第漆話
それから誰かが言い出したわけでもなく、なんとなく部屋に戻るまで互いの話し相手という流れになった。
「あ、そうだ。アタシ達以外の友達も作っといた方がいいよ、シュースケ。人との繋がりは、うーん……すごく大事なんだからね。byどっかの名言を言いそうな名人さん」
名言を生みそうとするも途中で思い付かず投げ出した夏目のことは一旦さておくとして、
「誰だそのシュースケは」
「ほらここ、萱野二人いるじゃん? だからのシュースケじゃん」
突然告げられたあだ名に微妙な表情を浮かべる駿之介。
たった名前から一文字を省略しただけであまりあだ名とは言えぬところが気に食わないとでも言いたげな様子だ。
「語呂いいのになあ、駿之介」
突然前に回り込む夏目に内心で驚きまくり。
透き通った碧眼が急に眼前に現れて、しかもマジマジと見つめてくるもんだから、どうしてもドキッとしてしまう。とっくの昔に消えていたモテ期という希望で胸が高鳴る。
来た、遂に来たのかこの展開が。
きっと次は「ねえ、どうして助けたのか知ってる? 好きだからだよ、お・バ・カ・さ・ん♡」みたいな流れになるに違いな――。
「うん! やっぱシュースケって顔をしてるから、シュースケで決定~」
「どんな顔だよ……」
だがしかし、彼の希望は一瞬にして儚く砕け散った。この肩透かし感を表に出すわけにもいかず、胸中の嘆息で済ますことに。
ふと、話している内に『ギャル』に対する苦手意識が薄れたのだと、今更ながらも気付いた。同時に、一つの疑問が脳内に浮かび上がったわけだが、失礼に当たるのではないかと取り止めようとした。
しかし何を言い掛けて躊躇っている彼を見て夏目は「ん? どしたの?」と促してきたので仕方なく打ち明けることに。
「その……『よろしく~おん』ってなんだ」
思いがけない質問に目を白黒させ、気まずそうに口ごもる彼女。らしかぬ行動に駿之介の傾げる首の角度がますます深めるばかり。
「まさか、言わないと何か発作が出る系の病気がおありで」
「あははは、面白いな~シュースケは。そんな奇抜な病気、あるわけないじゃん。実はアタシ、こう見えて何故か存在感めっちゃ薄いんだよね~。んで、存在感をええと、強化?するために、チャンスある度に名前の宣伝をしてたってわけ」
そんな理由に、彼は思わず鼻白んだ。
正直なところ、「この見た目で存在感薄いとかあり得ないだろ」という感想がよぎったが。下手に口走ったところで却って余計な災いが降りかかるだろうからお口チャク。
けれど本人から呆れ混じりの視線が向けられたということは、どうやらそれが顔に出てしまったようだ。
「うわー。こいつ、『この見た目で存在感薄いとかあり得ないだろ』みたいな顔してるー」
「……別に何も言ってないが?」
「もうー。こっちはこれで散々悩んでたんだからねー」
「わ、悪い」
不満気に口を尖らせる彼女を見て、女の勘の恐ろしさを思い知らされ。そうやって話している内にいつの間にか彼女の部屋に着いた。
「皇国人寄りの見た目のシュースケに一つアドバイスを授けて進ぜよう」と彼女が仰々しく前置きして、
「外ではあまり共和国語を使わないこと。いつどこかで聞かれるかは分からないから注意してね。もし金髪に染めて共和国語を使ってもアウト。そうした皇国人の末路は……どれも悲惨だからね」
「肝に銘じておくよ」
「にしてもやっぱ本土の人間は不思議だね。二つの言語を使いこなせるなんて」
「使いこなせるというより、使うことにあまり抵抗感はないのが大きいかな。むしろ、使いこなせるのは外国人だけだよ。もし俺に外国人の案内をしろと言われたら速攻断る自信あるわ」
「ええー、逆にそんな無茶振りするシュースケを見てみたいなぁー」
「おい」
「にゃははははは、じゃあね~ん」
手を振りながら部屋に入って行った夏目をその場で見送る。
最後の最後まで晴れやかな気分でいられるのは、間違いなく彼女が最後まで明るく振る舞ったおかげだ。
本当彼女からは頭が上がらないな、と彼がしみじみ感じている間に中から話し声が聞こえる。
「お帰りなさい。先程は誰と話してました?」
「うん? シュースケ」
「……誰ですそれ」
「柚ちんのお兄さん」
「ああー。もう話せるようになりましたか。最初はあんなに久遠さんのこと怖がってましたもんね」
「まあ、生きてれば誰しも苦手なものがあるからね~。仕方ないことだよ」
「お、久遠さんがいいことを言った……珍しく」
