第漆話
とりあえず勇と歯一度面識があった体で名前を交わしたのは良かったものの、その際大石に『他の女子も手を出したとはおぬしも隅に置けないのう~』とからかわれたが、今の彼にとってそれは然程重要なことではなくなった。
「おお、すげえー! 向こうとそっくりだ……!」
くるくるとパッケージを回しながら満足の行くところまで眺め、開けて一個を取り出しては隅々まで鑑賞。ツンツンとした見た目に鼻腔をくすぐるチョコレートの匂い。正しく彼のよく知っていたチョコターズ、そのまんまだ。
しかし幾ら外見が似ているからと言って味まではそっくりだとは彼自身でさえ思っていない。
全ては疑うから始まる。それが大好物であっても決してこのお決まりから逃れられない。期待半分に口の中に放り込むと、黒い双眸が一気に見開いた――!
「すげえー! 味まで完璧に再現したとは……中々やるなー!」
まるで長い人生を彷彿させるような、甘さの後からやってくるほろ苦い味。これぞ彼のよく知る『チョコターズ』の味だ。
運営側に彼と同様、或いはそれ以上のガチ勢がいるとしか思えない程、文句の付け所もない完璧の再現に拍手喝采を送りたくなる。今こそ、全身全霊で鬼畜神運営にお礼を言う時だ――!
「僥倖ぅ!」
「うわ、キモッ」
――束の間の恍惚状態が強制終了させられ、ガバッと振り返る。
「お、大蔵。ど、どうしてここに」
「ここ、私の部屋でもあるんだけど」
「そ、そうだったな……」
苦し紛れにハハハと笑ってみせたが最終的に乾いたものになってしまい、余計に自分を追い詰める。完全に変態を見る目付きに晒されて数分後、
「邪魔、なんだけど」
「す、すまん……。あ、一個食べる? 美味いよ」
道を開けるついでにお詫びとして一個差し出すも無視され、鼻で笑われる始末。ドタドタと入室する大蔵が襖を閉じるのを確認してから、彼は今日一長い溜息を吐き出す。
早速あの可憐で素敵な巫女と再会の日が来るのが待ち遠しくなった。
「優しくて笑顔も素敵だったな……」
それと比べて大蔵の態度と来たら比較対象すらならない程、雲泥の差がある。神社の居場所が分かったから、いつでもこちらから伺うのも可能だがそれもそれでなんだか味気ない気がした。
二袋のチョコターズを片付けてから約三十分。控えめなノックに向かって「どうぞ」と招き入れる。
「こんばんは。相変わらず元気そうですね、原始人」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「やっぱ、こうしてると落ち着くわ……」
片手にタバコ、眼前には暗い海。潮の香りを運ぶ夜風に、砂浜に砕ける波の音。彼は今、至上のお一人様のお楽しみタイムを絶賛満喫中だ。
あれから勇から「差し入れです」と手渡されたのは、前々から彼女に買ってもらうよう頼んでいたタバコと酒という大人向けの堕落セットだった。おまけに口臭ケアグッズやら消臭スプレーまで用意周到に準備された。
暫く彼女から頭が上がらないなと思いつつ、月華荘に住むように彼女が一体どうやって大石と話を付けた謎を考えようとしたが取り止めることにした。
「ふうー」
ぼーっと水平線の向こう側を見つめ紫煙を吐き出し、穏やかな一時を堪能する。けれど極上の一人タイムがルームメイトの侵入によってあっけなく終わりを迎えた。
「何やってんの? 臭いんだけど」
少し咳をしながらもやってくる大蔵に、眉間に皺を刻む。
「見りゃあ分かるだろう? タバコ吸ってんだよ。というか、部屋の中にいろ」
「分かんないから聞いてるっつーに。てか、なんで追い返すの」
「なんでって、煙を吸うとお前の健康に悪いだろう? 確か、受動喫煙だったっけな」
「そうなの?」
「そうだよ、周りの健康にも悪いものなんだよ。だから、中に引っ込んでろ」
「あっそ」
一向に気にしないとばかりに大蔵はピクリと動こうともせず、ただひたすらに海の方を眺める。
(タバコの煙に不慣れなのは明らかなのに、何しに来たんだこいつは)
非難を口に出すわけにもいかず、代わりに彼女とは真逆の方に溜息と共に煙を吐き出す。
ちらっと横顔を盗み見る。顔色が大分良くなって、髪も本来の艶を取り戻したと見受けられる。あの流れで無理矢理住まわせて大丈夫かと心配していたが、どうやら杞憂に終わったようで本当に良かった。
「昼間、どこ行ってたの」
いきなり声を掛けられて駿之介の肩がビクッとしたが、すぐさまに「なんだ、気になるのか」と取り繕う。
