第19話 旭の誕生日


家に帰ると、叔父さんが台所にいた。

紺色地に、紅い大きな彼岸花が咲き乱れている柄シャツ姿。左耳には変わらず、朱い大きな金魚が揺れている。珍しく、何か作っているみたいだ。叔父さんは、家ではほとんど料理をしない。バーで料理を作っているから、家でまで作りたくないと、以前怠そうに言っていたのを思い出す。それはそうかもしれないと納得したことも。だから、僕は叔父さんが料理している姿を見たのは、今まで一回か二回くらいだった。驚いて立ち尽くしていると、叔父さんが僕を振り向いて笑う。

「よお。菊の酢の物作ったぞ。食うか?」

「え?いただきます。どうしたんですか?」

テーブルには小鉢に盛られた、菊の花の酢の物がある。毎年僕も作っている、好物だ。叔父さんは、小鉢の隣に置いてある透明の瓶を持って僕に見せる。中には、透明の液体と、無数の黄色い菊の花びらが揺らめいていた。鮮やかな黄色が綺麗だ。

「菊酒作ったついでに作った。あと。旭、今日誕生日だろ?」

「……僕、話しましたっけ?」

今日は重陽の節句であり、僕の誕生日。でも、叔父さんにそんな話をした記憶は、一切無い。

「雅に聞いた。バカ高いテンションで電話して来たから、何かと思ったけどな」

「……なんか、すみません」

母とは、家に帰るまでの間に通話した。お祝いの言葉を貰ったが、その時叔父さんのことは話してなかったのだけれど。叔父さんはくつくつと笑う。

「気にするな。あいつの性格は知ってる」

そりゃそうだ。兄妹である。僕より知ってるだろう。叔父さんが酢の物の小鉢を持って、居間へ向かう。僕も、お酒の瓶を持って後に続く。居間のテーブルには、ご飯と味噌汁と焼き魚と青菜の和え物に煮物が既に並んでいた。

「叔父さんが作ってくれたんですか?」

「おいおい……俺が料理出来るの、知ってるだろ。作らないだけで」

「まあ、もちろん」

呆れた顔でじろりと睨まれたので、僕は頷いておく。でも、どういう風の吹き回しなのだろう。

「誕生日だからな。あばら家のラーメン食いに行くかで悩んだが、こんな飯もたまには良いだろ」

「ありがとうございます」

誕生日ではあるけど、叔父さんがそんな風に考えてると思ってなかったから、かなり驚く。叔父さんが作ってくれたものは全部美味しくて、食べ終えるのが惜しいなと思いながらおかわりした。菊の酢の物も美味しい。毎回自分で作っていたから、不思議な感覚だった。

「全部美味しいです、叔父さん」

「そりゃ何より」

叔父さんは不敵に笑った。


夕飯の後。

お風呂上がりに縁側を通り掛かったら、菊酒を飲んでいた叔父さんに呼び止められる。側に座った僕の手に、何かを落とした。

「ほれ。これやるよ」

ガラス細工の、金魚の根付。少し黄みのある朱い金魚だ。

「これ。良いんですか」

「誕生日プレゼントだな。俺とヤリハルから。ヤリハルのやつ、勇んで作ってたぜ」

僕は聞きながら、金魚に目を落とす。透明な朱が綺麗で、今にも泳ぎ出しそうだった。初めて、叔父さんから金魚の根付を貰った時のことを思い出す。

「ありがとうございます。初めていただいた金魚が無くなったの、本当に悲しかったので」

手の中の金魚が、見つめる内、膨らむように大きくなる。黄みを含む透明な鰭の向こうに、夜空が見えた。夜が水中になったようで、視界が水面のように揺れる。金魚の鰭が動いたところで、パン!と音がした。叔父さんの声が響く。

「浮かれるのも大概にしろ」

気付くと、縁側に仰向けに寝ていた。起き上がると、叔父さんが僕の手の中の金魚を見ている。前にも、こんなことがあったような。

「そっちの金魚の話な。旭を気に入ってんだよ」

僕は金魚を見る。もう、大きくなったりはしなかった。気に入られてるとかは、よく分からないけど。

「大事にします」

「おう。そうしてやれ」

叔父さんは、菊酒を煽って笑う。それを見て、良い誕生日だなと、じんわり暖かい気持ちになった。











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