杖からの感覚がどのようなものかはわからない。けれど、これが力を与えてくれることは間違い無いのだから、今後はもっと人々を救えるように頑張っていきましょう。
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