第6話 聖魔法


 シュルルルルルル。


「うおおおおおっ。待ちやがれー!!」


 山道をうねって走る僕とそれを追いかけるバダガリ。あれ?コイツこのデカい図体で普通に速いぞ……しかも持久力も中々だ。

 あのまま戦ってたらライラでは荷が重かったな。やっぱり仲裁して正解だった。


 しばらく僕はヌルヌルとペースを落とさず走っていくと、ややバダガリのペースが落ちてきた。そろそろかな。


「ハァ、ハァ……くっ、なんだあの野郎……蛇のくせに早え!……」

 息を切らせながらも口のへらないバダガリだった。

 僕はここで止まってバダガリを振り向く。僕の鎌首の高さは彼の頭よりやや上だ。


「ハァッ……お!なんだぁ?……観念したのか!?……ハァッ」


 僕はニッコリ笑ってこう言った。


「バダガリ君。君なかなかやるね。聖魔法見せてあげるよ!」


「おお!よっしゃー。潔いじゃねーか!」


 喜ぶバダガリに僕は軽くこうべを垂れ、バダガリから額が見えるようにした。

 僕はほぼ無詠唱で額に闇魔法の紋章を浮かび上がらせる。恐らくこんな紋章見たことないだろ?


「うおっ!こんな紋章見たことねえ……、随分凶々しいがこれが聖魔法か!!」


 ここで僕は闇魔法を使うのを止め、口の中で自分の舌を網のように繋ぎ合わせ平面状にし、そのまま目にも止まらぬ速さでバダガリに向かって打ち出した!!


 ズドオッ!……。ドガァン!!


 バダガリは鈍い音と共に吹っ飛ばされ10メートルは離れた所にある岩盤に激突した!


「ぐはっ!!……な、なんだ!?い、今何をした??」


 苦しそうに打撃を受けた胸部を押さえている。

 僕は今の物理攻撃をこのように簡潔に説明した。


「これが聖魔法『衝撃波』。相手は吹っ飛ぶ!」


 もちろん大嘘である。


「うぐっ、しょ、衝撃波だと!?たしかに見えない何かにぶつかった様な感じだった……こ、これが聖魔法か……凄えなあ!!」


 バダガリは僕の言ったことを間に受けてすぐ信じてしまった。素晴らしく単純な男だ。


「さてバダガリ君、この勝負は君の負けだね。約束通り修道院から出て行ってもらうよ」


 バダガリは猛烈に悔しそうに歯を食いしばっている。

「くっそおおおおおおおおおおお!!」


 ドガッ!


 地面に拳を叩き込み1~2メートル程の亀裂が入った。おおっ、すごい!


「くっ、悔しいが約束は約束だ!修道院には入らねえ。――だが、ヌメタロー。俺はお前のストーカーになる!そして技を盗んでやる!!」


 ええー!?とんでもない事言い出したぞこの男……。


「い、いや、全力で拒否する!なんで君のようなむさ苦しい大男をストーカーに受け入れなきゃいけないんだ!?」


「むさ苦しいだと!?分かった、じゃあ女装してやるよ!ついでにパンチラもサービスだ!!」

 そういうとバダガリは下衣をずらし下着を見せつけてきた!やめてくれ。誰に需要があるんだそんなもん。


「おええええ……余計に嫌だ。わ、分かった、分かった……君もライラと同じ弟子にするからさ――」


「で、弟子だとお!なんか俺が明らかに格下みてーじゃねーか!」

 バダガリはまだ文句を言ってくる。

「もぉー、じゃあどうするんだよ?」


「ライバルだ!オメーは俺の公式ライバルだ。ヌメタロー」

「あー、もう何でも良いよ。じゃあそれで……ただし一つ約束して欲しい」

「おう、なんだ?」


「聖魔法も含めて僕が攻撃魔法を使えることは秘密にしといて欲しいんだ。僕はあくまでヒーラーでいたいからね」


 これは紛れもなく本心だ。これが守れないなら弟子にしろライバルにしろ側には置けない。


「あーなんだ、そんなことか。まあそうだよな、攻撃も回復も出来るとあっちゃー頼られまくるしめんどくせーよな!よっしゃ任せろ。絶対秘密にしてやる!!」


 お……!なんかこのバダガリ君、意外と飲み込みが早いな。素直だし結構良い奴なのでは?……。

 などと僕は彼に対する評価を少し改めるのだった。



 ――その後また二人で修道院に戻ると早速皆さんが待ち構えていた。


「あ、ヌメタローさん。ど、どうなりましたー?」

 最初に聞いてきたのはアルティーナだった。


 僕が答えようとしたらバダガリ君が先に説明を始めた。

「おう、ヌメタローと勝負して俺は負けた!だから俺はこの修道院からは出ていく!」


 わあっ!という歓声の後修道女達は口々に安堵の声を漏らす。

「あ、安心しました!」

「一時はどうなることかと思ったいましたわ……」

 

