ep■■.神に仕える老女は語る
■後神暦 ????年 / ?の月 / ?の日 ?m ??:??
――古都アルテスタ 自由市場
今日から年に一度の収穫祭が始まる。
豊穣神ノートスへの感謝と翌年の豊作を願う、古くから行われている大切な行事。
祭事の間、教会も礼拝堂を解放して、シスターたちが料理を振舞う。
古都と呼ばれるこの街は、その昔、芸術の発祥地として今以上に有名だったらしい。
それは脈々と続き、今は芸術家の
そんな歴史あるこの街も、滅亡の危機があったことを私は忘れない。
あのことがあったから、かつて芸術だけの街から自立した街へ、今もこうして実りに感謝し、穏やかな時間を過ごすことができている。
コレを見ると今でも鮮明に思い出せる…
私がそれを調理していると異国の商人と思われる男が声をかけてきた。
「シスター、変った食感と甘みの焼き菓子ですね」
「えぇ、街の特産品を使っているんです。これは街を救った食べ物でもあるのですよ」
「へぇ~、もし良かったら詳しく教えて頂けませんか? こう見えて自分、物書きでして」
商人と思ってたのは私の勘違いだった。
この歳になっても人の本質を見抜けないとは、つくづく変わっていないのだと、情けなくもどこか嬉しく思う、私はあの頃の気持ちを忘れたくないのだ。
彼にあの時のことを語ろう、私が出会った奇跡の話を。
「私がまだ、神に仕えて間もない頃です。イゼルランド全体を飢饉が襲ったのです。それは何年も続き、民は飢え、道に力尽きた者を見ない日はない程でした」
「それは…なんとも……よく持ち直せましたね」
「はい、元々、食料を諸外国から買っていたこの街は滅亡手前でした。
物価はどこまでも上がっていき、あっという間に庶民には手を出せない値段になりました。
このまま、飢えて皆死ぬ、そう思っていましたが、ある少女がもたらしたこの食べ物で街は救われたのです」
「まるで御伽噺みたいだ」
正に物書きの方の言う通り、御伽噺の一節にありそうな話である。
私は「そうですね」と彼に同意し、話を続ける。
「その姿もどこか浮世離れしていました。
美しい少女なのに少年のような話し方、真っ白な肌と髪、そして銀の瞳。
ですが、纏っていたのは真逆で真っ黒なモーニングドレスでした」
「まるでそこに飾られてる絵みたいですね」
「はい、当時の私もそう思いました。種族も猫人族、御使い様かと思ったくらいですよ」
芸術に疎い私でも知っているほどの巨匠、ラルゴ伯。
印象画の父とも称される彼の初期を代表する大作『豊穣神の愛娘』。
通常では劣化しても仕方のない歳月を経ても修復いらずの奇跡の絵画。
そこに描かれている少年のような服を纏った長髪の少女、それは彼女にそっくりだったのだ。
「少女は教会に寄贈されていたこの絵を哀しそうに眺めた後、私にスープを飲ませてくれて、ゆっくり、ゆっくりと柔らかいパンを食べさせてくださったのです」
「その後にコレを?」
物書きの方も興味津々、といった様子だ。
私は頷き、彼の目の前でそれを切りながらその後を語る。
「その通りです。
この作物は成長が早く、少女の知る地域でも飢饉を救った食べ物だったそうです」
「気になっていたのですが、それの名称はなんなんでしょうか?」
「”愛娘の贈り物”です、街ではムスメイモと呼ばれいます。
ただ、少女は『僕の世界ではサツマイモって呼ばれていたよ』と仰っていました。
不思議ですよね、まるで別の世界を知っているような口ぶりでした」
「もしかしたら、本当に知っていたのかもしれませんね」
突拍子もない話だが、もしそうだったとしても私は納得するだろう。
それくらい、あの少女は隔絶した雰囲気を纏っていたのだ。
「少女は私を連れて街を周りました。
どこから持ち出したのかは分かりませんでしたが、山のような食料を配ってくださったのです。
それも『皆が元気になるから』と仰ってバイオリンを弾きながら歩いていたんですよ、ふふ」
「どんな曲を演奏されたんですか?」
「古い曲です。この国では有名ですが、マエストロ・アンダンテの”翼ある音”。
二部構成とも言われている曲でして、悲しげな前奏から希望のある最後へと変わっていく楽曲です」
「ほぅ、それは聴いてみたいですね」
「えぇ、収穫祭では必ず演奏する者がおりますから、是非聴いていってください。
少女の話ですが、彼女はその曲の後半を弾き続けていたのです」
音楽家に造詣が深かった父から何度も聞かされた悲劇の天才、アンダンテの逸話。
神に呪いを受け、命を捨てようとした彼女を救ったのが
ラルゴ伯が呪いを解き、後に夫婦となった二人だが、それは彼らの出会いを美談とする創作ではないかとの説もある。
しかし私は事実なのだと信じたい。
あの少女のように、この世界に奇跡は実在するのだから。
その後も私は物書きの方へ経験した全てを語り、彼もまた創作意欲に満ちた様子で去っていった。
私は語っていく中で思い出したことを振り返る。
街を周る最中、『やっぱり上手に弾けないね』と哀しそう笑った少女は後にこう続けていた。
――ねぇラメンタ…
それは古い友人を悼むような口調だったと覚えている。
ラメンタ、それはマエストロ・アンダンテのファーストネーム。
しかし彼女が生きた時代は1500年以上前のこと…
「本当に…豊穣神の愛娘だったのかもしれないですね……」
叶うならもう一度、あの少女に会いたい。
きっと彼女は変わらない姿で私に微笑んでくれるだろう。
【教会に訪れた少女 イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093076453492645
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