Another side.迷える者1

ファルナ視点になり、時系列が戻ります。

[ep5.狂信者3]で砦から蹴り落とされた数時間後から、

[ep11.城塞都市オーレリア3]にてメルミーツェを救出に来るまでの話になります。

――――――――――――――――――――


■後神暦 1325年 / 夏の月 / 地の日 pm 06:30


「げほっ! ハァ……ハァ……――ここは……ルアンダル砦か……?」


 見覚えがある、昨日陥落させたルアンダル砦で間違いない。

 砦の桟橋に引っかかりこれ以上流されなかったのか……それにしても随分と流されてしまったか。


 沈まぬように鎧を脱いだところまでは覚えているが途中で気を失ったのだろう、それ以降の記憶がない。しかし、こうして生きているのはきっと女神の思し召しだろう。



「一度戻らねばならないか……おのれ異教徒……」


 不甲斐ない……

 女神の意を執行する使徒として送り出してくださった司教様、

 未熟なワタシに様々なことを教えてくださった司祭様、

 幼いころより面倒を看てくださった助祭様方、


 このままでは皆様に合わせる顔がない。


 女神エストはあまねく人々に救済と悔悟かいごの機会をお与えになる。

 そして女神を信仰する者はみな平等であり、過ちを悔いる時に遅きはない。


 奴隷の使役とは、人を獣と同じように扱い、尊厳を踏み躙る、慈愛を尊ぶ女神の教えとはかけ離れた行為だ。救世主が救う街にそんな悪が在るはずがない。


 しかし、何故だ……あの異教徒の少女の言葉が頭から離れない……



――『自分の目でもっと街を見てみなよ、それで僕の言ったことを思い出して』



「……そんなはずはない、そんなはずはないんだ!!」


 ワタシを惑わす言葉を振り払い、桟橋から砦を抜け外に出た。

 そこには無数の骸が横たわっている、昨日の戦いで逝ってしまった者たちだ。


 生きて過ちに気づくことは叶わなかったが、どうかこの者たちの魂に悔悟かいごの機会と、その先に平穏が在るようワタシはかしずき祈った。


 すぐにでも共に戦った仲間と合流をしたいが、旗以外全ての装備を失った今は一度街へ戻らなくてはならない。

 祈りを済ませたワタシは日の暮れた草原を進み、オーレリアに着くころには日も変わり、夜も明けていた。



――翌日 オーレリア市街


 昨夜は疲労からその日は眠り続けてしまった。

 早朝、まだ眠っている街を鳥の囁きを聴きながら街を歩く。


 ジェイル様が用意してくださった宿は寝具も柔らかく快適だ。

 快適過ぎて、清貧を尊ぶ神殿とは違いに、どうにも落ち着かず、寝続けた身体を起こす為にも澄んだ空気を吸いに外に出て今に至る。



「仲間たちの安否が気がかりですが、鎧も旗もないワタシを兵士さんたちは気づいてくれるでしょうか……」


 流石に街中を旗を持って歩くのは通行の迷惑になると部屋に置いてきた。

 しかし、一瞥ではどこにでもいる村娘の自分が軍事関係の建物に入れるか、今更ながら不安になってきた。



「そもそも、こんな早くに伺うのは非常識ですから、少し街を回って時間を潰しましょう」


 問題を先送りするように自分に言い訳をし、街を散策することにした。


 思えばオーレリアは知らないことばかりだ。


 実際に街にどんな建物があるか、

 人々はどんな生活をしているか、


 着いて早々に出陣せずにもっと見て回るべきだったかもしれない。



――『自分の目でもっと街を見てみなよ、それで僕の言ったことを思い出して』



「違う……ワタシは惑わされない。貴女の言葉に動かされているワケじゃない」


 不意に過る言葉を打ち消すように小さく独り言を呟く。


 神託を授けてくださった女神に、間違いがあるはずがありません!!

 教義を学ばせてくださった神殿に、間違いがあるはずがありません!!


 でもどうしてあの少女の言葉が頭から離れないのでしょう……

 ワタシは何らかの呪いにかかってしまったのしょうか……?


