第65話 ミカエルの告白2

「君の為に、沢山仕留めてくるから。必ず五位以内に入るよ」

「ミカ様、お怪我だけはしないでください」

「ああ、行ってくる」


 はっきり言って、野蛮なことは性に合わない。しかし、上位成績五位までは壇上で表彰され、その獲物を最愛の相手を壇上に呼び、プレゼントするという。アンが両手を胸の前で組み、「壇上に上がってミカ様からプレゼントされたら、婚約者じゃなくても私のミカエル様だって、みんなに知らしめることができるのに……」と、目を潤ませながら言われたら、頑張るしかないじゃないか。


 ……結果、トップファイブどころかワーストファイブ入りをしてしまった。最終日は、狩りに行かずにアンと楽しむことにしたのだが、そこである噂話を聞いた。


 アンネが誤射により負傷した。


 聞いた直後、思わず立ち上がろうと体が反応した。いやいや、立ち上がって、何をしようと言うんだ。今更アンネの無事を心配できる立場でもないのに。


「ミカ様はお優しいです。アンネさんのこと、みたいに思ってるんですね。だから、心配をするんでしょう?」

「ああ、うん、もちろん。昔からの付き合いだからな」


 最初は地味で面白みのない婚約者だった。学園に入ってからは、僕の劣等感を刺激する婚約者。アンと知り合ってからは、最愛の女性の正当な権利を不当に奪い、図々しくも分不相応な境遇を教授する婚約者。


 死のうがどうなろうがどうでもいい相手だった。憎々しく思っていたこともあった。でも……。


 僕のせいで不幸になった元婚約者。


 いつも控えめでおとなしく、でしゃばることも、ほんの些細な要求さえしてこなかった。野花のような花束も、嫌な顔せずに受け取って部屋にいけるような娘だったのに。


 僕はなんてことをしてしまったんだろう。


 後悔なんかしたことがなかった僕が、初めて罪悪感に駆られた。


 祭りを見て回っていたら、笑顔で祭りを見ていたアンネと第三王子に遭遇した。


 第三王子と親しい学友だとは思っていたが、まさか恋愛関係にあるわけじゃないよな?


 アンが余計な発言をしたことで、何故かアンネ達と祭りを見て回ることになった。いや、最初はなんてことを言うんだって思ったが、アンネと話す機会が持てたことは良かったのかもしれない。アンネにたいして感じていた罪悪感を払拭できれば、無駄にアンネのことを考えないですむかもしれないしな。


「いや、別にこの女と馴れあいたくないし、アンネに元婚約者と仲良くして欲しい訳じゃないから。ただ、アンネが俺の女だって、ちゃんと正しく理解させたいだけだ。それと……」


 第三王子の発言に、頭がショートしたようになる。

 アンネの腰に手を回し、仲良さげに耳元に顔を寄せる第三王子、しかもその距離を許しているアンネ。彼等の間に男女の関係があるのは見るからに明らかだった。


 僕が手にキスをするだけで真っ赤になって震えていたアンネが、知らない間に大人の女性になっていた。彼女に全てを教えるのは、お互いの初めてを捧げ合う相手は僕の筈だったのに!


 自分の中で突発的に荒れ狂った感情に、僕はア然とするしかなかった。


 いやいや、ないだろう?!


 僕はアンを愛している。

 外見は完璧な美貌で近寄り難い雰囲気なのに、内面は寂しがり屋で甘えん坊な可愛らしいアン。少し天然なところがあって、人との距離感がバグっているけれど、それは平民生活が長かったせいで、彼女に二心はない筈だ。


 そうだ、僕はアンを愛している。そしてアンも僕だけを愛しているんだから。


 騎士達に邪魔されて、アンネと第三王子にはあまり近寄れず、ただ仲良さそうに言い合う二人を後ろから見ていたら、何故か鬱々とした思いが胸に溜まっていった。


 アンは、第三王子の側に近寄ろうとしては騎士達に阻まれ、苛々様子を隠せていなかった。


 なぜ、そこまで第三王子と話がしたいのか?クラスメイトだから?王子という存在が珍しいから?


 男として興味を持っている……から。


 アンの愛情を初めて疑った瞬間だった。

 今まで、平民育ちだから気安い態度を男に取るのだと思っていた。それに婚約していないとはいえ、結婚を考えた仲だからこそ、アンに援助もしてきた。


 ここまでした僕をまさか裏切らないだろう……と思っていた僕は本当に間抜けだった。


 ★★★


 子爵家の席は会場でも後ろの方だった。会場の一番前にアンネはいるんだろうが、ここからでは見ることができない。と思ったら、アンネが壇上に上がってきた。

 アンネがサンドローム公爵と第三王子の前に立ち、その後ろから壇上に上がったのは第二王女、貴族夫人と続き、最後は……アンだった。


 トイレにでも立ったのかと思ったら、騎士服を着た知らない男の前でニコニコと微笑んでいる。


 どういうことだ?


