第6話 埋めた話


夕方。

縁側に座ってぼんやりお茶を飲んでいたら、いつ現れたのか、庭先に、白い着物を着て、ガリガリに痩せこけたほぼ骸骨がいこつみたいな老人が立っている。泥棒なのか徘徊老人なのか。老人は僕に気付くと、ニタリと嫌な笑みを浮かべて近付いて来る。身体が強張った。

「青い髪の男を預かったぞ。お前の身内だろう」

青い髪。叔父さんの顔がすぐ浮かぶ。預かった、って何だ?老人は僕が答えるより前に続ける。

「返してほしくば、そこの廃寺の脇にある路地に来い」

「ちょっと、」

キヒヒ、と嫌な笑い声を残して、老人は消えた。残された僕は、老人が立っていた場所を見る。今のは何だったのか。叔父さんに何かあったのだろうか。あの叔父さんが、何かしら困った目にう、という状況は僕にはあまり想像出来ない。でも、本当に叔父さんに何かあっても目覚めが悪いし、またあの老人が来たりしても嫌だなと思う。僕に出来ることがあるのかは、はなはだ謎だけれど。僕は溜息をついて、立ち上がった。


路地に着いた頃には、完全に日が暮れていた。

来てみても、何も起きない。どうしようかと辺りを見ると、地面に矢印があり、青白く光っていた。何の確証も無いが、矢印の方へ進む。途切れることなく矢印が現れ、それを追う。あまり周りの景色を見ずに来てしまい、今どこにいるのか分からなくなって来た頃。前方から急に突風が吹いて来た。驚いて腕で顔を庇いながら周りを見ると、知らない庭先にいる。

「ここは……」

古い平屋の一軒家が見える。ザクザクと、何か地面を掘っているような音がした。近付いてみると、人一人入れそうな長方形の穴がある。音はいつの間にか止んでいて、中にはーー

「叔父さん?」

叔父さんが横たわっている。目は閉じていて、青い髪に近いほどの青白く血の気の無い顔。左耳の朱い大きな金魚は、いつもより色が薄く見えた。白地に黒い線だけの墓と卒塔婆そとばが乱立している柄のシャツを着ていて、いつもながら、なんという柄のシャツを着ているんだと思う。見た目には死人のようにしか見えなくて、僕は叔父さんへと手を伸ばす。穴の中へ身を乗り出したら、不意に後ろへと身体を引かれた。

「ーー旭。俺はこっちだ」

振り向くと、穴の中の叔父さんと全く同じ格好の叔父さんがいた。不敵に笑うその様子は、まあ、ピンピンしている。

「叔父さん」

叔父さんを見ながら息を吐き出したら、ガクンと衝撃を受けた。後ろから何かに腕を強く掴まれ、穴の中に引っ張り込まれそうになる。

「う、わ、」

「誰もオメーの為には来てねぇよ」

ガゴン、と鈍い金属の音がした。叔父さんが、片手で僕の腕を掴み、もう片方の手でシャベルを僕の後方へ振り下ろしたのだ。それで掴んでいた何かは離れ、僕は反動で叔父さんの方へと倒れ込む。叔父さんは僕から手を離し、穴の中を覗き込んだ。

「最期まで面倒くせぇヤツだな」

僕も起き上がり、叔父さんの隣で再び穴を覗く。ガリガリに痩せこけた、ほぼ骸骨がいこつみたいな老人がいた。この人。

「さっきの、」

庭先に来たあの老人。呻き声を上げ、恨めしそうに僕らを見上げている。

「さっきの?」

叔父さんは彼を射殺いころさんばかりの目で睨んだ後、僕を見た。怖い。

「旭、何でここにいる?」

不思議そうな声の叔父さんに、僕はこれまでのことを説明する。叔父さんは、僕を見た。眼光の鋭さは、心なしか緩んでいる。困ったような、それでいて何か喜んでいるような、よく分からない表情に、僕が困った。

「叔父さん?」

「なるほどねぇ……」

何がなるほどなのか。聞こうとしたら、穴の淵に白過ぎる手が掛かったのが見えて、言葉が止まる。

「この男が駄目なら、この小童こわっぱをと思ったのに」

恐ろしく低い声が、穴の中から悔しさを滲ませて響く。這い上がろうとしているのだろうか。僕の視線を追い、叔父さんもそれを見る。見ながら、言った。

「旭。そこの縁側に白い壺が置いてあるから、取って来てくれ」

「えっ?でも、」

土を鷲掴む手から目を離せずにいると、叔父さんは笑った。

「大丈夫。直ぐ分かるとこにある」

訳が分からないまま、僕は立ち上がった。思わず駆け出して、すぐ側の縁側に向かう。叔父さんの言う通り、白い壺は目につく所に置いてあった。というか、これって……。

「骨壺?」

そう思うと急に触れるのが怖くなってきたが、もっと気味悪いものを見てしまった後なので、平気に思えてしまう。泣く泣く、それを抱えた。僕は一体何をしているんだろう。また駆け足で戻ると、叔父さんはシャベルを肩に担いで穴を見下ろしていた。無事でホッとするけど、ここだけ見たら相当不穏な絵面である。

