交渉《カーティス side》

「そうと決まれば、行動あるのみだね」


 自分に言い聞かせるようにそう呟き、僕は覚悟を決めて歩き出した────が、そうそう上手くいかない。

まあ、当然と言えば当然だが……。

だって、僕は各地の戦争に割り込み、大量虐殺を繰り返した化け物だから。

『君達を守らせてほしい』なんて言われても、直ぐに信用出来ないだろう。


 ここ数年の間に見つけた生存者達から幾度となく門前払いを受けた僕は、深い溜め息を零す。

でも、仕方のないことだと理解しているから怒りは湧いてこなかった。

あるのは悲しみと罪悪感だけ。


 無償で働こうとするから、ダメなのだろうか?

こちらにも利があり、確かな目的を持っているとなれば、少しは耳を傾けてくれるかもしれない。


 『見返りを求めないなんて怪しい』と言われたことを思い出し、僕は一人考え込む。


 これはあくまで罪滅ぼしだから、見返りなんて必要ないけど……それらしい理由を付けた方が安心出来るというなら、そうしよう。


 手に持った花束を地面に置く僕は、『放浪生活もいい加減終わりにしないと』と決意する。

何故なら────そろそろ、暗黒時代で亡くなった者達への追悼が終わるから。

かつて戦地だった場所を巡り、謝罪と花束を捧げてきた僕はそっと手を合わせる。

弔いはこれからも続けていくつもりだが、こうして戦地を回るのは今日で最後だ。


 あまり頻繁に訪れるのも、良くないからね。僕を恨む者達が、静かに眠れないじゃないか。

何より、『吸血鬼ヴァンパイアの出没する場所だから』と生存者達に敬遠されては困る。

この地もしっかり管理して、死者達を慰めてもらいたい。

立場上、僕には出来ないことだから。


 『放置されないよう気をつけなくては』と思いつつ、おもむろに立ち上がる。

かつて戦火に焼かれた街は寂れており、人の気配を一切感じない。

あるのは、朽ち果てた建物と僕が供えた花束だけだった。


「さて、そろそろ行こうか」


 誰に言うでもなくそう呟くと、僕はこの場を後にする。

『長居は無用だ』と足早に郊外へ向かい、次の目的地を目指した。

そこで、僕は────妖精族の末裔と出会う。


 人族とのハーフなのか純血ではないものの、妖精の力を強く感じる。

これなら、人々の関心を集めるのに苦労しないだろう。

この地だけ、異様に発展しているのは妖精族の末裔をトップに据えているからか。


 街と呼んで差し支えない生活規模に驚きつつ、僕は何となく事情を理解する。

世界の支配者と呼ばれる一族が中心となることで、皆をまとめ上げているのだ。

妖精族という心の拠り所があれば精神的に余裕を持てるし、一致団結しやすくなるから。

『一種の宗教に近いかもしれないね』と思案する中────妖精族の末裔であり、ここのトップである青年が口を開く。


「それで、お話というのは何でしょうか?」


 紺に近い青の瞳をこちらに向け、青年は訪問理由を尋ねてきた。

にこやかな表情とは裏腹に、探るような視線を感じる。

でも、敵意や悪意は持っていないようだった。

『僕のことを恨んでいないのか?』と思いつつ、質のいい椅子に腰掛ける青年を見つめる。


「単刀直入に言おう。君と────取り引きがしたい」


 交渉経験皆無のため直球で話す僕に対し、青年はクスリと笑みを漏らした。


「なるほど。取り引きですか。詳細をお伺いしても?」


「ああ、もちろん」


 間髪容れずに頷いた僕はこれまでの経験を活かし、見返りについて少し考える。


 軽すぎると、きっとまた疑われる。だからといって、重すぎてもダメだ。

ここは門前払いだった他の場所と違って、ちゃんと迎え入れてくれた上、交渉する姿勢まで見せてくれた……こんな機会は、もうないかもしれない。

だから、何としてでも交渉を成立させなくては。


「こちらから出せるのは、僕の戦力。実力はもう分かっていると思うけど、幾つか補足しよう。僕は暗黒時代を終わらせるために生まれた吸血鬼ヴァンパイアだから、他の吸血鬼ヴァンパイアより強く丈夫に出来ている。恐らく、僕に勝てる生物はこの世に存在しないだろう。もし、交渉に応じてくれるなら、この街を完璧に守ってみせるよ。ただ、その見返りとして────」


 そこで一度言葉を切ると、僕は真っ直ぐに前を見据えた。


「────妖精の血を定期的に提供してもらいたい」


 硬い声色で要求を伝えた僕は、テーブルに肘をついた。

そのまま指を組み合わせ顎を乗せると、出来るだけ厳かな雰囲気を放つ。

────が、内心気が気じゃなかった。

何故なら、相手の反応があまり良くなかったから。

難しい顔つきで黙り込む青年は、迷うような……渋るような動作を見せている。

恐らく、決断を躊躇っているのだろう。

即座に要求を跳ね除けられなかったのが、不幸中の幸いだろうか。


 妖精の血は見返りとして、さすがに重すぎたかな……?

数滴なら、問題ないと思ったんだが……。


 『“人肉寄越せ”より、良心的だよね?』と悩みつつ、発言の撤回を検討する。

でも、あまり意見をコロコロ変えるのも良くないかと思い、断念した。

その代わり、と言ってはなんだが……相手のリスクを少し減らそうと画策する。


「もし、不安なら血の盟約を交わしても構わない」


 『裏切りの可能性はない』と示すため、ペナルティが伴う血の盟約を提案した。

少なくとも、これで騙されるリスクはないと悟る筈だ。

『こちらの本気誠意も伝わっただろうし……』と考える中、青年はふと顔を上げる。

どうやら、結論が出たみたいだ。


「分かりました。その条件を呑みましょう。ただし、守って頂くのは────この街ではなく、近々建国するノワール帝国です。よろしいですね?」


 建国……?暗黒時代を終えてから、まだ数年しか経っていないのにもうそこまで……。


 素直に『凄いな』と感心する僕は瞠目しつつ、首を縦に振る。


「ああ、それで構わない」


「では、交渉成立ですね」


 パンッと軽く手を叩く青年は、ニッコリと微笑んだ。

かと思えば、おもむろに立ち上がる。


「細かいところはまた後日、話し合いましょう。血の盟約の準備もありますし」


 『今日はもう客室で休んでください』と告げる青年に一つ頷き、僕も席を立った。

そして、彼の厚意に甘える形で一夜を明かし、正式に血の盟約契約を交わす。

────こうして、僕はノワール帝国の守護者兼大公となり、初代皇帝の治世を支えることになった。

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