第3話 帰り際
叔父さんの滞在中、僕は結構その耳元を目で追っていた。大きな金魚のピアスが、涼しげに揺れているから。ガラスなのか、透明な朱色は大きさの割に圧を感じない。耳の周りだけ水があって、泳いでいるように見えた。
「んな気になる?これ」
相変わらず、深夜のぼやけた縁側で、叔父さんはビール片手に庭を見るとも無しに見ている。今日は、紺色地に紅い大きな彼岸花が咲き乱れている柄シャツ姿。良いな、とは思うがセンスも神経も真似出来る気がしない。叔父さんの手が、金魚を揺らす。声だけは背後の僕に向いていて、言葉に詰まった。
「生きてるみたいで」
何とも返事に困る返しをしてしまった。叔父さんはくつくつと笑う。
「見る目あるな、
「どこで買ったんですか?」
叔父さんはビールを一口煽る。
「ハンドメイド作家の友人から」
「えっ、」
思わず叔父さんと金魚を二度見する。そんな交友関係はありそうに無い人だと思っていた。
「今失礼なこと考えてるだろ」
ようやく振り向いた叔父さんは、じろりと僕を睨む。青い髪が月の光を吸い込んで反射している。わざとらしい溜息をついて、叔父さんはまた庭へ目を戻した。
「見た目やべーけど腕は確かだから、そいつ」
絶対叔父さんに言われたくは無いだろう。叔父さんだって、やべー部類に入っていると思う。
「ま、褒められて俺も悪い気しねぇし、そんなに気に入ったならこれやるよ」
ポケットを雑に漁り、何かを取り出した。振り向いて、僕の手に落とす。
「ーー根付け?」
若干黄色みが強い朱色の金魚。叔父さんのより一回り小さいけど、存在感はしっかりある。赤い紐に小さな鈴と一緒に揺れていた。見れば見るほど、泳いで行ってしまいそうな。
「買い取りますよ」
「気にすんな。甥っ子がすげー気に入ったって言えば逆に喜ぶ。アイツチョロいから」
酷い言われ様である。まだ何となく悪い気がしたけど、お礼を言って金魚を夜に翳した。月に重なる。まるで、金魚が月を飲み込んだみたいな。その身体が僕の手から離れて、大きく膨らんで見える。いつの間に。まるで僕でも乗れそうでーー
「おい、喜ぶのも大概にしろい」
叔父さんの声と、パン、と拍手みたいな音。
「あれ?」
気付くと、金魚を翳したまま床に仰向けになっていた。
「気に入ったからって、本性出すまで浮かれやがって」
「ええと、」
起き上がると、叔父さんは不敵に笑った。
「お前じゃない。そいつの話な」
叔父さんが指差したのは、受け取ったばかりの金魚。僕はもう一度金魚を見る。やっぱり泳ぎ出しそうだった。またじっと見ていたら、目の前にしわくちゃな紙が飛び込んで来る。
「明日帰るから。それ、俺の連絡先」
「連絡先?」
「それ作ってるやつのネットショップ教えてやるよ。あと、俺の名前知らないだろ、旭」
「知ってますよ」
普通に答えれば、叔父さんは意外そうに目を丸くする。こんな目もするんだと、人間らしくて少し驚いた。
「頑なにおじさん呼びだったから何も知らないのかと思った」
「そりゃ……叔父さんでしょう。僕の立場からだと」
母さんの兄。叔父さんである。
「まあ良いや。お前も遠路はるばるご苦労ご苦労」
怠そうに叔父さんは立ち上がった。
「ありがとうございます。
緩々と立ち止まった叔父さんは、また怠そうに片手を上げて廊下の向こうに消えて行った。
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