第23話 ご自愛くださいませ

 ――――3人は、研究所内の食堂へと移動し、ハンガーノックを起こしていたアリノの回復も鑑みて……一先ず食事を摂ることにした。





 アリノは察しの通り、持ち込んできた籠に入ったジャンクフードやスポーツドリンクを続けて爆食している。戦いとヒーローの力を出す際のカロリーの消耗もあるが……本来人間は筋肉量が多いと、基礎代謝も非常に高くなる。つまりただでさえすぐに腹が減ってしまうのだ。





 そういったハンガーノックで意識を失う危険を冒してでもヒーローとして力を振るうのは、かなりの勇気が要ることだ。彼にも戦う理由があるのだろうか。





「――さあーて!! 飯だ飯!! ここのトンカツ定食、前に来た時から美味そうだと思ってたんだよな~。いただきまーす、と。」





 敵地の、身体に負担がかかるような異次元空間での死闘を立ち回った疲れもあり、ヨウヘイも衣が分厚く揚がったトンカツをワシワシと美味そうに食べる。





 だが――――





「――おお~、うっめ…………ん? マユも飯食わねえのか…………?」






「――確かにわっちも腹が減りんしたが……敵地へ潜った成果や味方が増えたこともすぐにデータ化してフィードバックしなきゃなりんせん。これで充分でありんすぇ。」






 ――見ると、マユこそ対悪性怪物殲滅班スレイヤーズギルドの司令官としてとても消耗したはずなのに、食堂で食券1枚買わない。白衣のポケットから取り出した、バランス栄養食…………そう。携帯食料の部類に入る、カロリーや栄養素などはそこそこ補給出来るが、食事としては量も少なく粗食過ぎる物と、自販機で買った缶コーヒーで済ませるつもりだ。





「――――おいおいおいおい。俺じゃああるまいし、あんたはお金、たんまりあるだろうが。もっとちゃんとしたもの食えよ。忙しいからって後が続かねえよ、そんなんじゃあ…………。」






 ――ヨウヘイの心配もそこそこに、ブロック状のバランス栄養食を齧り、コーヒーを流し込むように飲むマユ。






「――やっと巡って来たチャンスでありんす。リッチマンという戦力を得て、初めて敵地へ潜って探索出来た上に、立て続けに第2のヒーローが現れて、門番を斃した。呑気に休んでいる場合じゃあありんせん。すぐにも『悪』を根絶やしにする算段を進めないと…………。」






 ――やはり、マユは焦っている。普段のワーカーホリック体質が悪い方向へと傾いているようにヨウヘイには見えた。






 ヨウヘイは、呆れて天を仰いで溜め息を吐いた。





「――――おい、マユ。いい加減にしろよな。あんたの『悪』を倒すっていう理由の全部は俺は確かに知らねえ。対悪性怪物殲滅班の人たちも、これ以上大切なものを奪われない為に必死なのも、まあわかる。けど…………あんたは所長だろ? この組織のリーダーじゃあねえかよ。みんなから愛されるリーダー。俺は組織とかリーダーとかあんま解んねえけどよ……もしあんたが志半ばで倒れたらここの職員たちはどうなる? あんたを心配する人の目、あんたには見えねえってのか?」





「――――まだここに来て日も浅いぬしにはわかりんせ――――っ…………。」






 ――ヨウヘイの諭しに苛立ちが募りかけたマユだったが――――ふと周囲を見渡してみて、気付いた。






 ――――組織の長である彼女を、沈痛な目で見遣る職員たちの悲しい目。心から感謝と愛情を傾けているのに、自分の目的の為に盲目的になり、所長は理解してくれない、という怒りすら混じった職員たちの心配する目。






 マユは確かに優秀で、職員たちへの気配りも欠かさない立派な社長だ。対悪性怪物殲滅班の班員たちの無念を晴らす為に躍起にならざるを得ないのも事実だろう。






 だが…………時折りこうして部下たちに不安と悲しみを与えていることを、しばしば忘れてしまうのだった。






 それは、どんなに優秀でも組織の長としてはとても良くないことであることを、マユはどこかで理解しているはずなのだ。ヨウヘイに促され、周囲を見渡すことで、一先ず気付いた。






「――――申し訳ありんせん……食券を…………そうだ。ヨウヘイと同じトンカツ定食でも食べるか。野菜不足かもしれないから……野菜ジュースも――――」






「――――野菜ジュースならここにもあるぞ。どうせお前たちの会社の物だ。1本ぐらい飲んだって気にしないだろ。」






 ――取り繕った調子で食券と自販機のジュースを買いに行こうとするマユに、傍で聞いていたアリノも籠の中の野菜ジュースを差し出した。アリノこそこの組織と出会って間が無いが、それなりに気遣いを見せた。





「――あ……ありがとう…………ござりんす――――」





 マユは実に決まりが悪そうに、一旦食券を買って厨房のカウンター越しに昼食を頼みに行った――――





 >>






「――ぷはーっ!! 食った食った。ここまで良いもの満腹まで食ったの久々だぜ~。」





「……俺も、ようやく落ち着いた…………ようだ。だいぶ頭の重さがマシになって…………姿勢もふらつかなくなってきた。」





 ヨウヘイは自分のトンカツ定食を完食した。アリノも籠の中の食料を全て平らげたようだ。共に顔つきに生気が満ちてきているようだった。





「…………うう……く、苦し……い――――。」






 さて、マユはというと、無事自分のトンカツ定食を完食はしたのだが、普段から粗食気味で腹いっぱい食べることは稀だったらしい。いきなりボリュームのあるトンカツ定食を食べたので、胃袋の消化が間に合わず苦しそうにしている。





 だが……その様子を見守っていた周囲の職員たちは、一先ず安心した、といった感じの弱々しい笑みを浮かべ、場の空気は心なしか温かなものになった。





「――はは!! それでいいんだよ! それで!! あんたもまだ25。それぐらいすぐに消化出来るぐらいの内臓はあるはずだぜ?」





 ――マユは、眉を八の字にして額に手を当てる。





「……ヨウヘイ。ぬしの気遣いと……職員の皆さんの心配は大事に受け取る。けれど、歳のことはあまり言んせんでくんなまし。女にそれは失礼でありんす…………。」





「――おっ……そりゃあそうだな…………気を付けるわ…………。」





 ――食が進んでエネルギーを補給出来たことも言わずもがな、まともに日常的なコミュニケーションを取れて、皆しばし表情が緩んだ。マユもここまで生気のある顔つきをすることはきっと稀だろう。





「――ふふふ…………さて……助けられたうえに馳走になった以上、言わねばならんな…………俺が何故ヒーローになったか。何故あそこにいたのかを――――」





 腹ごしらえをし、場の空気が温まったのも束の間、落ち着いたところでアリノが静かに口を開いた――――

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