 当てもなく街を歩いていると、見覚えのある広場に出た。

 なるべく知らない道を歩いていたが、多くの路地はこの広場に繋がっていたようだ。


 ここはオーレリアに到着してすぐに住民に女神の教えを説いた場所。

 そして賛同する者たちが武器を取り立ち上がった場所。


 多くの者にエストの威光が伝わったと実感したあの時の喜びをワタシは決して忘れない。



「そうです、間違いなどない。ワタシは何を迷っていたのでしょうか」


 みなで女神の名の元に奮起した光景を思い出し、心機一転したワタシは晴れやかな気持ちで街の散策を続けた。


 神殿の外の世界をあまり知らずに生きてきた。

 しかし、幼いころから教わってきた教義に間違いなどなかったのだ。

 それを体現したこの街の出来事にワタシの迷いは消えた。


 ワタシはもう惑わされない、もう迷うことなどない――!!


 …

 ……

 ………


「――迷いました……」


 意気揚々と知らない道を進み過ぎました……ここはどこでしょう……?


 宿泊している場所から丁度反対側の門の近くでしょうか。

 雰囲気から何を作っている建物が多いような気はしますが……

 これは助祭様が教えてくださった工場街、というやつでしょうか?


 大きな建物が並び、影になった路地には日の光も薄っすらとしか届かず、陰鬱な印象を受ける。

 建物からは金属を叩く音や、罵声のように乱暴な言葉が聞こえてきた。

 揉め事かと止めに入ろうとしたが、助祭様に教わった外の世界の話を思い出し踏み止まる。


 職人とは気性も荒く、常に怒っているように見えるが、その実、こだわりが強く、誠実な人たちなのだと、きっと彼らも真剣だからこそ言葉に熱が入ってしまうのだ。



「危うくお仕事の邪魔をしてしまうところでした……」


 自らの行いを反省し、少しの好奇心から工房と思われる建物の窓を覗いた。


 そこには魔人族ワタシたちとは別の種族の者たちが武具に何かを塗っていた。

 彼らは一様に瘦せ細り、虚ろな目で体調も悪そうだ。


 教わった話との乖離かいりに戸惑っていると、口元を布で覆った一人の魔人族の男が働いている他種族の者を殴りつけた。


 倒れた者は立ち上がれずにうずくまっている。



「なっ……!?」


 信じられない光景に愕然としていると、偶然通りかかった兵士がワタシに声をかけてきた。



「もしかしてファルナ殿ではありませんか?」


「は、はい、そうです」


「やっぱりそうでしたか! 守備の任で貴女の隊に参加ができませんでしたが、あの日の演説には感動しました。ところで、どうして工場街こんなところにいらっしゃるのですか?」


「……道に迷ってしまって。

あの、この建物で乱暴をされている人がいるのですが、止めなくて良いのでしょうか……?」


 職人の何たるかを知らないワタシは、窓の中の光景が常識的なものなのか線引きができず、話かけてくれた兵士に窓を指を指し意見を求めた。


 兵士は窓を覗き込み、さも当然のことのように笑顔で答える。



「あぁ~、あれは良いんですよ。

あの武器や鎧に塗布している保護剤は魔石由来のモノで、乾燥の工程で揮発性の毒を発生させるんです。だからアイツらはどうせその内死にますよ。でも確かにファルナ殿の言う通り、雑に扱って寿命を縮めるのは良くないですね、資源は有限ですから」


「なっ……!? でも彼らにも悔い改める機会を与えるべきではないですか!? いくら異教徒でも女神に救いを求めることは許されるはずです!!」


「いえいえ、あれはだからいいんですよ~。

 あ、申し訳ありません、そろそろ巡回に戻らなくては……お話できて光栄でした! それでは」


 あまりの衝撃に兵士を追うことも、建物に踏み入ることも出来ず、その場に立ち尽くしてしまった。


 神殿でこんなことは教わっていない……



――『自分の目でもっと街を見てみなよ、それで僕の言ったことを思い出して』


 また少女の言葉が頭を過る……



「女神よ、ワタシは間違っていたのでしょうか……?」



 ワタシは心の中で女神への祝詞を繰り返した。


【ファルナ(通常) イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818023213756869651

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