第008話 【怪しく、艶めかしく漂う赤いオーラ】

 トイレでブツを出してから再び会議室に戻る俺。

 ……いや、この言い方だと排泄行為を済ませただけに聞こえるな。


「どうも、お待たせしました」


「はい、お待ちしておりました」


 扉を開けるとニコッと微笑んでくれる六条さんと何故かため息をつく受付の人。

 あれやぞ?受付の人、モテないのはそういうとこやぞ?

 細剣と短剣を六条さんの前に二本並べるようにそっと置く。


「これなんですけど……どうです?なかなかのモノだと思うんですけど!

 なんてったってドヴォ……さ、どうぞ手にとって見てください!」


「はい、では遠慮なく……抜かせて頂いてもだいじょうぶですか?」


「ええ、遠慮なくヌイてください。

 あ、危険ですので刃の部分には絶対に!手を触れないでくださいね?」


「えっ?『ドヴォ』にはツッコミなしでいくんですか!?

 あと、ユウちゃんの抜くの発音がおかしかったような?」


 まったく、この小姑は障子の桟に指を這わせるように細かいことを……。

 いつの間に出したのか、白い手袋をはめて柄を握り、レイピアを鞘からゆっくりと引き抜いていく六条さん。


「なっ!?……えっ?……はっ!?」


 現れた刀身……赤く、艶めかしく金色に輝くその姿……いや、何だろう?


「揺らめく赤い黄金色……輝く太陽の色……。

 ええと、ユウギリさん、これってもしかしてですが……ヒヒイロカネ、なのでしょうか?」


「はい!前回はドロップしませんでしたけど今回は運良くインゴットを入手できましたので。

 奮発してレイピアとクリスに仕上げてみました!」


「な、なるほどです……じゃなくてですね!

 ええと、これは、合金ではなく、無垢のヒヒイロカネですよね?

 それも、インゴットとしてドロップしたのをどうやってこのような短時間で……。

 ちょ、ちょっとだけお待ちくださいね?

 増田さん!タブレット端末を取ってもらえるかしら?

 確か、少し前にイギリスで加工された剣の動画が……」


 引き抜いたレイピアをそっと鞘に収めてタブレットをポンポンと叩く六条さん。


「ありました!ユウギリさん、こちらの動画を御覧ください。

 こちら、左側の男性が持っているのがマジックゴールドやスカーレットゴールドと呼ばれているヒヒイロカネの合金で鋳造した長剣で、こちらの女性が構えているのが無垢のヒヒイロカネを使用した短剣なんですが」


「ああ、さすがに俺が初めてヒヒイロカネの武器を入手したってわけじゃないですもんね。

 と言うか合金の方、赤みもほとんどありませんし、見た目はただの真鍮にしか見えないんですけど?」


「混入率が数%しかありませんからね?

 それよりもこちら、お見せいただいたレイピアと同じ、無垢材を使用した短剣のハズなのですが……」


「こっちも見た目からしてぜんぜん違うような?

 赤い金色と言えば確かにそうですけど、ラッカー系の塗料を吹き付けたような、メタル塗装したシ◯ア専用モビルスーツみたいなわざとらしい色といいますか。

 ここにある剣の刀身みたいに、匂い立つような、惹きつけられるような輝きが感じられないですよね?

 いや、そもそも鞘から抜き放った瞬間に漂い出した、刀身から立ち登る赤く漂うオーラ?みたいなのが全然出てませんし。

 それって……偽物なんじゃないですか?」


「いえ、加工している段階から全ての工程が記録されている、間違いなく本物のヒヒイロカネを使用した本物なんですけど……。

 他にも何点か作られた物の写真がありますが色味は全部そんな感じでした。

 ええと、ナイフの方もお見せいただいてよろしいでしょうか?」


「もちろん構いませんよ?」


 うん、レイピアの方だけじゃなく、クリスの方も同じ様に、刀身が自ら光を放つように赤く金色に輝き、そこから立ち上る赤いオーラはともすれば禍々しく感じられそうなものだが、むしろ神々しくさえ見えている。


「何といいますか、素晴らしい……素晴らしいお仕事ですね?」


「まったくそのとおりだと思います、まさしく一生物の業物ですよね!」


 さすが親方、俺が知っている鍛冶師の最高峰、超一流のマエストロである!

 ……鍛冶屋なんて他には誰も知らないんだけどさ。

 うん、そんな親方に打ってもらった細剣も短剣も、値段がつけられないような素晴らしい品物なんだけど……。


「これ、ダンジョンで俺が使ってたら、ビックリするくらい悪目立ちしますよね?」


「そ、そう、ですね。さすがに初心者用のダンジョンで学生さんが使うにはあまりにも異質過ぎる装備品……かもしれませんね?」


「ですよねー……」


 ショボンとなる俺。


「ちなみに……お答え頂ける範囲内で結構ですが、もしもヒヒイロカネのインゴットがあれば、このレイピアやクリスナイフの様に仕上げて頂くことは可能なのでしょうか?」


「そうですね、材料さえあれば?

 ミスリルでもヒヒイロカネでもアダマンタイトでも?

 ああ、でもヒヒイロカネでは防具は作らない方がいいって言ってましたよ?

 熱の伝達効率がウンタラカンタラらしいので」


「そ、そのウンタラカンタラ部分を是非とも詳しく教えていただきたいのですが!?」


「あー……申し訳ないです、なにぶん寝る前に、眠い中で説明を聞いていたもので……話半分にしか覚えてなかったり?」


「そ、そうですか……」


 いつもにもまして、グイグイと来たかと思ったらいきなりシュンとなってしまった六条さん。年上なのに、この感情を隠さない感じ、とっても可愛いと思います!

