第6話分かりやすい嫌がらせ

 らんが訪れた翌日。厨房に青菜の余りを貰いに行った雪鈴しゅえりんは見知らぬ寵妃候補に呼び止められた。

 厨房から雪鈴の館までは後宮内でも人通りの殆どない廊下なので、誰かとすれ違った事もない。


「あなた、雪鈴ね?」


「ええ」


 確認するまでもなく、こんな白い髪の女は後宮で雪鈴ただ一人だ。

 頷くと寵妃候補の姫は意地の悪い笑みを浮かべる。


「気持ちの悪い髪ね」


 言うなり手にした桶の中身を、雪鈴に向けてぶちまけた。


「きゃあっ」


「さっさとここから出て行きなさいな」


「こんな人目につくような所を歩くんじゃないわよ」


 気が付けば雪鈴の前には、数人の寵姫候補達が立っていた。桶の中身は泥水で、彼女らはそれを柄杓ですくい罵声を浴びせながら雪鈴にかけ続ける。


「止めてください!」


「罪人のくせに、威勢がいいこと」


 少し離れた場所から、美麗めいりーの声が聞こえる。


「もっと罪人らしい姿にしてあげるわ。皆さんもそう思うでしょ」


「ええ、美麗様の仰るとおりですわ」


「気味の悪い女! 白い髪に紅い目なんて不吉だわ」


 美麗の取り巻き達は、逃げようとする雪鈴を囲み水をかける。


(こんな馬鹿な事をする方々だったなんて、思ってなかったわ)


 こんな騒ぎを起こせば皇帝の耳に入るだろう。

 相手が罪人だとしても、正妃候補が辱めるような行為を煽ったと知れば評価は下がる。


(青菜と着物は井戸水で洗えばいいんだから、気にしちゃ駄目よ)


 抗ったところで、多勢に無勢だ。

 今は彼女たちの気の済むようにさせればいい。箱入り育ちの姫がいくら嫌がらせをしようと、たかがしれている。

 雪鈴はできるだけ青菜が泥水を被らないよう、抱え込んで耐える。


「何をしている!」


 鋭い声が響き渡り、寵姫候補達の手が止まる。


 何が起こったのかと雪鈴が顔を上げると、そこには雪鈴を守るように藍が立っていた。


「一体何ごとか……雪鈴、怪我はないか?」


「私は大丈夫です。それより藍様! 失礼します!」


 雪鈴と寵姫候補達の間へ割って入る際に、藍の手元にも泥水がかかってしまったようだ。濡れた手元には、薄桃色の石が填め込まれた金の腕輪が鈍く光っている。

 それを見た瞬間、雪鈴は自らの着物の袖で蘭の手を取り石にかかった泥水を丁寧に拭き取った。


「この石は、水がかかると割れやすくなるのです。今も悲鳴を上げてます」


「石が悲鳴を上げるですって?」


「馬鹿みたい」


「おかしな事を言うのね」


 寵姫候補達は雪鈴の言葉を嗤うが、藍に睨まれて口を噤む。

 だが美麗は手を止めた取り巻き達を押しのけ、雪鈴と藍に近づいて来た。


「あなた、藍と言うの?」


「ああ」


「私は正妃候補の美麗。何か言うことはない?」


「初めまして、美麗」


 頭を下げることもなく平然としている藍に美麗は苛立ちを隠せないのか、手にした扇子で藍の腕を打つ。


「後宮に入ったら、まずは正妃候補に挨拶をすると教わらなかったの?」


 しかし藍は何ごともなかったように、冷たい目で美麗を見つめている。


「……そんなしきたりは初めて聞きました」


「罪人は黙りなさい!」


 石から水気を取った雪鈴が反論すると、美麗が怒鳴った。だがふと何かを思いついたように、藍の手首を飾る石を見て微笑む。


「白い化け物さん、貴女はその石が喋ると言ったわね?」


「はい」


「じゃあその石は、化け物に取り付かれているのだわ。きっと白い化け物さんが、呪いをかけたのよ」


「まあ恐ろしい」


「雪鈴は本当に化け物だったのね」


 取り巻き達が口々に美麗に同意する。


「藍姫。その石を外して私に寄越しなさい。側仕えの巫女に命じて、化け物払いの儀式をしてさしあげるわ」


「これは家に代々伝わる品。他人に渡すことはできぬ」


 少しの逡巡もなく断った藍に、美麗が再び扇子を振り上げた。


「わたしは、あなたの為を思って言っているのよ……白い化け物! 藍姫から離れなさい!」


 美麗は雪鈴の方を向くと、顔を打とうとする。

 しかしその手は、藍に掴まれて止まった。


「雪鈴に危害を加えれば、私が許さぬ。これは警告だ、二度目はない」


 静かだが、怒りを露わにする藍に気圧されたのか美麗と取り巻きは言葉を失っている。


「行こう、雪鈴」


 打って変わって、優しく肩を抱かれた雪鈴はぽかんとしつつも藍に促されてその場を立ち去った。

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