第19話 波野雪花は電話中でも妄想する
雪花は、雲の上にいるかのような弾み方をしながらベッドの上でスマホを耳に当てていた。相手は真澄である。ちょうど宿題が終わったとのことで、話しに乗ってくれた。
「龍宮君を取り巻く環境が急変しているジス・サマーで、改めて距離を縮めるチャンスなんじゃない」
からかいなのか助言なのか、そんなことを言われるものだから、今晩のことをかいつまんで話をした。
「変なこともあるのね、さすが夏ね」
「私はてっきり福浦君かと」
「確かにマジックはあいつの趣味だけど、さすがにそんなことできないわよ。てかさ、それって、ユキの想念が生み出した怨霊とかなんじゃないの」
「それは、否定したいのですがね。そんなに私は六条御息所ではないはず」
雪花は古文が得意である。なので「源氏物語」で生霊化した登場人物を例に挙げたものの向こうの声は完全スルー。
「でも、どうして沖水さんはずぶ濡れだったのかしら。もしかして、ユキが卒倒している間に、龍宮君とよろしくダイビングしてたりして」
「……」
「冗談よ。サワさんもいたんでしょ。それに彼、そんなことできる度胸ないだろうし」
「……」
「何? 怒ってんの? さっき私が言ったこと」
雪花の無反応に、少しからかいすぎたかと、真澄が懸念を示した。しかし、それはあっさりと杞憂だったようだ。
「……ちゃった」
「え? 聞こえない」
「抱きしめられちゃった」
「……それ妄想?」
「現実です! それに手を繋がれて」
「へえ、結構男らしいとこあるのね」
「守られちゃった。フフ……」
「ユキ?」
「へへ」
「何、気味悪声出してんのよ」
「ちょっと思い出しちゃって。抱きしめられた時の龍宮くんの身体の肉質や匂いなんかを」
「……」
「真澄?」
旧友の話を聞いて、耳から離したスマホを真澄が変な目で見ていることなど、雪花には想像できないであろう。浮かれ気分ならまだしも、ガチで没入してしまうのなら、友人として咎めるしかない。
「ユキ、あなた変態じゃないわよね」
「変態じゃないです! でも、良かったなあ。あの感覚」
「じゃあ、明日朝っぱらに、もう一度抱きしめてくださいって言ってみたら?」
ほっとしたのなら、いじりを再開するに限る。
「できるわけないでしょ」
「分かってるわよ。けどさ、あなた、龍宮君とどうなりたいの? ま、当然彼女なんだろうけど」
「え? 恋人? 私と龍宮君が恋人? 龍宮くんが私の彼になるの? 本当に?」
「私に訊くな。そんな好きな感情に酔っている状態で大丈夫なの?」
「否定できません」
「このままクラスメートの一人でいても、告白して振られても、あなたが龍宮君の恋人ではない、という現状に何の変りもないけれどね」
「どっちにしろ、落ち込むね」
「でも、彼女になれば、この現状は変わるのよ、劇的に、飛躍的にね」
「でも他の龍宮君を好きな子に恨まれます」
「じゃあ、他の子と龍宮君がくっついて、あなたは恨まないの?」
無言が返答。そんなことを雪花は考えたくもなかった。
「ご満悦に浸った夏の思い出もいいけど、あなた宿題やんなくていいの?」
「は! ヤバい。じゃあ、真澄、ありがとう。明日ね」
現実に引き戻され、電話を切った。やれやれといった具合に、まるで孫を見るようにして、
「あなたは私と違って叶う望みのある恋をしているんだから」
とつぶやいている真澄のことなど想像もせず、教室から取って来たプリントと対峙した。
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