第2話 公爵令嬢、断罪野郎に復讐を誓う


「正直に吐けと言っているだろう!」

「何を吐けと? 証拠も無しに自白を強要するなど、おかしなことを」


 ダァン! と机を叩き、脅すように声を張り上げる拘置所の刑務官。


 手続きを無視した牢での厳しい取調べ……自白強要に、ハンナは若干キレそうである。


「そもそも私は近くを歩いていただけ。本件とは無関係です!」


 まったくの第三者とは思わなかったのだろう、その言葉に刑務官はギョッとする。


 後ろ暗いところがあるのか急に目が泳ぎ出した刑務官を前に、ハンナは目を眇めた。


「名前すら聞かずに自供を促すなど、聞いた事がありません」


 大事に育てられた貴族令嬢。

 少し脅せば、やってなくても首を縦に振るに違いない。


 そんな事を考えているのだろうが、残念ながらハンナにその手は通じない。


「そもそも今何時だと!? もう間に合わないではないですか!」


 なんとあれからもう半日。

 身柄を拘束され、尋問され、気付けばすでに夜――。


 先程取調室からの脱走に失敗したハンナは、ただいま両手を麻縄で縛られ中である。


「もう我慢の限界です! 私の名前は、ハンナ・ガレリア。……ガレリア公爵家のハンナです。至急私の実家にご連絡いただけますか?」


 こんな地味な御令嬢が、まさかの公爵令嬢――!?


 目は口ほどに物を言う。

 考えている事が筒抜けの刑務官に、ハンナは溜息を吐いた。


 だが今さら釈放されたところでケーキには間に合わない。

 そう、すべての原因はあの男……モーゼズのせいである。


 もはや顔も覚えていないが、無関係のハンナを拘置所送りにした挙げ句、放課後の楽しみを奪った罪は重い。


 どうやって目にもの見せてくれようか――。


 その後、釈放されるまでの数時間。

 ハンナはケーキの恨みを晴らすべく、思案を巡らせたのである。




 *****




「で、お前は一体何をしている?」


 白々と夜が明け、お腹ぺこぺこのハンナ。

 拘置所から出るなり馬車の前に立っていたのは、ガレリア公爵家長男、兄のユリウスだった。


 真面目で厳格、頭の固いユリウスは、ハンナの苦手とするところ。


 まさか兄自らお出迎えされるとは思わず、慌てて逃げようとしたところを捕獲され、そのまま馬車に詰め込まれた。


「何もしていないのに巻き込まれました。私は悪くありません」

「またそんなことを……」

「本当です、だから怒らないでください」


 はぁ、と溜息を吐き、コツンと軽く頭を叩かれる。

 呆れ顔の兄から書類を手渡され、ハンナは馬車に揺られながら目を通していく。


「遅くなって悪かったな。出来る限りだが、調べておいた。まったくお前はなんでいつも訳の分からない事に巻き込まれるんだ!?」

「存じません。すべては断罪野郎モーゼズの責任です」

「言葉遣いを直せ! 余計な手間を掛けさせるな!!」

「ぐぎぎ……私のせいじゃないのに」


 一夜で収集したにしては分厚い書類の数ページ目で、ハンナはふと目を留めた。


「成りあがり新興貴族と、破産寸前の格式だけは高い侯爵家。結婚するメリットは多そうですね」

「まぁ、そうだな」

「ところでお兄様、これ、どう思われますか?」


 差し出した書類には、名義変更が行われた鉄鉱山。

 何故か直前に、ナタリーから婚約相手モーゼズの名義に書き変わっている。


「しかも名義変更されたのは、たった数日前です」

「……もともとコレ・・は結納金も兼ねて、モーゼズへ譲渡する予定だったらしい」


 ヒュノシス伯爵家が所有するこの鉄鉱山は、二人が結婚したタイミングで、名義をモーゼズに変更する予定だったのだという。


 だがすでに、十年ほど前からモーゼズが実質的な所有者となっており、鉄鉱山の利益はまるまるロドヴィック侯爵家に入っていたようだ。


「人の良いヒュノシス伯爵のことだ。婚家の懐事情を鑑みて、便宜を図ったのだろう」

「待っていれば手に入るのに、結婚を待たずこのタイミングで名義を書き換えたと? なんだかキナ臭いですね」


 ふむふむと読み進めるハンナを横目でチラリと見て、ユリウスはまた溜息を吐いた。


「……首を突っ込む気か?」

「当然です。断罪野郎のせいで、私は半月前から楽しみにしていた新作ケーキを食べ損ねたんですよ? これは正当な復讐です」

「だから言葉遣いをどうにかしろ。まったく……拘束された御令嬢達を釈放するよう、先程要請した。じきに彼女らも解放されるだろう」


 ユリウスが告げるや否や、さらに何かを見つけたハンナは、手を止め嬉しそうに口元を綻ばせた。


 鼻歌交じりで資料の端を折り曲げている。

 その姿に嫌な予感がしたユリウスは、ハンナの頭をガシリと掴んだ。


「おい、やりすぎるなよ」

「ふふふ……これは楽しくなってきましたね。ゴミは処分するに限ります。この貴族社会から、見るも無残に消し去ってやりますよ!」


 何を思いついたのか高笑いをするハンナ。


 黒縁メガネをきらりと光らせた地味令嬢は、ユリウスの忠告をものともせず、揺れる馬車の中で勝ち誇ったように笑い続けるのだった――。



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