第9話 呪い紙


旭の叔父・弥命は、最近調子が悪い。倦怠感と夢見の悪さが続いているだけなのだが、原因が分からず困っていた。

そんなある日の夕方。旭は家に帰って来て、門扉をくぐったところで気付く。

「紙が埋まってる……?」

足下の地面に、白い紙切れが埋まっているのが見えた。旭は気になって、その紙を掘り出す。少し汚れてはいるが白く正方形で、字が書いてある。

『御剣弥命』

「叔父さんの名前?」

旭は首を捻る。御剣弥命みつるぎみこと。弥命のフルネーム。それが記されていた。旭には、見覚えの無い字。

(何か、気持ち悪いな)

「っ!?」

そう思った瞬間、背に悪寒が走る。それと同時に紙が熱くなった。火が出てるのかと思った程に。だが、紙は燃えていない。

「熱っ、」

訳が分からなくなった旭は、とっさに紙を裂く。紙からの熱が強まった。

(熱い、でもここで止めたらダメかも)

何故そう思うのかは、分からない。熱さと痛さは続く。旭は夢中で、紙を破った。気付くと、足下には千切った紙の、小さな白い山が出来ている。

(結局、火は出なかったな)

手の感覚が無い。旭が息をつくと、煙を吸い込んだように、急に咳が出て来た。止まらない。旭は、地面に膝をつく。

「旭か?」

咳の音が届いたのか、庭の方から弥命が来た。地面に座り込み、延々と苦しそうに咳を続ける旭を見つけた弥命は、面食らう。その旭の背に、燃え盛る真っ黒な人影が負ぶさり、後ろから旭の首を絞めているのも視えた。

(おお、やべーヤツだ。てか、コイツだ)

弥命は、何かがピンときた。だが、今は旭である。涙を流しながらどんどん酷い咳をする旭を抱えて庭へ連れて行き、真ん中に座らせる。バケツに水を汲んできて、燃える火を消すように、旭へと勢い良く掛けた。背の人影は、直ぐ消え失せる。旭の咳もケロっと治まった。バスタオルを持ってきて、旭の頭へ適当に掛ける。

(もう大丈夫だろうが、)

旭の濡れた背中を、弥命は何度か軽く叩く。

「止まったか?」

弥命が聞けば、旭は掠れた咳払いと共に、頷いてみせた。ふう、と弥命は息を吐き出す。

「何やったの、旭」

旭は掠れた声で説明する。聞いていた弥命の顔は、どんどん険しくなった。門扉の方を睨んで、呟く。合点がいった。

「そうか。……なるほどねぇ。そりゃ、呪いだな」

旭を縁側に座らせ、弥命は水を渡す。飲むと落ち着いたようで、顔色も良くなった。しっかりとした声を出す。

「ありがとうございます。ーー呪いって?」

「丑の刻参りとかで有名なあの呪い、だ。誰かが俺を呪う為に、まじないの掛かった紙をあの場所に埋めたんだよ。方法も想像出来るが、もう紙も無いし面倒だし説明は省く。最近調子悪かったの、原因これだわ」

なんてことの無いように言う弥命に、旭は困惑した表情を浮かべる。

「叔父さん、呪われるようなことしたんですか?」

青い髪。黒地に、燃え盛る炎と龍の柄のシャツ。左耳に揺れる大きな金魚のピアス。今日も変わらず強さの滲む弥命の姿は、旭には敵が多いようにも、関係無く全てを薙ぎ払っているようにも見えた。

(叔父さんに呪いとか、効かなそうだけど)

旭の隣に腰を下ろした弥命は、半眼になる。

「俺が知るかよ、そんなこと。心当たりしかないと言えばそうだし、無いといえばそうだし」

「はぁ、」

「人間がいる限り、呪いなんて延々と生まれるだろ。どこで、何の恨み買うかも分からんし」

納得したように頷きながらも、旭は恐る恐る言う。

「呪いを掛けるほど恨んでる人に家がバレてるの、怖くないですか?」

弥命は、苦笑いを浮かべる。

「ごもっとも。……でもまあ、大丈夫だろ」

「何でですか?」

旭が聞けば、弥命はまた、門扉の方を見る。

「人を呪わば穴二つ、って言うだろ。こんなことしておいて、あまつさえ媒体も粉々に破られて。向こうもただで済むかよ」

(多分、“返って”るだろうな。それも込みで呪いってもんだが)

確信に近い予感があるが、弥命はどうするつもりもなかった。旭が何も言えないでいると、弥命は笑う。

「しかし、燃えるとはね。あーあーこんなに赤くなって」

弥命は、庭の水道からホースを繋ぎ、赤い旭の手を丁寧に冷やす。そして、旭を着替えさせ、大袈裟だと渋るのを無理やりに連れ出し、病院へ向かった。

結果、旭はしばらく両手に包帯を巻いて過ごすこととなったのである。

帰り道。弥命は得意気に、旭の背を叩く。

「ほらな。馬鹿に出来ねぇだろ。何かあったら直ぐ言え。旭は命の恩人だからな。助けてやる」

「命の恩人は大袈裟ですよ」

旭は包帯を巻いた手を見る。大層な日になった。呪い。破り捨てた、弥命の名の記された紙を思い出して、旭は何とも言えない気持ちになる。

(身を焼くほどの恨み、思い、か……凄いな。でも、怖いな。叔父さんを、呪うほど恨んでる人がいる)

旭は、傍らの弥命を盗み見る。ここ最近で、一番元気そうに見えた。安堵すると同時に、本当に呪われていたのかと、恐ろしい気にもなる。

(叔父さんの言う通り、どこで何の恨みを買うかは分からないけど)

自分の知っている弥命の言動が、頭の中でぐるりと巡る。それでも上手く言葉が浮かばず、旭は息を深く吐き出した。弥命が旭を見る。

「どっか痛みだしてきたか?」

「いえ。身体は大丈夫ですよ。それより。バイト先で、美味しいお菓子貰ったんですよ。帰ったら食べません?」

弥命は一瞬、目を丸くする。だが直ぐに、笑い出した。

「おう。貰うかな」

それを見てようやく、旭の気分も晴れやかになったのだ。



















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