第15話  「リップのその色可愛かったから、貰っちゃった♡」

 駅から降りて、雛乃ちゃんと手を繋いで家へと歩く。雛乃ちゃんは喫茶店から出てから、ずっと手を離してくれない。

 十分ほど歩くと、桃井さくらおれの家が見えてくる。


 「ついたよ」


 俺は雛乃ちゃんの手を引き、我が家の敷地へと足を踏み込む。

 玄関の扉を開けると、桃井さくらの母親が出迎えてきた。


 「おかえり……友達?」

 「あ、は、はい! 黄前雛乃です!」

 「部活の友達」

 「ああ、コスプレ部の。どうぞ上がって」

 「お、お邪魔します!」


 俺と雛乃ちゃんは靴を脱いで、家に上がる。

 まずは、階段を上がって俺の部屋へと案内した。好きな場所に座ってもらって、尋ねる。


 「飲み物持ってくるけど、何かリクエストある?」

 「あ、じゃあ、紅茶はある?」

 「うん。持ってくるから、ちょっと待っててね」

 「ありがと」


 階段を降り、キッチンで紅茶を入れる。

 何かお菓子とかも持っていった方がいいのだろうか。そう思い、冷蔵庫を探ったが特にいいものもなかったので、紅茶だけをお盆に乗せ、階段を再び上った。


 「お待たせ」

 「あ、ありがと」


 部屋の中央にあるローテーブルの上にお盆を置き、俺はローテーブルを間に雛乃ちゃんと向かい合うように床に腰を下ろした。

 すると、雛乃ちゃんは自分の横の床をトントンと叩く。俺は首をかしげると雛乃ちゃんは口を開いた。


 「横に来てよ。そっちの方がミンスタとかメイクとか教えやすいでしょ?」


 確かに。


 「あぁ、うん。そうだね」


 俺は一度立ち上がり、雛乃ちゃんの横に腰を下ろした。


 「じゃあ、まずはミンスタから……」


 まずはアプリをダウンロードして、アカウント登録の方法などを教えてもらう。

 雛乃ちゃんが俺のスマホを覗き込む形になるので、必然的に距離が近くなる。雛乃ちゃんの髪はなんだかいい匂いがして、理性が保ちそうにない。

 それでもなんとかアカウント登録を終えることが出来た。

 フォロー、フォロワー欄には雛乃ちゃんの名前だけがある。


 「あ、ねえねえ、アイコン一緒にさっきの写真にしない?」


 さっきの写真というのは喫茶店で一緒に撮った写真のことだろう。アイコンの写真を何にするかは迷っていたところだったから、断る理由はない。

 俺はいいよ、と頷くと、早速ミンスタのダイレクトメッセージから先ほどの写真が送られてきた。

 どうやらその写真の俺の写っているところを俺のアイコンに、雛乃ちゃんが写っているところを雛乃ちゃんのアイコンにするということらしい。

 雛乃ちゃんアイコンはすでにそのように変わっていた。


 ……なんか匂わせみたいだな……。


 「ふふ、なんかカップルみたいだね?」


 どうやら雛乃ちゃんも似たようなことを考えていたらしい。


 「そうだね」

 「じゃあ、この写真を投稿してみようか」


 そう言って、一緒に俺のスマートフォンを操作する。

 ハッシュタグをいくつかつけて、写真を投稿する。

 するとすぐに雛乃ちゃんがいいねをつける。


 「これで大体の操作は終わりかな」

 「ありがとう」

 「どういたしまして。次はメイク……なんだけどその前に──」

 「ん?」


 雛乃ちゃんが自らのバックの中からビニールの小包を取り出す。


 「これ、作ってきたの。ガトーショコラ」

 「え、あ、ありがとう」

 「まだ皆に食べてもらうのは恥ずかしいから……してくれる? 味見」

 「も、もちろん。もう開けてもいい?」

 「うん。今食べて」

 「じゃあ、いただきます」


 俺はガトーショコラを一口パクリと咥える。


 「あ、おいひい」

 「ほ、ほんと!?」


 口の中でとろけ、飲み込んだ後の後味もいい。


 「うん」

 「よかったぁ」

 「これなら皆も喜んでくれると思う」

 「うん、そうだといいな。……じゃあ、メイクの練習しようか」


 雛乃ちゃんは俺がガトーショコラを全部食べ終えたのを確認して、そう切り出す。俺も頷き、メイクの練習が始まった。

