第拾肆話
「ちょっとお客様。他のお客様にご迷惑をお掛けしていますから一旦外に行きましょう」
「はあ? 誰だお前!? このオレに向かって――」
「店長です」
タイムリーに登場した共和国人の店長に反論の言葉も失った男性客が舌打ちをし強引に手を振り解き、退店した。一件落着となったところで店長がホッと嘆息して大蔵に振り向く。
「大蔵、後で話がある。が、今は仕事優先だ。引き続き頼んだぞ」
「う、うん」
ぎこちなく首肯する彼女を尻目に、店長も彼の後に続いた。
これでコンビニも業務再開とのことで、駿之介も列に並んだ。元々買う予定はなかったが、大好物のチョコターズが視界に入ってしまったから、身勝手な使命感で買わせざるを得なかったという。
「お弁当あた、あたたたためましか?」
盛大に噛んだところを大蔵は睨みを効かせて、客の方に気を遣わせる。
「あ、ああ。温めてください」
「かしこまりましたー。570圓のお返しです。次でお待ちのお客様ー」
いつもの調子に戻って仕事する大蔵を鑑みるに、先程の失敗を取り戻そうと必死になっているだろう。教室で見せない案外な一面に、駿之介は内心でうんうんと頷いていると、いつの間にか行列の二番目となった。
どうやらもう一人の店員がレジを稼働させたせいで行列は彼の予想よりも早く進んだのだ。
うん、実にいい判断ではあるが、この状況は非常によろしくない。
「いらっしゃいませー。袋ご利用でしょ――」
丁度視線を上げた大蔵と目が合ってしまった。
仕方がない、と気持ちを切り替えた駿之介は幾度も瞬きをする彼女に、とびっきりのいい笑顔付きで右手も振ってやった。
声を出して驚く大蔵。彼女が何に驚いているのかが分からず、頭上に疑問符を浮かべる客。そしてタイミングよく弁当が温め終わったことを知らせた電子レンジの音。
ハッとなった彼女はそそくさと弁当を袋に入れて、一つの前の客に手渡す。
「ありがとうございましたッ」
共和国人男性にヒッと怯ませる程の鋭い睨みに、彼は何とも言えない申し訳ない気持ちになった。彼の前に並んでいた客が別のレジに逃げて行ったから仕方なく大蔵のいるレジに行くことになった。
もっとも、彼の後ろに誰も並ばなかったので残された選択肢がないというのもあるが。業務中であるにも関わらず、大蔵は彼にも聞こえる程の舌打ちをし、早く来いと顎で促した。
「結構頑張ってるじゃないか」
「うるさい。はよこっち来い」
「さっきめっちゃ怖かったからなー。あ、そうだ。写真撮っとこうと」
ポケットにしまっていたスマホを取り出し、カメラを向けてカシャッと。ちなみにわざと彼女にも聞こえるように音量マシマシにした。
「んな!? 何勝手なことをやってんの!?」
「いいじゃないか。別に減るもんじゃないし。記念写真ぐらい取っとかないと」
「んなのどうだっていいでしょ。もう! 早くこっちゃ来い!」
「あたた、あたたためましか?」
「~~~~ッ! 死ね!」
からかうのはこれぐらいにしよう。そう判断した駿之介はカウンターに商品を置くと何故か件の店員にうわっとドン引きされることに。
「まーた変なお菓子買ってるし……なんだこれ。ミルクココア? ハッ、似合わねー」
「いいだろうが別に。人の好みにとやかく言うんじゃない」
「てかここ帰り道と真逆じゃん。なんでわざわざ来たの? 暇なの?」
「ああ、そうだ。不真面目なお前がちゃんと働いてるかどうか、様子見に来ただけだ」
「ハッ、同い年のお前に一々心配されたくないですけど。うざいし臭いし。あとうざい」
へいへい、と大人しく支払う駿之介。
どうしてこちらが心配する一々反抗的になるのだろうか、と心中で燻ぶっていると、彼女はそそくさと商品を袋に入れて差し出す。
「はい、もう来ないでよね。ってかあんまり外で遅くならないで、さっさと家に帰ったら? 邪魔な居候がいない間にさ」
「邪魔だなんて言ったことないだろ。そうだ。出勤祝いということでこれやるよ」