「ふふーん。さあ、今の内にナツメェールを崇めるのだぁー!」
「先程の発言、撤回します」
「うーん、相変わらず冷たいね、さっちゃん」
お茶目な夏目と、どこか大人しい小夜。二人の性格は一見水と油のようだが、案外相性がいいもんだな。
「にしても、最初からバレバレだったとは」
言いようのない脱力感に包まれながら、彼は自分の部屋に戻ることにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
制服に袖を通し、制帽を被る。どうしても古臭い感があるのは否めないが、これが新しい制服だから致し方ない。
姿見の中の自分を点検し終えた駿之介はそのまま妹の部屋へと出発。流石に昨日みたく時間を掛かりすぎるのはいけないので、直接部屋に入って叩き起こすことにした。
「んぁ……駿兄……。妹の名……言ってみろ」
「はよ起きろ」
しかし柚がまだもごもごと唸っているようなので仕方なくそのまま朝の支度に取り掛からせて頂くことにした。
歯磨き、洗顔、着替え、寝癖直し。どんなアングルでも可愛く見えるように、厳密に点検。一通り終わらせても寝坊助はまだ起きないので仕方なくおんぶして一階に下りることに。
「あれ、あたしいつの間に和服に……。ハッ、まさかあたし……古代人の誰かと入れ替わってる?!」
「おはよ、柚。あとそれ制服だぞ。昨日も着てたんだろう」
「うん? 駿兄、何をい――」
「おお〜。二人共、制服がよく似合っておるのう〜」
柚を降ろしている間に通りかかった大石に褒められ。頬を染め上げもじもじする柚とは対照的に、駿之介は素直に受け止めた。
「ありがとうございます。でも昨日も褒めたんじゃないですか。わざわざ二日連続で褒めることはないですよ」
「はて、駿之介おぬし、何を申しておるのじゃ?」
「ん? というと……?」
「おぬしらが登校するの、今日が初めてではないか。全く、駿之介も変なことを申すよのう~」
「え……?」
想像を絶する返答に思わず間抜けた反応が出てしまう。
しかし彼の心情とは関係なしに、大石は眼福といった様子でうむうむと頷く。
「駿之介は凛々しく見えるし、柚ちゃんは抱き締めたくなるくらい可愛らしいのう〜。そぉーれ!」
目で追い付けない程の瞬発力で二人の背後に回り込んで、柚に飛びついた大石。巻き込まれないように一歩後ろに下がったが、その代わりに柚が犠牲になって押し倒された形に。突如展開された百合フィールドを前にしても、駿之介はただ見つめるだけ。
百合の中にまさか自分が含まれて大興奮の柚。何故かやたらとソムリエ感を漂わせている大石。奇妙な既視感に襲われ、冷や汗が滲んでくる。
あり得ない。こんなことあるわけが、と自分の考えを否定した矢先に、
「こら、会長殿。柚ちんにまで手を出さないでくださいよ。ほら、こんなに怯えて──」
大石の首根っこを掴んで片手で持ち上げる夏目の登場によろめく駿之介。
一番当たって欲しくない予想が最悪の形で的中してしまった。本人の知らぬ間に、彼の淡い希望が木端微塵に打ち砕かれたのだ。
(でも、もしそうだとしたら……)
そこで昨日の朝食風景を思い出し、慌てて居間へと駆け込む。
昨朝は朝のニュースを聞き流しながら食べたのだが。彼が駆け付けた時には運悪く違う画面に切り替わったのだ。
クソッと吐き捨てたとしても、体内で燻ぶった焦りが依然と消えぬまま――その時だった。偶然ポケットの中に手を入れてあるモノの存在に気付いたのは。
「そうだ、スマホ!」
焦るあまり、取り出した直後にスマホが指の隙間から滑り落ち、
「ああクソ、なんでこんな時に……」
拾い上げようと腰を屈めたと同時にフリーズ。
真正面から現実をぶつけられて、時が止まったかのような錯覚を得ていた。
聞こえるのは自分の高い心臓の鼓動と、荒々しい息遣いのみ。それ以外の一切の音が消えたようなそんな錯覚。
「う、そだろ……」
呟きが光ったロック画面に落ちる。
『3月15日 07時32分』
表示された時刻に今度こそ頭が真っ白になった。現実を受け止めきれず、すとんと膝をついて脱力する。
なんで。どうして。
そんな疑問達に脳が支配され。周りに身体を揺すられても声掛けられてもまともに反応できない程、脳が働きを投げ出した。
認めるしかない。認めざるをえない。認めなければ。
同じ一日を繰り返していることを。
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