 鏡を見ながら、雛乃ちゃんに言われたとおりに手を動かしていく。と、簡単に言ったもののなにぶん鏡を見て自分の顔に手を加えるというのは、今まで経験のないようなことで、思った通りに手が動かず、ずれたりする。その度にメイクを落としてやり直す。

 そんなことを繰り返すこと、二時間ほど。まだまだ上手いとは言えないものの、結構見れるようになってきた。


 「ど、どうかな……?」

 「うん、大分ましになってる。さくらは覚えがいいし、この調子で続ければすっごく上手になれるよ」

 「そうかな」

 「うん。でも今日のところはこのままだと不格好だし、あたしが直すね。見本があった方がさくらも練習しやすいだろうし」


 そう言って、雛乃ちゃんにメイクを直される。以前にもやってもらったがこの距離感にはなかなか慣れない。


 「ほら、こんな感じでどう?」

 「やっぱすごいなぁ」

 「さくらもすぐに出来るようになるよ! じゃあ、写真撮ろ。見本用に」

 「あ、うん」


 雛乃ちゃんがカメラを構える。喫茶店ではテーブルを挟んでいたり、パフェが間にあってそこそこの距離があったが、今は隣同士のため、すごく近い距離感での撮影となった。

 もう、雛乃ちゃんの髪の毛が常に頬を掠めているほどの距離だ。


 雛乃ちゃんがお洒落なポーズをして、俺も雛乃ちゃんに言われて、同様のポーズをとったところで、シャッターがきられた。


 「あ、いい感じ。今送るね。あとこれもミンスタにアップしていい?」

 「うん。私もあげる」


 ダイレクトメッセージに届いた、今撮った写真は、なんだかお洒落な女の子っていう感じの写真で、いまいち自分という感じがしないけど、写真としては本当にいい写真だった。

 この写真を先ほど雛乃ちゃんに習った通りにミンスタに投稿する。

 すると、早速雛乃ちゃんからいいねがつく。

 隣を見るとにっこりと笑顔を俺に向けている。俺も雛乃ちゃんの投稿した写真にいいねをつけて、それからしばらく雑談をする。

 

 しばらく雑談をしていると、雛乃ちゃんが「本当は言おうか迷ったんだけど」、と前置き話を変えた。


 「あたし、火曜日にさくら達がクラスで話していたのを偶然聞いちゃったの」

 「え……っと、なんの話?」

 「ほら、さくらのクラスメートがさくら達にあたしと関わらない方がいいって言ってたやつ」

 「あぁ、有ったねそんなこと……、え、私なんか変なこと言ってた!? 私あのとき頭に血がのぼっちゃってて……」

 

 俺なにか雛乃ちゃんの気にさわるようなこと言ってしまっていたのだろうか。正直、何を言ったのか覚えてないんだよなぁ。


 「あ、あ、えっと違くて……。その……ほんとに嬉しかったから……ありがと」

 「えっと……どういた、しまして? でも私なにかお礼されるようなこと言ったっけ?」

 「え、だってあたしのこと庇ってくれたし」

 「それって、友達だから当然じゃない?」

 「そうかな……でも、嬉しかったのはほんとだから、お礼は言おうって」

 「そっか。じゃあ、どういたしまして。あと、そういうことなら珊瑚ちゃんにも言ってあげてね」

 「うん、そうね」


 それからなにかを考えるように黙り込む雛乃ちゃん。部屋を少しの間、沈黙が支配する。

 数十秒の沈黙の後、雛乃ちゃんが静かに口を開く。


 「ねぇ、さくら。こっち向いてくれない?」

 「ん?」


 俺は首を傾けつつも、雛乃ちゃんに言われた通り、横に座る雛乃ちゃんの方に顔を向けた。

 すると、雛乃ちゃんは俺の両頬に手を添え、顔を近づけてくる。

 え、頭が働かない。どういう状況なんだこれ。

 そんな思考を巡らせている間にも、どんどん雛乃ちゃんの顔は迫ってきていて、ついには唇同士が触れあった。

 唇はすぐに離れたものの、感触は消えない。

 俺は唖然とした表情で雛乃ちゃんの顔を見ると、指先で唇をなぞり、蠱惑的な表情を俺に向ける。


 「……え?」

 「リップのその色可愛いかったから、貰っちゃった♡」


 え?


