濡れ衣を着せられて後宮の端に追いやられた底辺姫。異能も容姿も気味悪がられてますが、これ巫女の証なんです

ととせ

第1話早速大失敗しました

「あれ本当に、偽物なんだけどなぁ」



 窓辺に座った雪鈴しゅえりんは、曇天の空を見上げてぽつりと呟く。


 壊れた窓から風が吹き込み、雪のような白い髪をなびかせた。


 先帝が病を理由に、息子に帝位を譲ったのは半年前のこと。


帝が代われば、後宮に住まう寵姫達は総入れ替えとなる。


 国中の貴族や金持ちは、大急ぎで娘を着飾らせ後宮へと送った。


 それは雪鈴の両親も例外ではなかった。



――さっさと支度をしな。本当にのろまだね。


――お前は気味が悪いが、器量はいい。余計な事さえ喋らなければ、皇帝に気に入ってもらえるに違いない。


――やっと役に立つときが来たんだ。何としてでもお妃になるんだよ!



 実の娘を値踏みし罵倒する両親の声が、今も耳にこびりついて離れない。


 北方の小さな領地を管轄するだけの弱小貴族だというのに、官吏に賄賂まで渡し雪鈴の意思など聞こうともせず皇都行きの馬車に乗せたのだ。


 そんな自分の身の上を理解したのは、皇都へ到着してからのこと。訳が分からないまま女官長との口頭試験を受けた後、雪鈴は「寵姫候補」として正式に後宮で暮らすよう命じられたのである。


 両親はあわよくば正妃にと願っていたらしいが、現状の雪鈴は正妃どころか寵姫候補としての地位も取り上げられ、後宮から追い出される寸前だった。



「雪鈴様、そのような所にいらしては風邪を引いてしまいますよ」


「これくらい大丈夫よ。それに私の故郷はもっと寒かったんだから」



 ここは後宮の一角。


 とはいっても寵妃達が住まう華やかな宮とは大分離れた、ほぼ物置小屋のような館に雪鈴は側仕えのきょうと二人で暮らしている。


 最初からこんな酷い部屋をあてがわれたわけではなく、三日前までは寵姫の中でも中程の地位の者が住まう宮で、多くの女官に傅かれていた。


 他愛のない、と言うより中身のない会話しかしない女官たちにうんざりしていたものの、それなりに華やかだった生活が一変したのには理由がある。



(あんなお茶会、出なければよかった。正妃候補の催すお茶会なんて、面倒なだけだって分かってたのに……)



 雪鈴はため息をつく。


 後宮に入れられた姫達は、まずあれこれ理由をつけて茶会を催す。


 特に正妃候補として後宮に上がっている姫は、寵姫候補を集めて取り巻きを作るのだ。


 そして寵姫候補達も、正妃候補に取り入ろうと必死になる。


 彼女たちの思惑や立場はそれぞれだから、雪鈴はそれに対して何も言う気はなかった。ただ自分まで派閥やらなにやらと、面倒なものに巻き込まれたくはない。


 そんな雪鈴の態度を快く思わない寵姫仲間も少なからずおり、後宮に入ってからの日々は雪鈴にとってそう楽しい物ではなかった。


 三日前のあの日も、正妃候補の中でも有力だと噂される美麗めいりーから茶会の誘いがあり、雪鈴は嫌々ながらも女官に促され仕方なく彼女の茶会に参加した。


 きらびやかな姫達の中、黒い質素な着物に白い髪を結いもせず参加した雪鈴は、ある意味目立ってしまう。


 単に着る物がなかっただけなのだが、その姿を美麗は面白がり側で話をするよう命じたのである。



「何でもいいから話せって言ったのは、美麗様なんだけど……空気読まなかった私も悪いな」



 余り後悔してない感じで独りごちる雪鈴の側で、毛羽立った膝掛けを持って来た京が苦笑する。



「私は雪鈴さまのそういうとこ、好きですよ」


「そう言ってくれるの、京だけよ。ありがとう」



 物心ついた頃から、雪鈴の言動は周囲の眉を顰めさせた。


 おまけに、この白い髪と深紅の瞳のせいで「あやかしの類いではないか」と噂を立てられる始末。


 親は「容姿は整っているのに、この髪と目ではもらい手がない」と事あるごと嘆いていたのをよく憶えている。


 幸いだったのは後宮に入る際、女官長が「美姫ばかりでは、陛下が飽きるだろうから」という理由で、雪鈴を寵姫として迎え入れてくれた事だ。


 だがほとんどの姫が、雪鈴を好意的に見ている訳でないのはすぐに気付いた。


 美麗もその一人で、その日も雪鈴の名を呼ばず「白の化け物」とあだ名をつけて、悦に入っていた。



――ねえ白の化け物さん、貴女は北から来たのでしょう? あちらの民は、変わった術を使うと聞いてるわ。白の化け物さんも、術が使えるの?


――いえ……。


――そう真面目な顔しないでよ。それじゃ何でもいいから、お話をして。わたし退屈してるのよ。



 散々故郷でも陰口は叩かれなれていた雪鈴からすれば、美麗の言葉など気にもならない。


 だから彼女に乞われるまま、話をしてやったのだ。


『その簪の宝玉は。道ばたに転がってるのを磨いただけの、全く価値のない偽物ですよ』と。


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