第10話 匠と紅葉の始まり。

俺が萩生紅葉を抱きしめて、「ごめん。こうしていたい。離したくない。紅葉さん、紅葉さん」と言うと、俺を抱きしめ返して、胸に顔を埋めて深呼吸して「はぁぁぁ…」と言った萩生紅葉は、「長かったです!焦らし過ぎです!」と言った。

その目には薄らと涙が浮かんでいた。


俺の決断。

それは母に対して共に立ち向かって欲しいというものだった。


「あの母とは切っても切れない関係で、紅葉さんとの障害になると思うんだけど、俺はそんな事で紅葉さんを諦めたくないんだ」


俺の願いに萩生紅葉は「やっと言ってくれました。待っていたんですよ?」と言ってくれて、俺はすぐに母に電話をした。



「あ、さっきの電話。泊まってくれるんですか?」

「うん。泊まりたい」


俺を見てニコニコと笑った萩生紅葉は、「じゃあ鯵は明日の朝にしますね。今晩は唐揚げです」と言う。


「大変じゃない?」

「平気ですよ」


「えっとさ…、手伝うから一ついいかな?」と言って、俺は商店街に萩生紅葉を連れて行って、唐揚げを作るならとビールを買った。

飲み比べようと沢山の種類を買うと、萩生紅葉は「えぇ?そんなに飲めませんよ?」と言う。


俺が「備蓄。泊まる日は少しだけ飲もうよ」と言うと、萩生紅葉は「…はい」と言った。


帰り道、「母さんから聞いていた真さんって、こんな感じだったのかと思いました」と萩生紅葉は言った。


少し聞くと、俺に会ってから亡くなるまで、萩生楓さんとの会話は父の話ばかりだったらしい。


父は付き合うまでは慎重派だったのに、付き合ったら熱量が凄かったそうで、その為に就活で失敗して別れる事になっていた。


俺が揚げ油の恐怖に立ち向かうと、萩生紅葉はそれをみて笑いながら唐揚げを揚げる。

乾杯をしてから今日の飲み会について聞くと、「元々断っていたんです。私は匠さんとの関係が大事なので、今余計なモノを入れたくありませんでした。それに匠さんはきっと来てくれると思っていました。まあ会社の前だったのは驚きです」と言って唐揚げを口に入れて、「あつっ」と言って照れ笑いをする。


「ずっと考えていたんだ。どうしたらいいかを、紅葉さんと過ごす今、その先の未来、沢山考えて、父さんならなんて言うかを考えたけどダメだった。だから俺がするべき事を考えて、俺1人だと弱いから紅葉さんに助けてもらう道を選んだんだ」

「それで良いんです。私も母さんの気持ちになっても「待つ」ばかりでしたし、関谷さんの言葉を思い出して飲み会の話をしました」



俺たちはお互いに「ありがとう」と「よろしく」を言いながら食事を楽しむ。

片付けひとつでも楽しいし、今までと何もかもが違う。


片付けが終わってお茶を飲む時も、風呂に入って出てきた萩生紅葉を見た時も、俺は嬉しさと愛おしさが込み上げてきて、その都度抱きしめさせて貰って何度も「紅葉」と名前を呼ばせて貰うと、萩生紅葉は「そんなにですか?」と嬉しそうに聞いてくれた。


萩生紅葉は布団に入る時だけは真剣な顔で、「ごめんなさい。私、彼氏がいた事すら無いんです」と謝ってきた。


「俺も彼女がいた事なんてないよ。俺こそごめん」と返して布団に入り、「抱きしめて名前を呼ぶだけで十分」と言ったのだが、萩生紅葉は「…キスはしてください」と言ってきて、俺は震えながらキスをした。


身体中が痺れた。

堪らず何遍もキスを求めて何度も「紅葉」と呼んだ。


あっという間に朝が来て、朝一番に微笑みかけてくれながら、「おはようございます」と言ってくれる萩生紅葉を見た時に、俺は我慢できずに30分ほど抱きしめてしまったら、「トイレに行かせてください!」と怒られてしまった。

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