先程通したばかりのミルクココアを手渡すと、大蔵は徐に受け取りマジマジと見つめる。ミルクココアが分からないといった様子だったので、一応夏目の好物だと伝えるとまたしても「うわー」と引かれることに。
「他の女子に他の女子の好物をあげるとかないわー」
「左様ですか。そんで? いらないなら返してもらうけど」
「うっ。……も、貰えるものならもらっとく」
「いい心掛けだ」
じゃあな、と今度こそ彼が去ろうとすると――。
「ぁ、ぁんがと」
「うん?」
「さっさと行け!」
思わずのけ反る程の怒声を浴びせられても、どこか余裕綽々の体で外に出て行く駿之介。そんな後ろ姿に大蔵は小さく溜息を吐いた後、仕事に戻った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
駿之介が三人に戻ってきたところで、
「実はボク達は会長殿の命で来たんだ。萱野をあの場所に連れて行くように、とな。だから多くのことは語らん。自分の眼で確かめて感じるがいい」
という矢頭の説明の元で案内再開。
けれど進めば進む程、段々口数が減っていき重苦しい沈黙の中に沈み込んだ。商店街を越え、時に礼拝のお時間に足止めされ、織月神社を通り過ぎ、ひたすら北へ。
経年劣化による損傷が激しい小さな銅像に差し掛かったところで彼らは道路の反対側へ渡り、高さ凡そ3
「――え」
見渡す限りの空襲による惨禍の跡がひっそりと長い影を落としている。生きているものなど、どこにもいない。どこまでも、遥か遠くまで続く焼野原。
元々住宅街として機能したと思われた町が焼け跡となったが、今この瞬間でも朽ち果てていると感じさせる程の腐臭が漂っていた。
酷く、静かだった。焼野原の彼方、黒い影のような山脈の向こう側へと沈む陽の紅い光線。朱く照らされ、或いは黒く染まられ、全てが息絶えたかのような世界線に飛ばされたかのような、そんな錯覚に駿之介は陥ってしまいそうになる。
だって、眼前の光景はこれまで自分が見てきたものとは相反して、相殺しても消し切れぬ著しい差異があった。
しかし、これでハッキリと分かった。どうして彼らが互いに憎しみ合っていたことを。
「ここは昔、ボク達が住んでた場所、
説明している内に矢頭の声が怒りに震えるのを抑えきれず、代わりに拳を握り締め抑え込もうとする。他の二人の様子に一瞥すると、それぞれの顔に憤怒の色に満ちていた。
暫くすると矢頭が「そうだ」と思い出したかのような声を出し、光風に視線を向ける。
「そうだ光風。あのちっこいの、元気にやってるか?」
「小夜のことか? ああ、元気だぜ。何なら久遠も元気だ」
「……そうか。それなら良かった」
満足のいく答えが聞けて微笑を漏らす矢頭の言動。このタイミングで小夜のことを持ち出すのは、彼女もその家族も空襲に巻き込まれたのだろうか。
ふと、焼野原になった武士町に目線を戻す駿之介。
(小夜がまだ二、三歳の頃に家族を失った、ということか)
それにしてもあの夏目も戦争に巻き込まれたのは想定外だ。いつも明るく振る舞っていた彼女に悲しい過去があるとは。どうやら月華荘の面々についてまだまだ知らないことが多そうだ。
「これが大石さんの指示なのか、矢頭」
確認の意で問い掛けるそれが、頷き返される。
そうかとだけを返し、彼女はどういう意図を持って余所者の駿之介をここに連れてくるのか、それしか考えられなくなった。あの大石のことだ。きっと何かがあるに違いない。
けれど彼が長い長い思考に沈むのも、「最後に黙祷して帰ろうぜ」という武林の声に遮断され。雰囲気に流されるがまま駿之介もやることになった。
赫々に焼ける夕映えの下、彼らは悲惨な過去に背を向け、それぞれの日常に戻る。
これからももっと慎重に行動するべきだ、という自戒を込めながら。
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