「叔父さん、持ってきました」

「おう。サンキュー」

叔父さんに指示され、穴の側に壺を置く。僕はそのまま、無言で叔父さんの背後へと追いやられた。

骸骨がいこつ野郎が。こっちが黙ってやってりゃ、調子に乗りやがってよ」

背が冷えるような、低く冷たい声。怒気。叔父さんは何の躊躇いもなく、白い壺へとシャベルを振り落とした。壺は粉々になる。途端、地の底から響くような声の断末魔が、穴の中から轟いた。肩がびくりと震える。叔父さんは全く動じず、粉々になった壺の欠片を全て、穴の中へと落とした。僕はまた穴の中を覗く。

「あれ……?」

あの老人がいない。叔父さんを振り仰ぐと、人一人った後みたいな目で笑っている。

「安心しろ。最初から、生きてる人間はここには入ってねぇから」

いや、そういうことではないんだけども。

「はぁ、」

叔父さんはもう何も言わず、黙々と穴を埋めた。僕は、ただぼんやりとそれを見守る。そう言えば、ここは一体どこの家の庭先なんだろうか。見ている内、空いていた穴は無事埋め直されていく。地面には何の変化も無い。

「叔父さん。ここ何処なんですか?」

叔父さんは息をついて僕を振り向く。左耳の大きな朱い金魚が、揺れた。

「ここか?往生際の悪いヤツがいた家だよ。それも今終わったけどな。ったく、性根が悪い」

「どういう意味です?」

叔父さんはシャベルを地面に突き立て、そこに肘を乗せて怠そうに立った。

「俺を上手いこと取り殺せないんで、旭を誘い出したんだよ」

それはつまり。

「僕を殺そうとしてたんですか?さっきの人」

「そんなとこだな」

軽く言ってるけど、急に物騒な話になった。

「叔父さんは大丈夫なんですか?」

「俺は最初からピンピンしてるよ。ご覧の通り」

来ただけ無駄だったのだ。むしろ、下手したら僕が死んでたのである。僕は叔父さんから視線を外して、庭を眺める。やけに彼岸花の多い庭ということに、今更気付いた。紅い花たちが、風にそよぐ。

「叔父さんは、何でここにいたんですか?」

「俺か?頼まれたんだよ。厄介なもん埋めるの手伝えってな。死体だったら警察呼ぶぞ、って言って来たらこれだよ。マジで厄介だった」

誰に頼まれて?とか何が?とか、いろいろ疑問は浮かぶけど、もう穴は埋まっている。終わったのだ。分からない内に。ならもう良いかと思い、それ以上聞くのは止めた。

「僕、気付いたら此処ここに来たんで、帰り道知らないんです。一緒に帰りたいんですけど」

叔父さんは帰り道を知っているだろうけど、一人でこのまま何処どこかへ行きそうだから。帰れないのは困る。無言だったから不安になって叔父さんの方を見ると、叔父さんは真っ直ぐ僕を見ていた。いつか見た、夜に見る水みたいな色の瞳。暗いけど綺麗で、僕はまた、吸い込まれそうになる。それを押しとどめるように、何とか声を出した。

「叔父さん?僕、こんなところに置いて行かれるの、嫌ですよ」

重ねて言ったら、叔父さんはようやく頷いた。

「ああ、一緒に帰るって。こんな重労働させられてクタクタだし、早く行こうぜ」

それは僕は知らないのだけれど。叔父さんはシャベルを担ぎ直し、僕の肩をポンと叩いて先を歩き出した。僕もそれに続く。

「なぁ」

前を向いたままの叔父さんの声だけが、僕に向かって来る。

「なんですか?」

「本当に俺が捕まっててヤバかったら、どーするつもりだったんだ?」

質問の割に声は楽しそうだった。からかわれている。聞きながら、その答えはここに来る時も少し考えていたなと思い返す。

「……さあ。実際に、叔父さんを見てから考えてたと思います。叔父さんが困ったことになるところなんて、あんまり想像つかないですから」

「そうかよ」

叔父さんは、声を出して楽しげに笑った。笑い事じゃない気もするけど、あんまり楽しそうに笑っているから、結局、僕も少しだけ笑った。




























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る