 仮にあの男がアンを指名したとしても、アンは断るべきだっただろう?親類縁者でもなければ、あの男と何かしらの関係があると皆が思うだろう。会場にいる男達のいやらしい視線が、アンを舐め回すように見ている。


 僕は奥歯を噛み締めて壇上のアンを見上げた。なぜ、あんなに誇らしげな表情をしているのか、男の腕に手をからめ、頬を染めて見上げるその顔は、いつも僕に向けている表情そのものじゃないか。


「アンネだったら……」


 アンネだったら、あんなに馴れ馴れしく男に触れないだろうし、婚約者以外の男に気を持たせるような態度はとらないだろう。


 こんな思考は意味がないことはわかっているし、アンの方が素晴らしいことは分かりきっていることなのに、どうしてもアンとアンネを比べては、アンがどうしようもなく不誠実な恋人のような気がしてしまう。


 騎士がアンに跪き、黒い鳥をアンに捧げることを告げると、アンは騎士の口付けを手の甲に受けた。


 は?

 意味がわからない。


 壇上でイチャつくアンと騎士を見せつけられながら、いつの間にか進行が進み、気がついたら第三王子がアンネにプロポーズをしていた。しかもアンネはそれを受けたようで……。


 歓声が上がり第三王子の婚約に会場が盛り上がる中、僕だけはこの世の終わりのような表情で壇上を見上げていた。アンネをただジッと見つめていると、視界の端に忌々しそうに顔を歪めているアンの姿が映った。

 壇上の主役はアンネで、全ての視線を集めていることが気に入らないのだろう。


 なんて醜い顔だろうか……。


「公爵令嬢、小さくて可愛らしいな。清楚な感じが好感持てる」

「ああ、大柄な第三王子の横に立つと、小動物みたいな愛らしさが際立つよな」

「なんか、王子しか目に入ってない感じが良くないか?隣に眉目秀麗なステファン王子がいるに、全然視線も向けないの。一途な感じが推せる」


 アンネを褒める声が聞こえてきた。


「シッ、なんか事件が起こったらしいぞ。公爵令嬢が矢で撃たれたとか。犯人が捕まったみたいだぜ。馬鹿だなぁ、あいつ死刑じゃないか?」

「ウワッ、あの女も関係しているみたいだな。しかも、どんな恨みがあるか知らないが、その為にあんなブッサイクな男と寝るか?」

「俺、あの美人が色んなテントから出てくるの見たぜ。しかも、全部男のテント。お楽しみな声も聞こえてきたぜ」

「マジかよ?俺もお願いしたらやらしてくれっかな」

「俺は逆にお願いされても嫌だな。あんなヤツと同列に見られてるみたいじゃん」

「違いない」


 声をひそめながら、しかし明らかにアンを小馬鹿にしたような男達の会話に、僕は自分まで馬鹿にされたような気分になる。


 それでもその時は、まだアンが僕を裏切ったとは思っていなかった。見目が整っていると、変なやっかみを受けて、あることないことを言われることはよくあった。僕自身も、身に覚えのないことで、同性から陰口を叩かれることはざらだったからだ。


「アン・バンズの尻には黒子があんだよ!しかも三つ並んで!俺がその女を抱いた証拠だ。不細工な男に抱かれてアンアン言ってたくせに、人に罪をなすり付けてふざけんなよ!おいそこの色男!おまえも知ってんだろ?この女の黒子をよ。いや、おまえだけじゃなく、この会場にいる男の何人かは知ってるんじゃねえの?!」


 アンの命令でアンネを射たと証言していた男が、僕を指差してゲラゲラ笑いながら言った。


 黒子……。それをこの男も見たというのか?!


 しかも、男が会場を見渡すことで、顔を背ける男達が数名いることに、会場の後ろにいた僕は気がついてしまった。

 

 黒だ。真っ黒じゃないか……。


 居た堪れなくなった僕は、アンを置いて会場を後にした。


 後に、アンが正式に捕まったことを知った。アンは重罪人が入れられる最下層の牢屋に入れられ、今はまだ刑は決定していないが、最悪絞首刑、よくて女子犯罪者が入れられる孤島の修道院での終身刑となるらしい。


 それを聞いた時、何も感情が動かない僕がいた。


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