第4話信じてくれるんですね


(西方の方って、女性も堂々と振る舞うのね)



 立ち振る舞いは、まるで男性のようだ。


 しかし彼女の所作には気品があり、雪鈴は見惚れてしまう。



(私が寵姫の宮から追い出されてから、後宮に入った方かしら? ……正妃候補で入ったのなら、確実にこの方が一番ね)



 艶やかな黒髪はまだ伸ばしている途中なのか、襟足を花簪で飾り長さを誤魔化している。髪の長さは寵妃として重要な審査対象だが、そんなことは気にならないほど彼女は美しかった。


「私の顔に何かついているかな?」


「いいえ、余りに美しかったので見とれてただけです」


「そうか! この化粧も似合っているか?」


「はい! 唇につけた薄桃色の紅が素敵です。でも貴女程の美姫でしたら、化粧なんてしなくても素敵ですよ!」



 正直に答えると、彼女は大声で笑い出す。



「うん。君はなかなかに面白い。気に入った」


 なにが気に入ったのか雪鈴しゅえりんにはさっぱり分からない。


「ところで、話は変わるが」


 不意に真顔になった姫が、声を潜める。


「君は美麗めいりーの髪飾りを偽物とすり替えた犯人だと聞いたが。本当か?」


「えっ?」


 話が間違って伝わっている事に驚いた雪鈴は言葉を詰まらせた。


「真実を申してみよ」


 鋭い眼差しに一瞬怯むも、真っ直ぐに姫の黒い瞳を見返す。


「違います! 私はあの髪飾りについている宝石が、本物ではないとお伝えしただけです」


「何故本物でないと分かった?」


「石が教えてくれるので……」


 言ってから、はっとして雪鈴は口元を押さえた。



(こんなこと言ったら、気味悪がられるわ)


 けれど彼女は顔色一つ変えず、懐から二つの紫水晶を取り出して卓の上に置く。


「この二つの石は、どちらかが偽物だ。分かるか?」


 形も色も、全く同じに見える。


 まるで双子のようだと思いながら、雪鈴は石の声に耳を澄ませた。


『私が偽物。紫水晶ではないわ』


『そんなこと関係ない。私達は、ずっと一緒にいたいわ』


『本当の双子ではないけれど、とても仲良しなの』


(そうなのね。分かったわ)


 雪鈴は頷くと、右の石を指さした。


「右が偽物です」


「正解だ」


「え、信じてくれるんですか?」


「真実なのだから、当然だ。偽物の方には、私にだけ分かるように術が仕掛けてある。君はその術を破らずに即答した」


 術などさっぱり分からない雪鈴は、ぽかんとして彼女を見つめる。


(術士を雇っているなんて、やっぱり高位の貴族なんだわ。でもどうしてそんな方が来たのかしら?)


「疑ったことを謝罪する」


「いいんですよ! 頭なんて下げないでください!」


「君は寛大だな」


「私が石の声が聞こえることを信じてくれたのは、お祖母様だけでしたから。それとお願いがあるのですが」


「なんだ?」


「この二つの紫水晶を、引き離さないであげてください。双子石という名で売られていた時間が長くて、すごく仲良くなったんですって」


「分かった。約束しよう」



 彼女は紫水晶を懐にしまい、改めて雪鈴に向き合う。



「君の力を見込んで、仕事を頼みたい。報酬は払う」


「私で良ければ、なんなりとお申し付けください」


「ではまた明日改めて伺うとしよう」



 そう言うと、彼女が席を立つ。


 ここで雪鈴は、まだ彼女の名前を聞いていなかったことに気が付いた。


「あの、お名前を教えてもらえますか?」


「そうか、名が必要だったな」


 少し考えると、美しい姫が告げる。


らん


「ではこれからは藍姫、とお呼びしますね」


 するとどうしてか、藍が眉間に皺を寄せた。


「姫は止めてくれ」


「では藍様でよろしいでしょうか?」


「かまわぬ」


(男の人みたい)


 背丈だけでなく、態度も声もまるで男性だ。


 しかし後宮は男子禁制だし、入れば問答無用で死刑となる。


 唯一許されるのは、皇帝ただ一人だ。



(私みたいな者も住まわせるんだから、多少変わった姫がいたっておかしくないか)



 去って行く藍を見送ってから、雪鈴はみすぼらしい館に戻った。

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