3.黄前雛乃の感情

第12話  「関わらない方がいいよ」

 翌日の日曜日はぐったりとすごし、週明けの月曜日。いつものように珊瑚ちゃんと登校し、授業が始まる。

 初めての月曜日の授業。やはり憂鬱だ。その上、今日は昼休みの前の四限に体育の授業がある。

 体育の授業があるのは木曜日と月曜日。先週の体育はオリエンテーションのみだったので、ちゃんとした体育の授業は今日が初めてだ。


 一から三限の授業はあっという間に過ぎ、体育の時間が迫る。俺は珊瑚ちゃんと共に更衣室へと移動し、体操着へと着替える。

 体育は、雛乃ちゃんのクラスも合同のため、更衣室で顔を会わせるかと思っていたのだが、姿が見えない。

 もう先に着替えてしまったのか、それともまだ更衣室に来ていないだけなのか。はたまた、別の場所で着替えているなんてことも……?

 まぁ、考えても仕方のないことなのだが。


 俺は珊瑚ちゃんと「めんどくさいね」などと雑談を交わしつつ、体育館へと向かう。

 今日の体育はバレーボールらしい。早めに来た人たちがネットを建てている。

 協力した方がいいのか迷っていたが、授業の開始を告げるチャイムが鳴ったことで、体育教師が集合を呼び掛けたため、協力することなく集合場所へと向かう。


 俺たちは二組のため二組の集まりに向かう。出席番号順と言うことで珊瑚ちゃんとは別れ、静かに次の指示を待つ。

 隣の一組の集団を見ると、前の方に雛乃ちゃんの姿を確認することができた。


 教師の指示に従い、まずは準備体操、次に柔軟を行う。そして、二人一組でボールを一個パスし合う、という指示が出た。

 俺は珊瑚ちゃんのもとへ向かおうと思ったのだが、視界の端で一人でポツンと立っている雛乃ちゃんが目に入った。


 「さくら、一緒にやらない?」


 いつの間に目の前に来ていたのか、珊瑚ちゃんにそう声をかけられる。


 「うん……ねえ、三人でできたりしないかな?」

 「え、うーん、どうだろう……。パスするだけなら三人でも全然いい気がするけど。どうかしたの?」

 「雛乃ちゃんが」

 「あ、ほんとだ! ……うん、三人でやっちゃおっか! 雛乃ちゃんのところに行こ!」

 「うん」


 そう言って数メートルほど走り、雛乃ちゃんに声をかける。


 「雛乃ちゃんも一緒にやろ!」

 「珊瑚とさくらか。あんた達もう二人組じゃない」

 「パスするだけなら三人でも全然問題ないでしょ? 友達ほっとけないし」

 「でも本当にいいの? あたしと一緒にいたら、あんた達まで変な風に見られるかもしれないけど」

 「それでも雛乃ちゃんのことはほっとけないよ。ね、さくら」

 「うん」

 「……そう、じゃあ、お願いしようかな」


 それから珊瑚ちゃんは駆け足でボールを取りに行く。そして三人でパス回しを始めた。

 教師からなにか言われるかと思っていたが、元々人数が奇数だったのか、特に咎められることはなかった。

 しかし、遠巻きに生徒からの視線は感じる。

 雛乃ちゃんに、腫れ物を見るような視線を送り、それが俺たちにも及んだ。

 それでもそんな視線を気にすることなく、俺たちはパスに取り組む。


 五分ほど自由にパスを繰り返した後、教師からの指示でパスの方法を指定される。

 まずはアンダーハンド。五分が過ぎると次はオーバーハンドでパス交換。

 珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんは器用にパスを行えているが、俺は思うように体が動かず足を引っ張っている。

