レンタル彼氏との恋はおあずけ

にこはる

第1話 魅惑の再会

 季節は12月にはいり街はざわめきたち、行き交う人々はせわしさを増している。ときおり肌を突き刺すような冷たい風が強く吹きつけていた。


「クシュン」


 眼鏡をかけなおし、家から車で30分程の行きつけのカフェに向かい車を走らせていた。時刻は15時を過ぎている。特に趣味もない私だけど、カフェで過ごす時間をとても大切にしているのだ。


 いつもの平穏な日常を滑るようにこなしている感じは、安定という怠慢で満たされている。変化に弱い私はそんな変わらない日常が、愛しくてたまらないのである。


 私は先月30歳を迎えた。髪型はショートボブ。冴えない普通の顔に中肉中背の普通の体型。彼氏がいたのはもう何年前のことだったかな。猫のクラゲを彼氏としてカウントしてよいのであれば話は別だが。


「んん〜?あんなところに新しいカフェ」


 そんな私でもたまには新しいものに心動かされることがある。新しくオープンするカフェである。当たりハズレはあるけれどそれも一期一会。なかなか面白いものである。


 とりあえず駐車場に車を止めてスマホでお店を検索。ふむふむ。先週オープンしたばかりのカフェか。店内の写真を見るかぎり、少し落ち着いた照明。なによりコーヒーにこだわった店主の顔が見えてきそうだ。手作りケーキも種類は少ないけどあるみたいだし。


 そんなに気取ったカフェでもなさそうだし入ってみるか。いつものトレーナーにGパン姿の私は、何気なくそのカフェの中に吸い込まれるように入ってしまった。


 中にはいるとカウンターの奥から白髪まじりのマスターが声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。おひとりですか?」


「はい。ひとりです」


「お好きな席で、ゆっくりとお過ごしください。ご注文が決まったらお知らせください」


 マスターはこちらににっこりと微笑みかける。私は隅っこのふたり掛けのテーブルを選択。昼間でも室内は薄暗く、優しい間接照明が映えている。


「ふぅ。とりあえず初めての注文ならホットコーヒーのオリジナルブレンドかな」


 注文をすませ薄い氷の入ったグラスの水を一口飲んだところで、カランカランと入り口の扉の音が響いた。


「ねぇリョウたんどこに座る?」


 まるで漫画の中から飛び出てきたようなスタイル抜群の女の子。ツヤツヤ黒髪のツインテールが似合うなんて女子の1割にも満たないと思う。ご自慢のスラッとした足が短いスカートからのぞいている。同性の私でも見惚れてしまいそうなキュートな女の子である。


 隣でリョウたんと呼ばれている彼氏は、こなれたスウェット姿に雪駄姿。隣をすれ違うと煙草の香りがしていた。


 ダメダメ。そんなに周りばっかり気にしちゃ。みんな自分達の有意義な時間を過ごしに来てるんだから。


 女の子が私に背中を向けて座ったので、リョウたんと呼ばれている彼と正面に向き合う形となってしまった。次の瞬間……


「あ」


 思わず声が出てしまいうつむいた。私は彼の顔を知っていた。というか、忘れられない想い出の人だったのだ。


 それは5年程前にさかのぼる。私は彼氏もできず、友達の結婚が相次いでいた。その頃の私は変化のない毎日が退屈でしかたなかったのだ。


 その日は友達と食事をしたあと、ひとりで居酒屋のカウンターで梅酒を注文。まさか、彼氏からの電話1本で私を残して帰っちゃうなんてさ。友達でしょ!ありえないわよ。これが飲まずにいられるかっての。


「ここ、隣いい?」


 お酒の弱い私はすでにほろ酔い状態。コクンと頷いた後、私はカウンターにうなだれすっかり眠ってしまっていたらしい。気がつくとお客もまばらになっていた。思った以上にお酒がまわったのかうまく立てない。


「ん。大丈夫?送っていこうか?」


 優しい彼の声と、綺麗な澄んだ茶色い瞳は、今まで出会った誰より素敵で夢を見ているかのような感覚だった。


 車に乗りこみしばらく走ると、人気のない駐車場で車は止まった。普通であれば抵抗すべき危機的状況。でもあの日の私は彼を受け入れることを許した。


 彼は突然私の眼鏡をはずし、唇にキスをした。名前も知らない、さっき出会ったばかりの男性。私は彼の首に手をまわし、キスのおかわりをねだる。彼の舌に誘導されるようにお互いの舌をからめ、思わず吐息がもれる。ずっと我慢してた欲望のかたまりが溶けだしたみたいに、彼が欲しくてたまらなかった。思わず彼のシャツのボタンに手をかけてみるがうまくいかない。


「待って」


 彼は耳元で囁くと、後部座席に移動するようにうながした。何度見ても綺麗な人。どうして私に声をかけたんだろう。薄汚れて凍えてた子猫に救いの手を差し出してくれたのだろうか。しかし、そんな冷静に脳が回転する間もなかった。


 彼の右手は、スルリとスカートの中に忍び込み、私の敏感になったところに触れる。思わず声がもれそうになり、私は左手首で口をおさえた。触れられるたび、快感の波は押し寄せ、いやらしく腰が動く。


 左手も器用に、私のシャツのボタンをあけ、あらわになった胸に彼の唇が触れる。私は彼の髪を撫で、心の中でもっともっと欲しいと叫んでいた。


 気がつくと雨は激しさをまし、周りが見えない程窓にうちつけている。


「いい?」


 私が頷くのと同時に、彼が私の中に入ったのを感じる。もぅ感じる声を我慢できるはずがない。彼の吐息が首元にかかる。彼の背中にしがみつき、何度も何度も絶頂をむかえる。こんなセックスは後にも先にも彼が初めてだった。


「そろそろ帰ろうか」


 1時間ほど快楽の夢の世界を見ていたのだろうか。いつしか雨はやみ、彼は車の外で遠くを見つめ、煙草を吸っていた。もぅ会うこともない人だと、その横顔を見ながら私は思った。


「ありがとう。もう大丈夫です。ここからは自分で帰れます」


 私はそう言い残し彼の車をあとにした。もちろん超強がり。頭はガンガンするし、この駐車場がどこかもわからなかった。もっと彼を知りたかった。でも、日常への背徳感だけが私を支配し、心の奥底にある甘い記憶としてしまいこんだのだ。


 それから何度か、彼氏とは言わずとも体を重ねた人はいたが、心が揺れることはなかった。


 というか、そのたった一度の想い出の彼が、今目の前に超絶可愛い女の子と座っているなんて。神様とは、なんともイジワルだ。


「あ〜」


 しばらくして、小さくうなずきながら彼も小さく声をあげた。


 バツが悪くなった私はカフェを出ようと考えたが、注文したばかり、あまりにも迷惑な客すぎるではないかと、思いとどまった。


────────────────────


今回は本作品の第一話を読んでいただきありがとうございます!


ひとりでも多くの方に、クスッと笑えるラブストーリーを送り届けられるように精進して参りますので、よろしくお願いいたします。

 

 

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