何度生まれ変わっても、君の恋人で居たい

月姫乃 映月

プロローグ【不思議な少女とメモ帳】

 中学一年生の夏、私に今後の人生に大きな影響を与える二つの出来事が起きた。


 一つ目は私の身体が……心臓が抱える時限爆弾の存在に気づかされた事。


 家でピアノを弾いている時に突然襲ってきた胸の激痛に私は倒れこみ、それを見つけたお母さんが急いで救急車を呼び、病院に連れて行かれ様々な検査をした結果、私は心臓の病気を抱えていた。

 

 それを聞いた私はかつてない不安に襲われた。

 どれくらいの期間入院しなければいけないのか、その間の学校はどうするのか…………私の病気は治るのか。


 そんな不安に押しつぶされそうな私にお母さんは大丈夫だよと優しく何度も声をかけて背中を撫でてくれた。

 

 それでもお医者さんは私を更に絶望の底へと落とす言葉を口にした。


 そしてもう一つは――。





「帰ろうぜ翔太しょうた。ラーメンでも食べに行こ」


 帰りのホームルームが終わり、俺――三神翔太みかみ しょうたの唯一と言っても良い友達である工藤悠斗くどう ゆうとが声をかけてきた。


 悠斗とは小学生の頃からの仲であり、クラスの中心人物で人気者だ。

 友達が全くいない俺とは正反対の存在だな。

 

「ごめん。今日はちょっと用事があるからまた明日な」

「お前が用事なんて珍しいな。じゃあまた明日行こうな」


 そう言って教室を後にした翔太を見た後、俺は一枚のメモに目を移した。


 このメモは今日の朝、俺の机の中に入っていた物だ。


 メモには『今日の帰りに翔太くんに伝えたいことがあるので、一人で教室に残ってほしいです』とだけ書かれていた。

 差出人の名前は不明だが、文字や可愛らしいメモ用紙を見る限り女子だろう。


 でも俺は女子との関りなんて全くと言っていいほどにない。一体誰がこんなメモを……。


 そんな事を思っていると、教室のドアが開く音が聞こえた。


「良かった。ちゃんと残ってくれてた」


 教室に入って来た女子生徒は俺の知らない生徒だった。

と言っても俺は休み時間は基本大人しく椅子に座り小説を読んだり課題を先に終わらせているため他クラスの生徒との交流なんて勿論あるはずもなく、ましてや異性ともなれば尚更だ。


 普通の生徒ならすれ違ったり一目見ただけでは俺は覚えていられない。けれど彼女は凄く綺麗な容姿をしている。少し見かけただけでも記憶に強く刻まれるに違いない。


「このメモは君が?」


 そう質問をすると彼女はコクリと頷き俺の近くに歩み寄って来た。


「私、Bクラスの百瀬秋奈ももせ あきなって言います。翔太くんにどうしても伝えたい事があってメモを残させてもらいました」

「伝えたいことって?」


俺が本題を聞くと、百瀬さんは俺の前でゆっくりと深呼吸をした。


「私、翔太君の事が好きです」

「…………は?」


 思ってもいなかった言葉に俺はその場で固まった。

 

「お、俺達って初対面だよね……? いきなり告白されたって事?」

「あっ……一目惚れってやつです」

「俺のどこに一目惚れなんてしたんだよ。惚れる要素どこにもないでしょ」


 俺はイケメンってわけでもコミュニケーションが上手いわけでもない。ましてや百瀬さんに対して何か優しい事をした記憶も全くないし惚れる要素が一つも見当たらない。

 

「どこに惚れたかは内緒です」

「え、めっちゃ気になるんだけど」


 内緒と言われると更に気になってしまう。


「内緒です! 伝えたいことは伝えたので私帰りますね」

「え、ちょっと待ってよ」


 俺は振り返り教室を後にしようとする百瀬さんの腕を掴んで止めた。

 百瀬さんの腕は凄く白く細い、折れないと分かっていても強く握れば折れてしまうのではないかと思ってしまう。

 

「返事とか欲しくないの?」

「要らないです」


 そう言って振り返った彼女の目には少し涙を含んでいるような気がした。


 それはそうと、こんなにも直ぐに要らないと言われるとは思わなかったな。


「えぇ……俺今までの人生で告白されたのこれが初めてだから結構嬉しいし、初対面だけどこれから仲良くなってお互いの相性が良かったら付き合ってみたいって思ってるんだけど」


 俺は百瀬さんの性格も趣味も何も知らない。

 そんな状態で告白を受け入れても上手く行くとも思えない。だからこそこれからお互い色々な事を知っていってから付き合うかを決めたい。


「……ごめんなさい」


 百瀬さんはそう言って頭を下げた。

 

「私、翔太君とは付き合えません」

「……え? 俺振られたの? 告白されて振られたの?」

 

 たった数分の間に一体俺は何回驚けば良いんだよ。

 告白されて振られるなんて初めて聞いたわ。


「あ、もしかして罰ゲームか何かで告白してこいって言われてるとか?」

「違います! それだけは絶対に違います。翔太くんの事が好きな気持ちは本当です」

「お、おう……」


 なんかこうも真剣に言われると凄く照れくさい。しかも百瀬さんみたいに可愛い子に言われると更に照れる。


「でもごめんなさい。例え翔太君じゃない人とも付き合えないです」

「じゃあなんで告白なんてしたんだ? 付き合えないって理由も分からないけど告白した理由も分からない」

「私はただ翔太君に私の気持ちを伝えたかっただけです。本当にただそれだけです。後悔しないように」

 

 百瀬さんは段々と声色が弱々しくなっていき、表情が曇っていった。

 

「それじゃあ私この後予定があるので帰りますね、私には時間がないので。残ってもらってありがとうございます。それと、私の事はもう忘れてください」


 そう言って百瀬さんは急いで教室を後にした。


「……いったい何だったんだ。誰とも付き合えないとか忘れてくれとか。理解できない」

 

 付き合えない理由は許婚が居るだとか憶測ができなくもないが、忘れてほしい理由はいくら考えても分からない。

 同じ学校である以上忘れようとしてもすれ違ったら嫌でも思い出してしまう。

 そもそも忘れる必要性が分からない。分からない事だらけだ。


「はぁ、帰るか」


 教室で幾ら考えた所で百瀬さん本人の口から真実を聞く以外分かるわけもない。

 カバンを肩にかけ、教室から出ると、とある物が俺の目に止まった。


「これは……メモ帳?」


 教室の少し先に開かれた状態で落ちているメモ帳。

 近づいてみると、そのメモ帳は百瀬さんが俺の机に入れたメモ用紙と同じだった。

 さっき帰る時に落としたのだろう。

 

「……なんだこれ」


 メモ帳には綺麗な文字で【死ぬまでにやりたいことリスト】と書かれていた。

 

・沖縄の海で泳ぐ。

・好きな人と文化祭を周る。

・好きな人に想いをしっかりと伝える。

・東京に行く。

・ウユニ塩湖に行く。

・普通の高校生活を送って高校を卒業する。

・もう一度あの人の演奏を聴く。

・もう一度あの人に演奏を聴いてもらう。


「なんでこんなリストなんて……」


 死ぬまでにやりたいことリストなんて普通高校生では書いたりしない。例え書いていたとしてもわざわざ学校に持ってくるか?

 俺は次のページを開こうとする手を止め、メモ帳を閉じた。

 

 誰とも付き合うことができない、自身の事を忘れてほしい。そしてこのメモ帳。

 やはり本人の口から理由を聞きたくなった。

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