第10話
春馬くんがいなくなったことに気づいてから、世界は止まってしまったように思う。
でも、それは私だけが止まっていて、何も変わらない時間が流れているんだと、お母さんが訪ねて来て思った。
「奈央ちゃん。」
お葬式で会ったときはそんな風に私のこと見てなかったよね?
お母さんが泣きそうな顔をして玄関で靴を脱いだ。廊下を歩く私の肩を支えてソファに一緒に座った。
「奈央ちゃん、ご飯食べてる?」
食べてるよ?何食べたかは思い出せないけど。
「眠れてるの?」
寝てると思う。今朝ね、起きた時は仕事行くつもりだったよ。でもね、なんか体が辛くて、お母さんのアシスタントだからって甘えてしまった。
ごめんね。
「奈央ちゃん?お母さんの声聞こえてる?」
聞こえてるよ。右耳は相変わらずダメだけど、お母さんの声は左耳から聞こえてる。
そう、返事をしたいのに、なのに、泣くことしか出来なくて、お母さんの手が震えている。お母さん、ごめんね。
お母さんが何も言わない私を抱きしめて、背中をさすってくれた。大丈夫、大丈夫。
春馬くんと同じ、大丈夫、大丈夫。
いつのまにかソファで横になっていて眠っていた。目を開けると、部屋は暗くて、キッチンに灯りがついていた。
「お母さん。」
「奈央ちゃん。眠れた?」
リビングの電気がついて、お母さんの声が優しくて、また涙が出そうになるのを堪えて頷いた。
「スープ作ったの、奈央ちゃんが好きな坦々スープ」
なんとなく、こう言う時は胃に優しそうなのを作るのが世の中の常識のような気がしたけど、お母さんが作る辛味の強いスープが大好きだから、
「ありがとう。」
涙を引っ込めて、椅子に座った。
「熱いから、ゆっくり食べてね。」
「うん、ありがと。いただきます。」
ふーふーと息を吹きかけて、一口れんげで口に運ぶといつもより辛味が抑えられている。お母さんの顔を見ると、泣きそうだけど、優しい顔をしてた。
食べながら、涙が出た。
これ、春馬くんも好きなスープなんだ。
お母さんのレシピで何度も作ったよ。
おかわりしてくれるくらい、気に入ってたの。なんでも良く食べるんだけどさ、これはいつも以上によく食べてたの。
元気そうだった。
死んじゃいそうな感じなんてなんもなかった。
春馬くんはなんで、死んじゃったのかな。
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