CASE:2 マリアーネの場合

 一人称『僕』の魂は、マリアーネ・ロマネットに転生した。名前から察せるように女性への転生である。手違いではなく本人が希望した。まさかのTSである。


 レオネスタ帝国の大商会会長、リード・ロマネットの孫娘である彼女は若くして発明の天才であった―――というのが他者からの評価だ。無論、実際には違う。


 ジオグリフと同じく、子供の頃から鍛えれば魔力は強化できると聞いたのである程度鍛えていたマリアーネは、色々と動ける幼児期になると異世界に絶望する。


「なにこれくっさ」


 当然である。何しろ中世だ。みんな大好き中世ヨーロッパファンタジー。しかして実際は衛生観念など無く、調べれば分かるが大変に不衛生だ。まして人の多い帝都に住んでいる以上、どうしてもそうなる。人に夢と書いて儚いと読むが、異世界に期待を寄せた彼―――もとい、彼女は夢をぶち壊された。臭気で目が覚めるという、特大の不快感で。


 こりゃぁアカン、となった彼女は魔力鍛錬を早々に切り上げた。やるべきことが出来たのだ。せめて自分の周辺ぐらいは環境改善しないと、と。


 とは言え、金もなく、実績もなく、動ける身体すらろくすっぽない幼児に出来ることなどたかが知れている。どうしたものかと考えていると、すぐに閃いた。先人の知恵を使えば良いのだ。即ち、現代知識チートである。


 世の中は面白いもので、そこに需要があれば例えニッチであろうと情報が生えてくる。ネットという広大な森に生えるきのこ情報のようなものなので、本来ならば見つけにくいものだがそこはインターネット。検索エンジンに掛ければあら不思議。必要なきのこ情報を即発見するのである。


 彼女は生前、この手のきのこ狩りを無作為に行うのネットサーフィンが好きで、そんな中で一冊の本に出会った。


 曰く、いざという時に後悔しないために、“今" 読んでおきたい一冊。


 その中の、科学チートの項目にあったのは石鹸。そう、石鹸を作るのだ。この世界に石鹸は既にあるが、原始的で獣脂を使うので臭い。しかも固形じゃない軟石鹸。そんな中、臭くないどころかいい匂いがする固形石鹸が出現したらどうなるか。


 売れる。それも上流階級に。消耗品なので人が絶滅しない限り永久に。


 だから作った。家のメイドにお願いして原料や機材を取り寄せ、チマチマ自室で。そして完成した物を母に披露した。その先進的な石鹸に母はいたく感激し、自らの父の元へと石鹸を片手に乗り込んだ。


 そう。彼女の父、そしてマリアーネの祖父―――レオネスタ帝国のロマネット大商会会長、リード・ロマネットの元に。生き馬の目を抜く商人の世界で個人商から大商会にまで一代で大きくした手腕を持つ老人だ。これは売れると即時に判断して、孫からその製法を聞き出そうとした。


 だが、マリアーネはただの幼児ではない。元は商社勤めのおっさんだ。そう易易と金の生る木を渡しはしない。ただ、頑迷にしては駄目だ。子供のように駄々をこねたのでは、その先へと繋がらない。


 だから交渉した。


「おじいちゃま。せっけんがうれたぶんだけおかねをください」


 銀髪緑眼の美幼女、そして孫娘の上目遣いである。これは攻撃力が高い。しかし、リードも激動の人生を送ってきた男である。そうそう簡単に―――。


「わかったよマリー。お前は賢いなぁー。そして可愛いとかウチの孫はひょっとして天使かな?」


 相好を崩し、頷いた。


 まさかのライセンス契約締結である。ロイヤリティは現代の相場ではまずありえない40%。これが上流階級に流行ったら庶民向けの廉価版を出して、そっちは10%で良いとした。問題があるとすれば、現存する石鹸を売っている勢力だが、そこは大商会としての権能と上流階級への根回しで容赦なく駆逐。廃業に嘆く人足は交渉後に接収したので、そこまで恨まれなかった。大商人ならではのバランス感覚である。


 さて、そんなこんなで大資本を手に入れたマリアーネは、それを使ってさらなる商品開発を行った。衛生観念から始まったので、トイレから芳香剤、香水、シャンプー、リンスと繋がり、どうせここまで来たんだからと段々と美容や服飾方面に走っていく。途中で手が足りなくなったので鍛えた魔力を利用して召喚術をマスター。人足を増やし自分のアトリエまで建てた。彼女の愛称がマリーなので色々と危うい。


 お陰で12を数える頃には富裕層とは言え平民なのに貴族に混じって社交界へ出ても疎まれること無く、むしろ美容や服飾に関心のある女性陣に囲まれること多数。


 きゃっきゃうふふと女性と戯れる彼女の胸の内は―――。


(あぁ、百合の園サイコー………)


 この元男、百合厨であった。


 仲睦まじい百合の間に男が入るな!と荒らしをする原理主義者の類である。き◯らジャンプが好きなのである。登場人物のお父さんすら竿役になりそうで嫌だと公言していた。生前からそんな美少女動物園を眺めるのが好きだったのである。何ならその中に入りたかったのである。だが悲しいかな。男、それも中年のおっさんであるが故に割って入ることは百合豚の信念として許せず、つーか現実だとそんな環境に近づいただけで通報されて事案だよねと諦めていた。


 そんな中で降って湧いたこの転生。彼はリフィールの『キャラクリエイト的なものはないが、男女ぐらいは選ばせてあげます』とのセリフに閃いたのだ。そう、閃いちゃったのである。


 百合の中に入りたいのなら、女になれば良いんじゃね?と。


 かくして『僕自身が女になることだ』をネタではなく本気で実行した元彼は、念願叶って百合物語に登場しても問題のない女性となった。


(取り敢えず約束まで後3年。資金貯めて、拠点作って、動きやすい環境ぐらいは整えてあげますかね。―――なぁにあの百合百合しいカッポー………!おほー!!)


 尚、残念ながらこの世界では豚を出荷してくれるネット民はいない。

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