 そんな俺を咎めることなく、二人は笑いながらパスをくれる。なんだか俺も楽しくなって笑ってしまう。

 なんだか転生して、桃井さくらになってから始めて心の底から笑った気がする。


◆◇◆


 あれから体育は、二人組のままサーブ練習を取り組んで、今回の体育の授業は終わった。

 始まる前に感じていためんどくささは、授業が終わる頃にはもう失くなっていた。


 それから三人で一緒に更衣室へと向かい、そのまま食堂のいつもの席へと向かう。

 それから昼食を買って、三人で会話をしていると、少し遅れて蛍ちゃんが合流する。

 俺たちが体育の話をしていたのが聞こえたのか、蛍ちゃんは「皆さん一緒でずるいです……」とぼやき、俺たちはそれを聞いて笑う。

 こうして昼休みを終え、六限までの授業を終える。

 それから部室へと向かい、衣装以外の小道具の作成に取り組んで、帰宅した。


◇◆◇


 「蒼井さんと桃井さんって脅されてるの?」


 翌日。一限と二限の間の休み時間。俺はいつも通り珊瑚ちゃんと雑談をしていると、二人のクラスメートからそう声をかけられる。


 「……え、なんで?」

 「だって、ほら黄前さん。たまに一緒にいるの見るけど、あの人ヤバイって噂じゃん。無理やり付き添わさせられてるのかもって。ほら、桃井さんも蒼井さんも気弱そうだし」

 「雛乃ちゃんとはただの友達だよ」

 「それなら尚更じゃん。黄前さんとは関わらない方がいいよ」


 見るからに珊瑚ちゃんの顔がむすっとしている。かくいう俺もかなりムカついている。なにも知らない人が噂だけで人を判断して。

 彼女達は善意で言っているんだろうが、それでもやはりムカつく。


 「誰と付き合うかどうかは私たちの勝手でしょ?」


 俺は彼女達に静かに告げる。


 「それは、そうだけど。でもこの間だって男の先輩にハサミとかを突き立てたって噂だし。やっぱり危ないよ」

 「それ現場にいたけど悪いのは男の方だよ。雛乃ちゃんもやりすぎだとは思うけど、少なくとも噂で言われてるような人ではないし」

 「まぁ、そこまで言うなら勝手にすればいいけど。あたし達には関係ないし」

 「うん。だからさっきからそう言ってるじゃん」

 「あっそ」


 少し怒気を含めた声で彼女達はそう言い残し俺たちの席から立ち去っていく。


 「……さくらがあんなに言うの、始めてじゃない?」


 珊瑚ちゃんは俺が、いや桃井さくらが誰かに言い返すのが意外だったのか、そう俺に尋ねる。

 俺も少し頭に血が上っていたのかもしれない。珊瑚ちゃんにばれないようにとか考えていなかった。


 「……そうかも。頭に血が上っちゃって」

 「でも、かっこよかったよ。あたしもムカついてたし」


 そう言い残し、珊瑚ちゃんは自分の席へと戻っていく。それから数十秒後、授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。


◆◇◆


《雛乃視点》


 それを聞いたのはたまたまだったのだけど。

 移動教室で二組の教室の前を通ろうとすると聞き覚えのある声が聞こえてきて、つい耳を傾けてしまった。珊瑚の声だ。なにを言っていたのかはわからない。


 「──黄前さんとは関わらない方がいいよ」


 そんな中、二組の教室に近づいていくごとに、なにについて話しているのかはっきり聞こえるようになってきた。

 あたしのことだ。

 珊瑚がクラスメートとあたしのことで話していて、つい立ち止まった。

 

 「誰と付き合うかどうかは私たちの勝手でしょ?」


 今度はさくらの声だ。つい先日たくさん言葉を交わした声。穏やかなのに、芯のある声。間違えようもない。


 それからは主にさくらがクラスメートと言葉を重ねる。

 どうやら、クラスメートの人たちは珊瑚とさくらがあたしと関わるのをよく思っていないようだ。あたしについての噂をさくらに告げ、それにさくらが反論する。

 やがてクラスメート達がさくらに怒気を含んだ声を吐き捨て、去っていく。

 言い合いをするさくらの声は、いつもとは違う静かな迫力のようなものを感じた。


 今まで、あたしのことを気にかけてくれたのは先輩だけだった。だからあたしは先輩といつも一緒にいたし、先輩のことがさらに大好きになった。先輩がいたから友達がいなくても辛くなかった。

 でも先輩があたしを気にかけてくれていたのは、あたしが嫌われている要因の一つに自分が関係していると先輩も分かっているからというのもあるだろう。

 でも彼女達は、さくらと珊瑚は、純粋にあたしのことを友達として気にかけてくれた。

 特にさくらはあんなこと言う子だとは思ってなかったから……なんか顔が熱い。

 これがギャップ萌えというやつだろうか。

 はぁ、我ながらチョロいと思う。


 でも、あたしは心に決めた。彼女達を裏切ることは今後なにがあってもしてはならないと。

 

 

 

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