第16話 帰還
そうは言ったものの、もう既に体はボロボロ。全身に痛みが走るが、なんとか立っているという状態。
「琴音!」
一時避難していたヴァイスが私を心配して飛んできた。その顔に不安がにじみ出ている。
「大丈夫……、私はまだやれるから……」
「……逃げた方がいいよ」
ヴァイスが今までになく真剣な声で話す。私を諭すような、憐れむような。
「……策はあるよ」
「琴音なら……、できるさ」
視線を交わし、互いに頷く。ヴァイスは再び飛んでいく。私はグルーンに向けて大声で叫んだ。
「まだ……、負けたわけじゃないんだから!」
シュバルツの先を向ける。その金色の輝きはまだ褪せていない。
「あらそう……。少しは楽しませてよね!」
グルーンは光線銃を構え、機銃掃射する。
もう弾速は見切った。左右に動き回ってひたすら避ける。
「避けるだけかしら?」
何を言われても私には関係ない。策がある。これがうまくいかなければ命に危険が及ぶが、賭けるしかない。
光線銃が当たって後ろのビルは倒壊寸前。今だ。
後ろを振り返って、地面にシュバルツを突き刺す。
「【地割れ】!」
地面にヒビが入る。そのヒビは次第に広がり、ビルの地盤を破壊した。コンクリートが崩れる爆音が鳴り響く。大量の瓦礫が落下してきた。その一部はグルーンの側にも及ぶ。
「何なの!?」
グルーンは一瞬怯んだ。一瞬の隙を見逃さず、隣のビルの陰へと逃げ込む。
ビルは完全に崩壊し、瓦礫の山と化した。
「くそっ! あいつはどこ行ったの!?」
私は壁に背中を付け、息が整うのを待っていた。グルーンが悔しがるが後の祭り。それを横目に、自然とガッツポーズをしてしまった。
「琴音……、今すぐ本部に戻って治療するからね! 【ワープ】!」
意識が遠のき、明るすぎる真っ白な光に包まれていく。
☆
「う……ん?」
目を覚ますと、そこは医務室だった。身体中に包帯が巻かれている。私は生きていた。
「目が覚めたかい?」
「うん、なんとか……」
医務室のベッドの上で体を横たえたまま返事をする。
「奈々美と瑠夏はまだ任務中だ。そろそろ司令官さんが来るはず……」
ちょうど医務室のドアが開く。ローブをはためかせ、早足で司令官さんが駆けてくる。
「目が覚めたみたいだな。体の調子はどうだ?」
「はい、少し良くなりました」
「そうか、よかった……」
安心した表情の司令官さん。私もそれを見て安心した。
「戦いのことについて、後で聞かせてくれないか? もう少し体調が戻ってからでいい」
そう言って司令官さんは部屋から出ていく。休むのに邪魔になってはいけないから、と。
☆
「では、敵の情報を聞かせてくれたまえ」
「はい」
私はベッドに座ったまま話し続ける。
「彼女はグルーン・サイエンスと名乗っていました。毒を使った戦いが得意です」
などと戦闘時のことを思い出し、全てありのままに語った。
「ふむ、なかなかの強敵だったな。エンデ・シルバー幹部と戦って生還したのは君が初めてだ」
「に……、逃げてしまったんですけど……」
「逃げるのも一つの勇気だ。生きて帰ってこれただけで、君の功績は大きい」
司令官さんは私の目を見て言った。私は思わず涙ぐんでしまった。こんな私でさえ褒めてくれる……。
「よくやったな……」
司令官さんは私の肩に手を置いて言った。私は何も言わず、ただ頷くことしかできなかった。喋ったら涙が溢れそうだった。
「司令官さん……。私、これからも頑張ります!」
私は勇気を振り絞って言った。
「そうか、頑張ってくれたまえ」
司令官さんは軽く微笑むと、部屋から出ていった。
司令官さんが去り、完全に静かになった医務室。しばらく目をつぶっていると、一つ気がかりなことを思い出した。
「そういえば……」
ずっと疑問に思っていたことがある。
「エンデ・シルバーって本当に世界征服を狙ってるのかな……? ヴァイス?」
「どういうことだい?」
「私と同じくらいの歳の女の子が世界征服なんて、なんか変だよ」
高校生が悪の陣営に味方するなんておかしい。きっと何か理由があるのだと思う。私と同じように、人生がうまくいっていなくて、絶望した人たちが悪に染まる。そんなものを予感して、背中に寒気を感じた。
「それもそうだね……。まあ、悪い人たちの考えることなんて分からないよ」
「うん……」
今度、グルーンに会うことができたら。その時はじっくりと話し合ってみたい。悪の組織に入った理由、その組織で何をしたいのか。
そんなことを思いながら、私はしばらく医務室のベッドで休んだ。
魔法少女司令部は地下にあり、窓は一つもない。人工的な冷たい光に照らされ、無機質な部屋が連なっている。私の心は未だ穏やかにならずにいた。
☆
その日以降、現れる怪人の数は大幅に減って、私たちは神奈川に帰れることになった。司令官さんは、私がグルーンを退けたからだと言う。本当はどうか分からない。
今はエントランスで司令官さんが見送りに来ていた。
「黒井、赤澤、青山。今回の任務もご苦労だった。引き続き神奈川でも頼んだぞ」
「はい!」
本部で過ごした時間は意外にも長かった。治療期間も含め二週間はいたはず。大変だったけど、いざ帰るとなると少し寂しい気もする。
報酬としてお金をもらったが、青山先輩は……。
「ありがとうございます! 司令官! 一生ついていきます!」
袋いっぱいのお菓子。多分、駄々をこねて司令官さんを困らせたんだろう。結局許しちゃう司令官さんも少し危ないけど。赤澤先輩も苦笑いを浮かべている。
「では、失礼します」
「ああ、気をつけてな」
私は一礼をして、エレベーターに乗る。扉が閉まる瞬間まで、司令官さんは私たちに手を振っていた。
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