 てか、もしかして、六条さんって歴女とか刀剣女子とか呼ばれる趣味の人なのだろうか?

 まだ材料は残ってるし?それなら短刀の一本くらいならプレゼントしてあげようかな?


 いや、それよりも今は俺の武器である。

 『ちょっと色の違う金属で出来た剣』くらいの認識で作ってもらったヒヒイロカネの剣。

 これ、どう見ても魔剣……いや、そもそもが『魔剣士垂涎の一品』みたいなこと言ってたもんな。

 くっ、今のジョブは『魔法剣士』だからちょうどいいと思ってたのにっ!


「えっと、これ、素材がヒヒイロカネじゃなくてミスリルならもっと大人しい感じの見た目になりますかね?」


「み、ミスリルですか?そちらはドイツで加工された動画があったはず……こちらですね」


 ふむ……なるほど、見た目は『よく磨き込まれた剣』って感じだな。

 これなら俺が持ち歩いてても違和感のない仕上がりになるのではなかろうか?

 でも、もしもミスリルを金属塊から購入するとなると、同じ様に細剣と短剣を作ってもらうには2㎏くらいは必要になるんだよなぁ……。


「ちなみにミスリルは何キューブが落とすかご存じです?」


「ええと、ミスリルはキューブ系の魔物ではなく、特殊なダンジョンに生息するゴーレムがドロップすると報告されていますが……。

 東北地方にあるA級ダンジョンですので、まだ学生さんであるユウギリさんでは入場制限がありまして……数日いただければ特例事項としてどうにかいたしますが」


「いえ、さすがに距離的に東北は無理です……」


 なんだよ!金属は全部キューブが落とすんじゃないのかよ!

 いや、そもそもちょっと強いスライム程度の奴がそんな特殊金属をドロップするほうがおかしいのか。

 アシッド・スライムは王水みたいな奴だったから、金が溶け込んでた……みたいな感じ?

 いや、それならそれで他の金属も落とせよ!


 んー……どうしよう?俺、久しぶりに心がぴょんぴょんしてたからね?

 新しい武器を、自分専用の武器を使えるってウッキウキだったからね?

 それがこの肩透かし……。


「もうこのままコレ使っちゃおっかなー……」


「そ、そう、ですね。

 その際には全力でサポートさせていただきます……よ?」


 でもまだそこまでは目立ちたくないし……仕方ない、ここはミスリルのインゴット……買っちゃうか?

 魔石の補充は、また六条さんに頼めばなんとかなるだろうしな!


「よし!そうしよう!

 ってことでして、俺は何も持ってきませんでした!

 と言うか、間に合えばまた夕方にお伺いします!」


「あっ、はい、お気をつけて?」


 再度トイレに入り、剣を荷台にしまう。

 そして新たにミスリルを2㎏……では、足りないとカッコ悪いしこの際3㎏だっ!

 魔石の残りはこれで二万個弱……工賃には十分足りるだろう。

 画面を切り替えて親方に注文……。

 いや、普通の個室だと隣にだれかが入っていたらバレるかもしれないし、申し訳ないけど、今回は多目的トイレを使わせてもらおう。


「親方!昨日の今日ですいません」


『おっ?おお!またおめぇか!

 どうした?この前の納品に何か不具合でもあったか?』


「いえ!品物はあれ以上無いほどに素晴らしいモノでした!

 でも、素晴らしすぎて素人に毛が生えた程度の自分が持ち歩くには目立ちすぎてですね……」


『はっ?ふ、はははははっ!何だそりゃあ!

 まぁ確かに、素材の値打ちはともかくとして、ヒヒイロカネは刀身の見た目がちょっとド派手だからな!』


「そうなんですよ……それで、今日は前回と同じ注文で、ミスリルで細剣と短剣を打っていただけないかと……」


『ああ、もちろん構わねぇぞ?

 まぁ普段遣いするなら圧倒的にミスリルの方が使いやすいからな!

 見た目も多少は地味……地味……だよな、うん』


「ありがとうございます!一応インゴットは3㎏ほど用意したんですけど……」


『細剣と短剣に使うだけならそれで十分すぎる量だ!

 むしろ細剣ならもう一本打てるぞ?』


「さすがに二本は……あっ、そうだ。

 こう、片刃の刃物なんですけど……親方の所では刀って扱ってますかね?」


『刀?おう!もちろん大丈夫だぞ?

 小太刀でも斬馬刀……はさすがにその量じゃ材料が足りねぇか?』


「いや、そんな大きいのはいらないです……。

 えっと、女性にプレゼントする短刀?小太刀?が欲しいんですけど」


『おっ、なんだ?女に贈り物とは……もしかしてプロポーズか!?そりゃめでてぇな!』


「いえ、そんな大層なものじゃなくてですね。

 いつもお世話になってる方にプレゼントしようかと思いまして」


『そうか!ふむ、惚れた女に贈るとなりゃあ見た目も大事だな!

 柄も鞘も綺麗に拵えてやるから大船に乗ったつもりで待っててくれや!』


 確かに好きか嫌いかで聞かれたらもちろん好きなんだけどね?あれだけ綺麗なお姉さんなんだからさ。でも、出会ってからこっち、手玉に取られっぱなしだからなぁ……。

 細かい注文も終わったし……今度こそは問題なく大丈夫だろう!

 スキップを踏みそうな勢いで午後のダンジョンに向かう俺だった。

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