第伍話
「あら、発言の際はどうかご起立お願いします」
「ああ、立てりゃあいいだろう立てりゃあ!」
半ば自棄クソになった光風が勢い良く立ち上がる。その際椅子が机をぶつかってきた衝撃で、駿之介は飛び上がりそうになりつつも何とか衝動を堪えた。
それだけ、彼もムカついていたのだろう。
「根拠? んなもんなくても皇帝陛下のご命令に従う。長い間代々皇帝陛下達は皇国を、オレらを守ってきてくださったのだ。例え命を替えても従うぜ」
「ふふ、随分忠誠心の厚いですこと」
「ったりめえだ!」
「──権力の正当性を示すために神話を作り、自分達の有利のために歴史を改竄し、あまつさえ国民に刷り込んでいく支配……。正しく、古典的な王政に洗脳された最たる例ですね」
「はあ?! お、おい、兄弟。あの女何言ってんだあ。なんか色々こう……小難しくて意味分かんねえ」
先程の自信満々の様子はどこへやら、振り返った狼狽の顔に駿之介は苦笑い一つ。「後で説明してやるからとりあえず前向いておけ」と彼が小声で指示を出し、戸惑いつつも嫌な顔をせずに従う光風。
ふと、横からふっと笑ったような声が聞こえ、駿之介は目で追い掛けようとしたら丁度躱されてしまった。だけど――その横顔を見るからにはもう大丈夫のようだ。
「洗脳を言うのならそっちも一緒」
へえ、とクラリスが白銀色の双眸を細める。
「毎週こんな授業までして自分達の正しさを確認したいでしょ? 何が後ろめたいことでもあるの?」
不意に、共和国の男子三人が立ち上がった。堂々たる体躯で大蔵を威圧するという魂胆があるだろう。これ見よがしに指関節をポキポキ鳴らす様は、見ていてイラッと来た。
対抗するように重腰を上げる駿之介。
これ以上、仲間が傷付けられるのを、見過ごすわけにはいかない。
「あら、何ですか先輩方」
「そちらが立ったからこちらも立ったまでだ」
「意見がないようでしたら座ってください」
「まず、そちらの男子から先に腰を下ろして頂きたい」
当然、向こうは駿之介の要望に応じない。それどころか五人、十人と立ち上がった。対して、こちらに加勢する皇国人は一人もいない。
一触即発の空気が張り詰めている教場に呑まれ、思わず固唾を飲み込んだ。ほんのちょっと力を入れるだけで大乱闘へと発展する――そんなただならぬ雰囲気の中で呑気な音楽が出し抜けに流れた。
「おっと電話が。いやぁーめんごめんご、すぐに止めるから続けていーよー」
スマホをいじりながら手を振る夏目に駿之介は内心でサムズアップ。
しかし幾ら続けてくれと言われても完全に気勢が殺がれたこの状態では、続けるわけがない。
「あら、授業中は携帯を切っておくのがマナーなのではなくて?」
「ごめんごめん。ちょっと機種を変えたばかりでさ、まだ分かんないことが多くてね。それに――もうすぐ放課後の時間だよ」
まるでタイミングを計らったかのように、彼女が言い終わった直後にチャイムが鳴った。廊下から飛び込んでくる生徒達の雑談が殺伐とした空気を霧散させ、対抗する共和国人の間でどうするんだこれといった視線が飛び交う。
夏目が作ってくれた一瞬を、見逃すわけにはいかない。
「今は議論の時間だったはず。忌憚のない意見を言っていいと言われて、その通りに発言したのに非難される謂れはないはずだ」
「ええ、萱野先輩の言った通りです。むしろ大蔵さんはもっと高く評価されるべきだと思います。如何ですか、皆さん」
体格のいいヤツらも会長がそう言うのなら、と腰を下ろす。向こうが座るなら、こちらが立つ理由はない。立っているのは大蔵とクラリスだけになった。
「貴重な意見、ありがとうございます」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
腰を下ろしては密かに溜息を吐く大蔵が静かに拳を震わせている。余程怖かっただろうか。それとも、まだ怒っているだろうか。彼女の横顔を横目で確認した黒い双眸が憂いを消すと、クラリスに戻した。
とは言え、あいつが向こう見ず誰にでも噛み付くようでは、幾ら命があっても足りないな。
やがて永遠のように感じた現代史がようやく終わりを迎え、続々と出て行く生徒達に目を向ける駿之介。当初こちらに興味を持った皇国人は誰一人とて目を合わせようともせず、そそくさと帰宅準備を進める。
まあ、権力の権化と盾を突いたような蛮勇の連中とは話し掛けたくないもんな。
「いやあー! よくやったな、オメエら! まさかこんな骨のあるヤツとは思ってみもなかったぜ。ありがとうな!」
光風の眩しい笑顔が振り向かれ、大蔵はどもりながらもこくと頷いたが駿之介は微笑で受け取った。
「まあ、なんだ。ちょっとヒヤッとしたところもあったけど、お前にしては上出来なんじゃないか」
「はいはい。そうやって上から目線で話し掛けるの止めてくんない? ムカつくんですけど」
「……一応褒めてるつもりなんだけどな」
理不尽な仕打ちを受けた駿之介がせめてものの復讐としてボソッと吐き出した後、
「いやあ~、お疲れ諸君! よく頑張ったね! 皆偉いぞー!」
「お、来たな! お疲れ久遠! お前もよくやったぜ!」
「夏目もお疲れ様。あれは見事だったよ」
鞄を提げた夏目がどうもどうもとぺこぺこと頭を下げる姿に、自然と笑みが零れる。
「よぉーし、腹も減ったし、気分もスカッとしたし。とんと食べに行こうぜ!」
「お? みっちゃんにしてはいい案だね。レッツラゴー!」
「おいテメェ久遠、それはどういう意味だ! あと、みっちゃんと呼ぶんじゃねえ!」
それから食べ物のことで盛り上がる四人。そんな彼らの様子を戸の外から覗いたクリラスの
「ふふふ、やはり月華荘の皆さんは面白いですね」
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