◆◇◆


《雛乃視点》


 好きだと気づいてから、今まで悩んでいたのが嘘みたいに心が軽くなった。

 とはいえ、新たな悩みも出てくる。あたしのこの感情はさくらにとって裏切りなのではないかということ。

 でも仕方なくない? 感情なんてコントロールできるものじゃないし、好きになっちゃったんだもん。

 こんな感情、先輩にも抱いたことないのに。


 でもせめてもの礼儀として、あの日のことを話すことにした。あたしがさくらのことを気になってしかたがなくなってしまった日のことだ。

 感謝は伝えないといけない。そう思い、勇気を振り絞って話した返答は、『友達だから当然』というものだった。


 そうか。あれはさくらにとって当然のことだったらしい。でも、普通の人はあんなこと言えるのかな。これから一年間一緒に過ごすクラスメートに嫌われてもいいのかな。

 あたしはもとからクラスメートには好かれていないけど、さくらには普通にクラスにも友達がいるだろうし。

 そんなクラスの友達に嫌われてもいいのかな。少なくともあたしには無理な気がする。

 今まであたしが他の人に怖がられようと先輩に言い寄る男たちから守ってきたのは、先輩にだけ好かれていればいいと思っていたからで。


 ただそれは、さくらはクラスメートよりあたしのことを大切に思ってくれているという証のような気がして、少し不謹慎な気がしたが胸が高鳴ってしまった。


 今日一日でどれだけさくらにドキドキさせられたことか。さくらと言葉を交わす度、さくらのことをどんどん好きになっていく。

 もうこの気持ちに嘘をつくことは出来ない。あたしはさくらが好きだし、さくらにあたしを好きになってもらいたい。


 でも、今告白したところで、さくらが受け入れてくれるかはわからない。

 さくらが女の子同士の恋愛にどう思っているかわからないし、例え女の子が好きだとしても今の一番は珊瑚だろう。

 でも、これからだ。これからさくらにとっての一番にあたしはなってやる。

 これはその誓いだ。


 「ねぇ、さくら。こっち向いてくれない?」

 「ん?」


 こちらを向いたさくらの両頬を、あたしの両手で包み込む。

 どんどん顔に熱を帯びる。手が震える。

 さくらもすごく戸惑っている。今日だけでたくさんのさくらの表情を見てきたけれど、この顔ははじめてだ。すごく愛おしい。

 なんだかそんなさくらの顔を見ていると、不思議と緊張が消えて、心が穏やかになっていった。


 あたしはゆっくりとさくらの唇めがけて、顔を近づけていき、ついに唇へと触れた。そう、キスをしたのだ。

 柔らかなさくらの唇を少しの間堪能し、すぐに離れる。さくらが唖然とした表情であたしを見つめる。

 当然だろう。あたしだって友達だと思っていた子に行きなりキスをされたらそんな表情にだってなる。


 あたしは自分の指を、未ださくらの感触が残る唇になぞらせる。

 一生忘れることのないファーストキス。


 「……え?」


 さくらは依然として唖然とした表情のまま。

 絞り出したように口から放たれた言葉はたった一音。

 あたしはそんなさくらに言い訳を返す。


 「リップのその色可愛いかったから、貰っちゃった♡」


 女の子同士だから出来る言い訳。

 これは、あたしにとってはさくらの一番になるという誓いだ。

 そしてさくらにとっては罰だ。

 あたしのような重い女を惚れさせた、罰だ。


 せいぜいずーっとあたしのことでも考えとけ、バカ♡

 

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