「別に……話題提供のためよ」
素直じゃない返答に苦笑いしつつも、彼は応じる。
「まあ、色んなとこ回ったよ。迷子になりながらな」
「へぇー、よくも帰ってこれたね」
「親切な方に出会ったんだよ。そんで、道を教えてもらった」
「ふーん、そっか。よかったじゃん」
沈黙。
別に会話を続きたいのであれば彼だってそうしていた。けれどあの夜よりもずっと大人しい大蔵とどうやって会話をすればいいのか分からなくなってしまったのだ。
とは言え、半ば強制的にルームメイトになった人間になんて言えば――と、頭の中で話題を探しているその時。
「あのさ……その、さっきキモいとか言ってごめん」
「どうした急に。まさかこの後俺殺されるの? 死ぬの?」
「茶化すんなし」
ごもっとも。
「ただ、なんとなくその……謝りたかっただけ」
珍しく素直だなと思いつつ駿之介が「ふーん」と唸るような声を出すと、「何よそれ」と予想外のクレームに苦笑いを零す。
「その『ふーん』よ。なんか上から目線みたいな感じで腹立つけど」
「いや、上から目線ではなくてだな。これは『へー、そうなのか』の『ふーん』だよ。お前のとは全然違う」
「なっ、私のは……! はあ、もういいよ。どうせ言い合っても意味ないんだし」
「ああ、全くだ」
ふんっと大蔵にそっぽを向かれても、美味そうに煙を吹き出す。
「まあ、その、なんだ。こっちこそ悪かったよ。なるべく、ああいうの止めるようにする。自分でもキモいと思ったしな」
「自分でもそう思っててやるんだ……うわあー」
「う、うるせえ」
これ以上叩かれまいと一服、二服煙を吐き出す駿之介。
海の
トラウマで基本的に女子全般は苦手なはずなのに、先程の焦りぶりは何だったんだろうというくらい、何故か大蔵と一緒にいると妙に落ち着く。あの出会いがあったにも関わらず、だ。
その理由について考えあぐねようとするも相手から「あのさ」と話し掛けられて、たちまち思考を遮断。
「私、その、コンビニで働くことにしたんだ」
「そうか。頑張れよ」
「う、うん。あと月曜は私も一緒に学校に行くことになったから。その時はえっと、よろしく」
「おう、よろしく。大丈夫、その時はちゃんとお前の面倒を見てやるよ」
「子守でもする気か。別に自分の面倒くらい自分でできるし」
「はいはい、偉いでちゅねえ~」
「こら、バカにすんな」
眠気が襲い掛かるまでベランダで涼む二人。
けれど彼らが布団に入って眠りについても、まだ明かりが付いている部屋が一つ。カタカタと響く中、スマホが突如勢い良く震え出し、電話の着信を示す画面へと切り替わった。
知らない番号からの着信に思案顔する勇。
とりあえず無視するのがセロリーだと言われているが、生憎ここは現実世界ではない。それに多くの皇国人はスマホを携帯していない上に、登録した番号は彼一人だけ。おまけに、彼の世界に入ってから彼以外の者に番号を渡してなどいない。
では、この番号は一体誰のものなのか。
「もしもし」
『おお、やっと繋がった! そこにいるのはお前なのか、永里!』
「遅いです、
『いやいや、それ上司に向かって言う台詞ではないだろ』
警視庁特別捜査隊に所属、第一サイバー犯罪捜査課課長――
『とりあえず永里が無事で良かった……』
「……しんみりしているようで申し訳ありませんが、外の状況はどうなっています」
『お前なあ、もうちょっと感傷に浸らせてくれたっていいじゃないか』
嬉し涙に詰まったような鼻声が鼓膜を震わしても、彼女の心は揺らがない。
「時間が勿体ありませんので。それに今度はちゃんと謝罪から入りましたし、さっさと本題に移りましょう」
『はあ……お前を逮捕した時はまだ少し可愛げがあったな……。あの時のお前は――』
「不合理な回想は要りません。ほら、さっさと吐き出してください」
『せめて説明って言えこのタコ』
間髪入れずに悉く邪魔された山雲は気持ちを切り替えるために、コホンと咳払い一つ。
『お前を含めて参加者全員昏睡状態。というか、植物状態になったのが近い。これから全員を病院に搬送するつもりだったが……それよりも厄介なことが起きて動こうにも動けないんだ』
「厄介なこととは」
『お前が残してくれた手掛かりに書いてあった首謀者と思われる人物――
「え……?」
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