 ライラもバダガリに確認する。

「ふーん、じゃああんたは今からここを出て下山する訳だ」


「ここには約束通り入らねえが俺はヌメタローのライバルとしてコイツをストーキングしながら切磋琢磨して行くつもりだ!よろしくなお前ら!ギャハハハハ」


「ええーっ!?私、あなたみたいな男の人って苦手ですー!!」

 アル、意外とハッキリ言うね君。


「うるせぇー。俺は今まで強いと思った奴に粘着して見よう見まねで強くなって来たんだ!文句は言わせねえ。っつーかヌメタローも合意の上だ。文句あんならテメーが出ていけや小娘が!」


「ううー……」


 アルはちょっと泣きそうになっている。まったく言葉も乱暴だなこの男は……。


 ライラはアルの頭にやさしく手をポンッと置き、思い出したように僕に聞いてきた。

「ねえ、そう言えば師匠。聖魔法は本当に使えたの?」


「あ、そうでしたわ。えーっと……ヌメタローさん?」

 周りの修道女達も気になっているようだ。よし、ハッキリ言っとこう。


「いやー、あれはバダガリを追い出そうとして適当についた嘘だよ、ははは」

「あ、やっぱりそうですわよね?びっくりしましたー」


 どうやら修道女達も納得してもらえたようだ。あーよかった。

 まあ確かに、聖魔法を使えるようになるまで20年以上の修行が必要とされているのに、人間でもない僕が聖魔法を使えてしまったら彼女達にとっても面子が立たない話だろう。


「おっしゃー。じゃあ俺はこの近くで小屋建ててくらぁ」


 バダガリはそう言うと一目散に修道院の外に駆け出して行った。やれやれ、変な奴が加わってしまったな……。

 僕がため息をついているとライラがちょっと好戦的な顔をしてバダガリについて触れてきた。


「ねえ師匠。アイツって実はかなり強いでしょ?」

 お、どうやらライラもあのおかしな男の力量に気づいていたようだ。

「ああ、間違いないね」

「あのまま戦ってたら私、多分やられてた。だから割って入ってくれたんでしょ?ありがとう師匠!」

 そう言ってライラは僕の首元に抱きついてくる。


「イイヨイイヨ~。今後も負傷したらしっかり回復させるから遠慮なく戦うんだよライラ。ペロペロ」


「ひゃっ!……もー不意打ちはズルいって師匠ー」

 ライラはちょっと照れた表情で僕に背中を向けてもたれかかる。うふふーなんかいいなー。



 僕達がそんなやり取りをしていると修道院の年配の院長らしき女性が少し遠慮がちに声をかけてきた。

「あの、ちょっとよろしいですか?」

「はいはい?」

 なんだろう?


「ここ最近、この修道院に魔術書を盗もうとする盗人が侵入してくるのです」

「へえ、盗人……か」

「私達も日夜交替で警備に当たっていますが基本的にまともに戦えるのは聖魔法を使える私か、格闘の出来るこのライラぐらいでして――」

「あ、なるほど。それで僕達にお願いってワケね!」

「はい……都合のいいことは分かっておりますがどうかお願い出来ませんでしょうか?いくらかのお礼はさせていただきますので」


 そこまで聞いてライラがパッと明るい顔を見せた。

「いい話でしょ?師匠。元々そのつもりで来たんだしさ」


 もちろん僕はオーケーだ。アルも新人だけど魔術師として攻撃魔法を使えるし実戦経験を積むのに丁度いいな……。


「うん、いいよ。アル、君も魔法で頑張ろうか」

「あ、はい。頑張ります!」


 話を聞いていた院長が僕らに感謝を伝えてきた。

「け、警備をして頂けるのですか?……本当にありがとうございます!」

「うん、お礼もらえるなら全然大丈夫だよ」

 主にアルティーナの貯金のためにね。


 このときライラがちょっと不敵な笑みを浮かべているのが目に入った。ん!?何だろう?


「じゃ師匠、アル。泊まる部屋に案内するよ……ふふっ」


 あ、この子もしかして……。その後、僕の予感はあっさり的中した。

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