第55話 思っていること
「それにしても、波野さんは少しも驚かなかったですね」
それまで二人の話を聞いていた沖水が待ってましたとばかりに確認を取りに来た。
「ああ、俺もそのことに驚くな」
「え? 何のこと?」
「いや、サワの正体とか、沖水の力とか、あのでかいコブダイ見ても、さほど驚いてなかったし。触手攻撃みたいなことされたわけだから、怯えてもいいっていうか」
「うーん。驚いたし怖かったけど、福浦君も中学の時から突拍子もないことしてたから、慣れてたのかも」
「洋介も役に立つんだな。変人なりに」
「そうだね」
――認めるんだ×2
雪花の迷いなき即答に謙吾だけでなく、沖水も同じ心象になる。
三人の上空に、ガッツポーズを決める洋介そっくりな雲が浮かんでいたが、二人は知らないだろう。なぜなら沖水がそれに気づいて消してしまったから。
「私には知らないことたくさんあるから。生き物もいるのかもって。ほら、ダイオウイカとかカグラザメとかユウレイイカとかニュースにもなってたし」
「なるほど。そういうことですか」
ディスプレイを見つめてから、沖水はスカートのポケットにスマホをしまった。
「どうしてあの指令になったのか、ようやく分かりました」
「あの指令?」
「はい。私は容赦なくお二人の記憶消去が来てもおかしくないと思っていました。上もあいつをためらいなく消すこともできたでしょう。ところが、来たのはさっきのです。あいつの能力を考慮に入れても、ある意味寛容な指令です」
「何か不都合でも?」
「不都合ではありません。波野さんがそのような考えであるならば、あの指令になってもおかしくはないと。もちろん謙吾さんもそうですが」
「いや、よく分からんのだが」
「どうやら地上に来ている先輩の中で、お二人のことを気にかけて、もといよく知っている人がいるのかもしれませんね」
「そんな知り合いいねえ……とは言い切れないのか。すっかり人間社会に溶け込んでいれば、見分けなんて俺つかねえし。サワとか沖水とかと違って」
「そう言うことです。もしかしたら、波野さん自身が気づいていないだけで、海の使者かもしれません」
「え? 私? どうしようかなあ。そしたら何ができるんだろう」
「冗談はほどほどにしておいてやれよ。真に受けるだろ」
「さあ? 私にも及びもしないことはたくさんありますから」
「じゃあさ、サワ……つうか人魚が正体を人間にばれると泡になる理屈っていうか、体質っていうか、そういうのも分からんのか? サワは社会的云々とかも言ってたけど。そんな生物地球広しと言えども、他にいるのか?」
「人魚が正体を人間に晒した際には、先ほど言ったような機関が判断を下し、その決定で体質に変化を生じます。以前はかなり厳しくしておりましたが、徐々に緩和はされてきているはずです。私の種の正体がばれたのは前例のないことですが、この件は不問でしょう。理由は謙吾さんなら分かりますよね?」
――俺は沖水の正体を見たわけじゃないからな
謙吾は答えを口にしなかった。雪花も問おうとはしなかった。
「私達がこのように姿を変えられるようになったのを進化と言い切っていいのかは断定できませんが、人間とのすみわけにそういう形質になったとも言えなくもありません」
「いや。人間、海に住めねえだろ」
「だから、今のは単なる屁理屈でしかありません。どうしてそうなのか。私にも分かりません。同じようにあいつの種特有の性質なりが根本にあるのでしょう。それを克服するために、今あいつは仕組みを開発しているのかもしれません。種の因縁を超克する。そんなことができたらそれこそ進化なのかもしれません。だから、今回の処置は寛大だったのでしょう。種全体があいつに期待しているのかも。それが種の保存にとって必要不可欠だから。それだけ海の中の生活も変容してきているということです」
「壮大だな。そしたら、この地上もきっとそうなんだろうな。壮大過ぎて分かんねえが、まずは大学行くのが当面の目標にしないと」
「私は落ちないように必死で勉強します」
雪花には難しい話だったようで、ひとまず今勉強しなければならない結論でまとめる。
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